357話 ラルフ 誤りに気付く
偉い人が何か言い掛けて止めると、どきっとします。
王都の秋の装いが色濃くなった頃。王宮から手紙が届いた。
7月20日10時に王宮へ参内せよと書かれていた。用件は書いてなかったが、特段服装の指示はなかったので、公式の式典ではないことだけは確かだ。とはいえ単なる国王陛下との面談ではない。
結局、略礼服を身に着けて30分前に参内した。
侍従に通されたのは、王宮東苑の欅の間だった。ここは広間に比べると格は下がるものの、公式行事に使われる位置付けの部屋だ。
むっ、この反応は。
ノックがあり、侍従が入って来た。
「陛下がお成りになります」
立ち上がって待っていると陛下と内務卿が入って来られ、続いてヴォロス大司教が姿を見せた。先程感知した人物だ。
3者がソファに座ったところを見計らい挨拶する。
「座下ならびに陛下、お目に掛かれ恐悦に存じます」
「うむ。ラルフェウス卿もそこに掛けよ」
「はっ!」
「ラルフェウス卿、いつもながら元気そうですな」
大司教は機嫌が良さそうだ。
脳裏に今日呼ばれた用件のいくつもの仮説が浮かんでは消えていく。最後まで残ったのが陛下のあの言葉だ。
「ああぁ。今日は朕の儀に非ず。大司教座下からお話があるそうだ」
いつものように大聖堂に呼び出して直接話すのではなく、陛下を通す必要があるらしい。
「はっ! 伺います」
大司教に向き直ると、座下は大きく肯いた。
「来月15日に教皇猊下がプロモスの王都カゴメーヌへ巡幸される」
「はい」
「ついては、同国へ参り面談するゆえ、教皇の覚えめでたいラルフェウス卿も同席して貰いたい」
「私が覚えめでたいのですか?」
意外と言うより、遠く教皇領にいらっしゃる方が俺を知っているとは思えないが。
「無論のことだ。卿は超獣退治だけでなく、被災民の救助にも力を入れていることは、国の境を超えてよく知られて居る」
「ほう。7000ダーデンの彼方にも名が轟くとは、愉快痛快だな」
陛下は俺の方を見て軽く肯いた。
どういう意味だ?
「それはともかく。我が国の外交としても有益である。状況は整ったと言うことだ……ラルフェウス卿」
先程耳に蘇った言葉が一致した。
「はっ!」
気配を察して、立ち上がる。
「朕の代理人として、プロモスへの派遣を命ず。なお、代理人ではあるが、朕の宣言に該当した場合は、躊躇なくその力を揮え!」
「承りました」
臣礼する。
宣言とは。
如何なる国であろうとも、首長もしくはそれに準ずる者の要請があれば、ミストリアの上級魔術師を派遣するという宣言だ。1年程前、国交がある国へ宣言書を送っている。国交がない国も、第三国を通じて伝わっているはずだ。
中身は、プロモスを含め5ヶ国の条約締結国とは既に条約で合意が取れているが。その他の国には一方的な話だ。残念ながら後者の国から正式な反応は未だない。
「ありがたい。クラウデウス殿、感謝致しますぞ」
「ご同慶に存ずる」
その後、入国については当方からプロモス側へ持ちかけること、13日までにプロモス王国王都カゴメーヌに到着することが決まった。
なお、大司教は先行して赴かれるらしい。
また、内々の話で、ミストリアから教皇猊下宛ての手土産を持参することになった。
†
【ようこそ。プロモス大使館へ】
大使館の玄関まで、クローソ殿下が出迎えてくれた。
エスパルダ語だ。
大司教座下と会った日に訪問を打診し、翌日の今日早速やって来た。
ここでは大使同士と言う位置付けなので、謙りすぎぬよう簡易礼をする。
【閣下は、ここを良く訪れたと訊いているが】
【はい。6回目ですね】
俺も典礼のエスパルダ語で答える。
【ほう。ここのことは私より知っているのでは?】
【そのようなことは、ありません】
玄関を通り抜けて、廊下を進む。
「ローザ殿」
殿下の言葉が、突如ラーツェン語に変わった。
今は非公式の場ということらしい。
「はい」
反射的に答えたが、ローザは失敗したと言う表情で俺の顔を見る。
今日は彼女とアストラが随行だ。
「そなたの夫は、ここに6回も来たと言っているが、そなたもか?」
ローザが俺を見たので、軽く肯く。
「いいえ。ここへ供をするのは2回目です」
「そうか、借りておいてなんだが。どうもここは好きに成れぬ。ローザ殿はどう思う?」
建材は素人目に見ても安っぽくはないし、どこがどうと言い辛いが、違和感があるのは事実だ。正直俺も余り好きではない。
「はあ……」
困っているのだろう、ローザが眉根を寄せた。
彼女がどう思っているかは分からないが。そうですね、趣味が悪いですねと言えば、貸主のミストリア政府の悪口を言うことなる。逆に、私はそうは思いませんと言えば角が立つ。
