360話 居眠りは昇天を誘う
最近机で居眠りしやすくて、ちゃんと寝ないと……
はぁぁ……。
1人で寝たのは数ヶ月ぶり。中々新鮮だ。
窓の外は、生憎の天候らしい。雨音が聞こえて来る。
だからというわけでもないが、ベッドの上で上体を起こしたものの、起きようという気にならない。
昨夜のことが頭を過ぎる。
王宮のあそこは、北苑というところだったらしい。
シチューの後も、別の家庭料理を戴いて1時間ほど話し込んだ。
そのときに女王に、俺を呼んだ理由を改めて問い質した。やはり光神教団から依頼があったらしい。まあそうだろうなとは思ったが、それでは終わらなかった。
この国に棲む聖獣のサクメイからも、俺を呼び付けろという話が有ったらしい。
地下の迷宮に行けば良いのかと訊いたが、サクメイも始終あそこにいる訳ではないらしい。それはともかくも、気が向いた時にサクメイの方から会いに来るそうだ。
ルークが生まれた時はミストリアまで来た癖に、なぜ今回は呼びつけることにしたのか謎だ。
それから、宿舎に戻ってアストラを労って少し飲んだ。もちろんパレビーも誘ったが、やんわりと断られた、何やら夜もやることがあったようだ。アストラはなかなか上機嫌だった。前職を辞めたあとは落ち込んでいたことが多かったそうだが、最近は充実感が高いと言っていた。俺としても嬉しい限りだ。
ああ、そうだな。今の時間、彼らは働いているだろう。俺だけ寝ていて良い訳はないなと思い直して、ベッドを降りる。
しかし、今日は余り予定がない。精々、大使館へ行くぐらいだ。
プロモスの王宮で何か用を頼まれるかと思ったが、結局なかったしな。
身支度を調え、食堂で朝食を摂っていると、大司教の使いの者と称する神職と、ユーリン書記官が立て続けに宿舎までやって来た。
前者は、大司教の伝言だった。
教皇一行の先触れが到着したとのことで、情報が入って来たようだ。一行は10日前プロモスに入国、一昨日カゴメーヌから170ダーデン程離れた都市に到着されたとのことだ。昨日聞いた通り、都市間転送を使うことなく、立ち寄る土地土地で信者に祝福を与えているらしい。同日も祭儀を行ったそうだ。
なお予定通りの行程で、昨日そこを発って明日昼前にはカゴメーヌにお越しになる見込みと伝えてきた。
承ったと答えると、すぐ戻っていった。
その後、同席を許したユーリンはしたり顔で寄ってきて、昨日の王宮での晩餐はどうでしたか? そう訊いてきた。教皇の動静に興味を示さぬところを見ると、彼も把握していたようだ。
まだ朝食の途中だったので、彼にも食べるかと訊いてみたが、もう食べたとのことなので、飲み物だけ出して貰った。
昨夜は料理を振る舞って貰ったと伝えた。
一瞬真顔に成って固まった後、彼は破顔した。
凄い!
