355話 ラルフ 振り回される
人を振り回す人居ますよねえ……。
クローソ殿下の信任状捧呈式と条約調印式が終わった。
大使事務所に戻って、昼になったので魔収納で館から持参した料理を皆に振る舞った。酒はなしだったが、喜びを分かち合った。その後は仕事が溜まっていたので、執務を始めた。それから無心で書類をやっつけていると、扉がノックされた。
「失礼します」
「ん? パレビー、どうした?」
彼は食事会の後、公館へ戻ったはずだ。
「一大事です。クローソ殿下が、今から30分ほど前に本館へお越しになりました」
「なんだと!」
もちろん、そんな予定はない。
「それで?」
「ローザンヌ奥様とモーガン殿が対応されています。奥様からできるだけ早く、お戻り戴ければとの伝言です」
それはそうだろう。
顔見知りとはいえ、相手は一国の王女で大使だ。
「分かった。先に戻って、俺は15分程でこちらを出ると伝えてくれ」
事務を中断し、首席秘書官のアストラを呼ぶ。
「何かありましたか?」
「パレビーによると、クローソ殿下がウチの館にお越しになっているそうだ」
「はっ? 今ですか?」
「悪いが本省へ言って、できれば外務卿、あるいは秘書官に告げてくれ。とりあえず、個人的な友誼の範囲で持て成しをするが、別途ご指示があれば伺いたい旨を伝えてくれ」
問題はないと思うが、報告は必要だ。テルヴィル卿は大丈夫だと思うが、着任早々殿下が何か企んでおり、俺がそれに一枚噛んでいると邪推されては不本意なことになる。
「承りました。ご指示の有無に拘わらず、ご連絡致します」
アストラは足早に部屋を辞して行った。さて、俺も戻るとしよう。
†
30分かからずに、館に戻った。
門外に人集りがある。プロモス大使館で見る警備員の制服だ。殿下の護衛なのだろう。ここは大使館ではないので、武器は持っていないが。
辻馬車を降りて門まで行く。
【なんだ貴様! ただいま、取り込み中だ! 近付くな! と言っても、どうせ通じないだろうが】
そう言いながら、身振り手振りで通さないぞとがんばっている。パレビーを先に帰したのに、話が伝わっていないようだ。
【私は、この館の主、ラルフェウス・ラングレンだ。通せ!】
【なんだ、話せるのか! いや逆に怪しいな! さっきも、この館の者だと言って来たやつが居たが、そう都合良くプロモス語を話せるやつが何人も居るか? とにかく隊長が来るまで待て!】
そうか。パレビーはここで足止めを喰っていたのか。
そうこうしていたら、離れから兵が走って出てきた。
【おい! 待て、待て!】
【隊長殿! また怪しい者が来ました】
【馬鹿者! その方は我が国の男爵様だ!】
【はっ? ええ?】
ああ、あれは……顔見知りだった。
【早くお通しせよ!】
【はっ!】
ようやく人垣が割れた。
【ラルフェウス様、お帰りなさいませ】
【ベスター殿。お久しぶりです。ところで、なぜ我が館へ?】
【ああ……済みません。姫様が突如行くと仰いまして。ご迷惑をお掛けします。姫様は、突き当たりの建屋にいらっしゃいます。私はここを護らないとなりませんので。では!】
殿下の思い付きか!
手を振って別れると、庭を突っ切って離れに入る。
【そちらは、こちらの主人です!】
中に入ると、プロモスの警備兵がまた寄ってきたが、パレビーの叫びで止まって会釈して来た。
無視して通り過ぎる。
「出迎えが遅れ、申し訳ありません。殿下は、ルーク様のお部屋です」
「ああ、ご苦労」
魔感応で分かっては居るが、なぜそこに居る?
階段を昇って2階に至り、そこにもプロモス人が居たが、パレビーの顔を見て道を空ける。
【クローソ殿下!】
部屋に入ると、殿下が床に座ってルークを膝に抱いていた。
彼の金色の髪を撫でながら、いつも少し冷たくさえ見える殿下の顔が、今日は柔らかい。
「とうさま……」
「おう! ラルフ殿。早かったな」
プロモス語ではなくラーツェン語が返って来た。そこのソファーに座って居るローザとアリーに分かるようにするためだろう。だが、ルークには分からないので、微妙な面持ちだ。何かエリスちゃんに抱き付かれている時に似ているな。
「ようこそ、我が館へ。しかし、何用でございましょう?」
「なんだ! 他人行儀だな。用がないと来てはいけないのか?」
「1ヶ月前であればよかったのですが。今や我らは国の代表でもあります。その辺りをご配慮戴きたく存じます」
「ラングレン卿、申し訳ない」
謝ったのは横で立っていた男だ。
殿下は、ルークの頭を撫でながら明後日の方を向いている。
「メディナ殿。お久しぶりです」
前回王都に来た時は外交団副使だったが、今回は秘書官になったようだ。
「なあ、ルーク殿。そなたの父は冷たいだろう。1年前程から文も寄こさぬのだぞ」
自分の名前以外は意味の分からないルークは、どう対応したものかと目が泳いでる。普通の2歳児なら、泣き喚きそうなものだが。自分を抱えているのが王女と分かっているのだろう。
「殿下、主人は……」
「知っておる! 爺が妾の縁談の障りになるので、手紙を控えてくれと頼んだろう?」
なんだ、わかっているじゃないか。
俺の浮名は国外にも流れているらしいからな。そんなやつと未婚の姫が繋がりを持っているというのは、側近にとっては気を揉む事態だろう。
「さて、ラルフ殿も戻られたことであるし。場所を変えるとしよう。それっ。ルーク殿。悪かったなあ」
殿下は、ルークの両脇に手に入れて彼を降ろした。
「ルーク、ご挨拶を!」
「クローソ殿下、ご機嫌よう」
脚を引いて挨拶した。
「おお、ちゃんと挨拶出来るのか。可愛いなぁ。連れて帰りたいぐらいじゃ。大きくなっても、くれぐれも父上のように憎たらしくならないようにな!」
1階に降りて、客間に入る。
メイドが4人分の茶を出して、下がって行った。
「ひとつお訊きしても?」
「何じゃ?」
「なぜ殿下が、駐在大使に成られたのでしょうか?」
「ふぅむ。妾がミストリアへ来ては迷惑か? ああ冗談じゃ。縁談が破談になったから、暇になってな」
「はっ?」
知らない振りをしておく。
「まあ正確に言えば、婚約が整う前に亡くなったから破談でもないか」
亡くなった?
「それは……なんとも」
言葉が出ない。
「ああ。気にするでない。一度も会ったこともない相手だ。妾は何も思っては居らぬ」
「そうですか」
「本当じゃ、本当。辛気臭い顔をするでない」
「わかりました。ではそろそろ……」
「むっ」
「我が館にお越しになった理由を仰って下さい」
「メディナ!」
「はっ!」
秘書官が寄ってきて、持参の鞄から封書を出した。
「母上からの親書。そなた宛じゃ」
俺の目の前に置く。
「女王陛下からですか」
殿下は鷹揚に肯いた。
「すぐ読んでくれ」
正直なところ、読みたくはないが、致し方ない。
封書を持ち上げ、封を切った。
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訂正履歴
2020/03/03 誤字訂正、僅かに加筆
2022/09/23 誤字訂正(ID:288175さん ありがとうございます)