仕方ない。
「お気に召さずば、殿下が新たに建てられればよろしいのでは?」
俺を見る眼が鋭くなった。
「ふん。そうはいかん。そのようなことをすれば、妾が国費を浪費したと批判されるではないか。隙間風が入るとか、雨漏りがするとかならばともかく……ああ、この部屋だ、入ってくれ!」
何度か入ったことのある20ヤーデン角程の部屋に通された。テーブルを挟んで、ソファーが1脚ずつ向かい合い、それぞれの後ろに数脚の椅子が並んで居る。
殿下と俺が向かい合ってソファ座る。
俺の横にアストラが立ち、背後にローザが立つ。椅子は用意されているが、今のところ公式の場だ。彼らは座らない。
「それでは、本日のご訪問の趣旨をお伺いします」
やはり殿下の横に立つ秘書官のメディナ氏が、口火を切った。無論訪問を申し込んだ書状には、趣旨を記載してあるのでプロモス側も分かっているのだが。
「はい。我が主、ラルフェウス・ラングレンは、ミストリア王国特命全権委任大使として、貴国を訪問することを望んでおります。ついては、ご承認を戴きたく参りました」
こちらはアストラが答えた。
「おお、そうか。それでは……」
手を翳して殿下の言葉を止める。危なく承認されるところだった。
殿下は、はっとしたように口を閉ざした。
「来月、貴国王都を光神教教皇猊下が巡幸されることになっていることはご承知かと存じます。そこで本職が謁見を賜ることとなりまして……」
殿下は眉間に皺を寄せた。癇が強いな。
妾が頼んだことと違うのかという風情が数秒漂った。が、やがて細かく肯いた。こちらの意図が通じたようだ。
第3王女ということで外交の機会はそれほど多くはないのだろう。以前ミストリアに来られた時に、王女は国外に初めて出たと、メディナ氏が言っていたからな。しかし、外交官になったのだ。もう少し表情を偽る術を身に着ける必要があるだろう。
「……そのために貴国へ入国させて戴きたく存じます」
機嫌が戻ってきた。
巧い大義名分と思ったらしい。
「それはそれは。閣下は信心深いのだな。どうか? メディナ」
こちらも難しい顔をしていた秘書官も、数度瞬いた。
「猊下の謁見を賜るとは名誉なこと。また、ラングレン閣下は我が国の男爵でもあらせられます。ご承認されては如何でしょう?」
「ふむ、分かった。ミストリア王国の願い出について、大使の職権において承認する。追って文書を発行する」
「ありがとうございます」
「それでは、表向きの話はこれまでとしましょう。速記を止めてくれ」
「はっ!」
殿下の後ろに座っていたもう1人の秘書官がペンを置いた。
メディナ氏とアストラが、それぞれの主の背後に下がる。
「ラルフ。光神教とは、良いところに目を付けたな。我が国の体面も保たれる」
「私の発案ではありません。それに、条約を結んだ以上、そのようなご懸念は無用かと存じます」
「ふん。正論だが、人の考え方というは卿のように論理立っては居らぬのだ」
俺に気を使われたのが気に入らないのか?
「ところで、猊下に謁見してどうする?」
「さて。私は呼ばれた方なので。教会側に何かお考えがあるのでしょう」
「何を隠している?」
「隠しているとは?」
「母上とクラウデウス陛下に加え、教会まで来た。裏で知らぬ事が動いているのだろう? そうでなければ、妾を人質にする意味が分からぬ」
やはり自身が人質ということには、気が付いていたのか。だが、真の理由までは知らないように見える。
「人質とは、いかなる……」
「とぼけるな、ラルフ! 妾は、それ程馬鹿ではない」
俺もプロモスからの話だけなら、人質と考え続けていただろう。しかし、光神教会が乗り出してきた段階で、誤りに気が付いた。
いまでは国王陛下が、言い掛けて止めた言葉が分かる。
しかし、分かる故に、彼女には告げるわけにはいかない。
「致し方ありませんね。光神教会が私に何をやらせるつもりなのかは分かりませんが、単純に大使の仕事ではないことだけは確かでしょう」
あぁ、ローザの眉が逆立ったじゃないか。帰ったら揉めるなぁ、これは。
「やはり、そうか。メディナ、早速本国へ問い合わせるぞ」
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訂正履歴
2021/03/10 誤字訂正、若干加筆および表現変え
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/02/16 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)




