358話 ラルフ 端折る
年度末は、色々端折りたい時期ですよねえ。
8月13日10時頃。
ローザ達3人の妻と子供達が本館玄関に勢揃いした。
「とうさま。いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
「おもちゃ、かってきて!」
「おもちゃだな。プロモスで良い物があれば、買ってきてやろう」
「もっ、申し訳ありません。ルーク! お父様はお仕事なのですよ」
ローザとエストが恐縮してる。
「いいよな、ルーク」
「あい」
幼児らしく振る舞う息子の頭を撫でる。
振りだとはわかってはいるが、可愛い。
「レイナ、行ってくるぞ」
新しく雇った乳母が抱いている娘のほっぺたを突っついて、馬車に乗り込む。
続いてパレビーが乗り込んで扉を閉め、馬車が走り出す
今回随行は、彼とアストラ、それに御者台に居るレプリーだ。アストラは馬車には居ないが、既に先月末に先触れとして出掛けて行った。諸般の手続きと手配を済まし、プロモスで合流することになっている。
それはともかく。ローザは玄関で手を振っている。少し揉めたが、彼女は留守番となったのだ。
10分程で都市間転送場に入場。既に届け出も済んでいたこともあり、すんなり馬車ごと転位が認められ、すぐさまクラトス国境が近いアグリオス辺境伯領都オリスタに着いた。
辺境伯に挨拶することもなく城外に出て、出発。前に来た時と同じ行程だ。
しかし。
15分程馬車で走り、脇道に入る。さらに数百ヤーデン進んだとこところで、馬車を停めて俺だけ降りた。街道は多くの人通りがあったが、こちらは人影もなく長閑なものだ。
魔感応を働かせつつ、一応辺りを窺う。やはり誰も居ない。
【魔収納!】
馬車が消え失せた。レプリーは元々ゴーレムだが、パレビーは?
実は彼も替え玉のゴーレムだ。収納しても何の問題もない。本物の彼にも先行するよう命じてある。
なぜゴーレムを用意したかと言えば、一国の大使の随行が少なすぎると怪しまれるからだ。面倒臭いが、古代エルフの遺産技術で、包括的な指令のみで動作出来るようになり、ゴーレム使用の負担は減っている。
【光学迷彩!】 【光翼鵬!】
今日は、大司教とプロモス王都カゴメーヌ到着を約束した日だ。国境まで100ダーデンの道を馬車で走って、時間を消費するわけにはいかない。
1ダーデン程高度を取り、遙か眼下の街道を辿る。
以前、2日掛けて到着したステロスが、30分も掛からず見えてきた。
町の直前に降下して、人気のないところで馬車を出庫して乗り込む。そして、何食わぬ顔で、クラトスへ中継入国手続きをした。
予めアストラが先触れして手配して居るし、この国で俺に逆らえる役人が居るはずもなく、あっさりと都市間転送所の使用許可が下りた。
そして、クラトスの王都ベラクラスに寄ることもなく、反対側の国境近くの都市に転位されると、ミストリアとの国境までと同じように隠密飛行してプロモス国境の町ラーラットに入る。ここで、出迎えに来ていたパレビーと合流、都市間転送所を使って王都カゴメーヌに着いた。
騎士団を伴わない場合、この移動方法を最近よく使う。プロモス行きで使うのは2回目だ。転位魔術も良いが、こちらの方が魔力消費が少ないからな。
時差もあるので、今はまだ昼過ぎだ。無論、王都スパイラスを出発した日のだ。3年前は、なんだかんだ8日位掛かったのだが。
人目を憚る必要はあるが、これだけの時間短縮だ。隔世の感がする。
宿舎はメルロー亭別館、すっかり定宿になった。そこで新聞を読みながら遅めの昼食を摂っていると、パレビーが知らせたのだろうアストラがやって来た。
「御館様。お待ちしておりました」
「ああご苦労」
「ご無事のようで、何よりです。期日ぎりぎりになったので、少しヤキモキしましたが」
「ははは。済まんな」
「いえ。お疲れの所、恐縮ですが。できますれば、速やかに大使館の方へお越し頂きたいと、リツカール閣下から」
ジョスラント大使の後任で、3年程前カゴメーヌ駐在大使に成った人だ。
「そうか。では食事が終わり次第向かうとしよう。到着の件、王宮の方へは?」
「ここに来る前に、ユーリン殿が連絡させると、言っておりました」
「そうか。ユーリン殿は元気そうか?」
「ええ。舌鋒の激しさから言えば、体調は良さそうでした」
†
「やあ、ラルフェウス閣下。お元気そうで何より」
「リツカール閣下、お久しぶりです」
会うのは半年ぶりだ。
握手すると、丸顔で温和そうな笑顔を向けてきた。
「条約成立おめでとうございます。よく、この国との交渉をまとめられました、流石です」
「いやいや、それも閣下のご協力あってのこと、サフィール卿からもよく礼を申し上げるよう言付かりました」