女王自らそんな持て成しをされたなど、聞いたことがないと驚いていた。
俺以外の相手に同じことをしたら、礼を失することになるのではないか? そう返してみたが、そんなことはないらしい。王宮の北苑は、個人的な区画。そこで日常を披瀝するのは、本当の持て成しだと断言していた。
まあ、俺にはよく分からないが。
それはともかく、俺を呼んだのは流石に聖獣とは言えなかったので、無難に教皇猊下絡みと伝えておいた。まあ嘘ではないしな。
そうでしたか、てっきり縁談かと思いましたと、ふてぶてしく言って来た。流石に妻に側室2人も居る男に、王女を嫁がすことはないと返したが。いやあ、何事にも例外ということが有りますからねえと、なぜか嬉しそうに帰って行った。
そう言う訳で、大使館への報告も終わったことになり、今日の公式用件はなくなってしまった。
カゴメーヌの名所は既に粗方回ったし、雨も降っているからどこかに出掛ける気にもなれない。仕方なく、部屋に戻って持参してきた魔術書を読み始めた。
30分も読んだ頃、急に眠気を催す。
このまま居眠りしても良いかと思った刹那、何者かの気配が──
† † †
気が付くと、白い空間に居た。
いずこかの次元にある天界福祉庁のオフィスだ。
ここに来たのも久しぶりだ。
どこかに消えていた記憶が突如蘇る。
突如大いなる存在感が出現した。
「サクメイかと思いましたよ」
「嫌だなあ低級霊と一緒にしないでよ」
麒麟ではなく豹頭の人型が立っていた。
頭上が燦然と輝いている。
「何か用ですか? ソーエル審査官」
「大変だねえ。今や君を必要とする者は、たくさん居るからねえ」
どうやら、勿体付けるようだ。ならば。
「ええ、家族もたくさんできましたからねえ。ところで、ルークに手出ししてないでしょうね」
如何にセレナが護っていても、目の前に居る存在の干渉を遮断することは不可能だ。
「もちろん出してないよ。前にも言ったけど、当該星、当該種の平均成年年齢まで天使は接触禁止だからね」
「アリーには出して居ましたよね」
「いやあ、あれは監視だけ! 監視だけの予定だったんだよ」
よく言う。アリーが一旦死んだのを蘇生させて取り憑いたくせに。まあ、そのお陰で、今では俺の側室になっているし、神聖たる回復系魔術に驚くべき素養を見せているから問題ないが。
「それならいいですが」
「うん。わざわざ手を出さずとも、誕生前に君の霊格ポイントを随分付け替えたからねえ、聖人を遙かに超える……ああ、ラルフ君。顔が恐いのだけど」
誰の所為だ、誰の!
「もう一度訊きますが、どうしてここに呼び出したんですか?」
「いやあ。君をあの星に転生させた目的の刻限が近づいて居るからねえ。激励しようと思って」
「目的?」
「ああ、言ってなかったけ? 君も薄々感付いているようだけど。近々あの星を災厄が襲うよ。過去に例のない程の大きいやつ」
「神の思し召しってヤツですか」
「ああ、神はそんな低俗なことに興味はないよ。まあ天使は別だけど」
「天使?」
「ああ、我々天使は神が造り給うた因果の不確定性を少々弄るのが、天職でね」
「因果な天職ですね」
「ふん。巧いこと言うね。でも我々が居なければ、この宇宙に生物が生まれる環境なんてそうそうできないんだからね」
「感謝しろってことですか」
「いや別に。ただ、少しは警戒してくれって言いたいだけだよ。不確定性を弄れるのは我々だけではないのだから」
ふと、北方天使界と言う言葉が浮かんだ。
「君には、随分目を掛けてきたからさあ、現状でなかなかなところまで仕上がったとは思うけどね、うまく行くかは決まっていないんだ。それに邪魔する者も現れる……かも知れないってことさ」
ふん、目を掛けたか。物は言い様だ。
邪魔する者か、それは是非憶えておきたいが……。
「しかし、下界に戻れば、ここでの記憶は失われるのですから、そんなこと言っても意味はありませんよ」
「大丈夫。君の揺るぎのない自信に、すこーーーしだけ不安を覚えるようにしておくからさ」
「すこしだけですか。そんなことより、あの隕石を砕いた時の如く、手枷足枷を外して貰えないものですかね」
「ああ……あれね。あれは別の宇宙に派遣した時のことだからねえ。君がこの宇宙に居る限り、我々が干渉できることには色々制約が多くてね。まあ自力でがんばってみてよ」
† † †
がんばってみてよ、みてよ、てよ、よ…………。
うう……居眠りしてしまったようだ。
気分が悪いし、人の声のような耳鳴りがする。
気が付くと、テーブルに突っ伏していた。おっ、肩にショールが掛かっている。
頭痛がするが、数度首を振ったら耳鳴りごと平常に戻った。
扉が開いた。
「お目覚めになりましたか」
振り返ると、宿舎のメイドが盆を持って立って居た。
「ああ、済まなかったな。これを掛けてくれたか?」
「あっ、はい。お起こししようかとも考えたのですが、かなり熟睡されていましたので」
「ああいや、ありがとう」
「それでは、お茶を淹れます」
「うむ」
しばらくして喫したお茶は、少し苦く感じた。
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訂正履歴
2021/03/20 誤字、微妙に表現変え
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