「それは名誉なこと。大使館員に申し伝えます。私はともかく、今回はユーリンががんばりました」
「確かに。ユーリン殿、感謝する」
彼とも握手する。この前も見た人懐こい顔だ。
確かに彼には色々問い合わせして、いつも迅速に調査して回答してくれた。
「ははは。閣下、少し老けましたな」
「そうかなあ? ああ、先月2人目が生まれたからな」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「そうでしたか。それは、プロモスにいらっしゃる間にお祝いせねば」
「いいですね。で、男の子、女の子どちらです?」
「娘だ」
†
最新のプロモスの国情を聞く。
どうやら、近隣国の影響で移民流入が増え、少しずつ政情が不安になっているようだ。
プロモス政府の方針としては、移民をかなり制限しているそうだ。
都市の周りには城壁があり堰き止めることができるが、国境線は長い。都市以外の土地は軍や警備団が見回っているものの、密入国者を完全に防ぐことはできないそうだ。
ミストリアで聞いていた話より深刻だ。
言うまでもないが、移民が増えている理由は超獣による被害を避けるためだ。プロモスには、超獣が現れないからな。
しかし……いや先の話は止めよう。
不安が増している世情と今回の教皇巡幸は密接な関係があり、各地を周り庶民に救済は必ず有ると落ち着くよう説いて回っているらしい。
しかし正直なところ、この国に対して効果が有るのか? そう思わないでもない。
プロモスにおいては光神教は国教でないからだ。
「確かにそうです。上級国民たるエルフ族において、いくつかある宗教のひとつに過ぎません。ただ、総人口の7割を占める人族おいては光神教徒が多いので、現王家は光神教を重視しています」
ユーリンが、そう答えてくれた。
「したがって、教皇巡幸はプロモス、カゴメーヌにおいても大事です」
「そうですな。したがって、ラルフェウス閣下が、この国で猊下に謁見されることは、相当反響があると思います。いやあ、うらやましいですな」
「いや。どうでしょう」
「まあ、そう謙遜されることもないでしょう。ミストリア人として謁見されるのは、教団の人間を除けば数少ないわけですし、我が国としても名誉なことです。何か有りましたら当大使館としても全力で後押し致します」
リツカール閣下は断言して、大きく肯いた
「ありがとうございます」
「いやまあ閣下のことですから、我らが心配せずとも、きっとうまくやられますよ」
「確かにそうだな、ははは……」
大使と一等書記官の関係は、相変わらず良さそうだ。
「時にプロモス周辺国では、超獣の大型化が顕著と聞きますが?」
「ええ。そうですね、7月には、体長100ヤーデンを超える超獣がレガリア王国で見つかり昇華してしまいました」
その話は、聞いたな。
「ラグンヒルの件はお聞きになりましたか?」
「いいえ、初耳です」
ラグンヒル王国は、プロモスから見て北方の隣国だ。
「出入りの商人に聞いた話では、発見されたのは一昨日。かなり国境に近いらしいです」
「ほう」
その件は、昼食中に読んだ新聞にも書かれては居なかった。
「そうなると、難民がプロモス国内にも流れ込んで来そうですな」
「うーむ」
ユーリンが唸った。
そのとき、ノックがあって大使館員が入って来た。
「失礼致します。王宮より返書が参りました」
無論王宮とは、プロモスの王宮だ。
大使が大きい封書を開ける。便箋ともうひとつ普通の封書が入っていた。
「ああ、こちらはラルフェウス閣下宛てですな」
入っていた封書を俺に差し出してきた。
受け取り、封を開ける。
冒頭の挨拶部分を斜め読みし、本題を読む。
「こちらには、閣下を王宮にお招きしたいと書いてありますが」
「ええ、同じです」
本日午後6時より晩餐を実施するので、出席されたしと書いてあった。
「閣下の方は?」
「いえ私は、特に呼ばれてはおりません」
「そうですか。状況は明日報告致します」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2021/03/13 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)、少々加筆
2022/01/31 転移→転位
2022/02/16 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/19 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




