354話 妹
ルークの台詞は、実際に妹が生まれた時の小生の言葉だったりします。
7月となってプリシラが出産した。
1時間して、魔術で無菌化した離れの分娩室から助産師が出て来られた。
「子爵殿。おめでとう。元気な女の子だ」
よかった。
脚から少し力が抜ける。
経過も良く、大丈夫とは言われていたが、やはり生まれると安心感が違う。
「ありがとうございます。ご苦労を掛けました」
「いやいや。初産だったが安産だったぞ。ちゃんと産月寸前まで適度に動いていたのが良かったのだろう」
半年前ぐらいから、ローザが何呉れとなく面倒を見てやっていたが、プリシラに良く動くようにと助言をしたそうだ。それで、5月末までは経理の仕事をやっていたし、それからも、暑くない朝や夕方は庭などを歩き回っていた。それが良かったのかも知れない。
「おんなのこ?」
「おお。この子は?」
「ええ。3年弱前に取り上げて戴きました息子。ルークです」
「ああぁ。こんなに大きくなったか。私も歳を取るはずだ」
「ルーク」
「あい!」
「お前が生まれる時に、お世話になった助産師殿だ。お礼を申し上げなさい」
「おばちゃん。ありがとう!」
ちゃんと胸に手を当てて、片脚を引いた。
「ははは。おばちゃんか。そうかそうか。元気そうで何よりだ。私は少しくたびれたから休ませて貰うぞ」
「ありがとうございました」
助産師を見送った。
「ああぁ。おんなかぁ……」
「んん? 弟の方が良かったか? ルーク」
「はい! いっしょにあそべる」
どうやら本音らしい。
「妹でも一緒に遊べるだろう。エリーちゃんとも、一緒に遊んでいるじゃないか」
「おんなのこはエリーちゃんだけで……」
語尾を濁したな。
「さて、赤ちゃんが出て来るまで、まだ数時間はかかる。フラガと遊んできなさい」
「はい」
階段脇に控えていたフラガがすっと寄ってきて、俺に会釈してからルークの手を取った。
「ルーク様。参りましょう」
「うん」
どうやら自分の部屋へ行くようだ。
「プリシラ様には、さっきのこと決して仰ってはなりませんよ」
「ああ、うん。わかっているよ、いわないよ」
†
1日経った。
「旦那様」
プリシラが無菌化した部屋から戻ってきたのと言うので、彼女の部屋にやって来た。
「ああ、寝ていなさい」
それでもプリシラが上体を起こしたので、メイドが背中にクッションを差し入れた。
「よく頑張ったな、プリシラ。ありがとう」
手を伸ばして、ほつれた前髪を直してやる。なんだろう。まだ幼さが残っている面差しだが、少し強さが増した気がする。
「はい。少しお役に立てました」
「いやあ。少しじゃないぞ。それに俺の役に立つなどと考えなくていい」
「ええ……ああ、子供の顔を見てやって下さい」
「そうだな」
籐の籠のなかに赤子が寝ていた。小さな手が見える。
「ああ。可愛いなあ。やはり女の子は可愛い」
「名前を……この子に名前を付けてやって下さい」
「名前か」
「レイナ。例えばそういう名前はどうだ?」
「ありがとうございます」
「待て。プリシラの意見をだな」
「いえ。旦那様がお考え戴いた名が至高です」
「そうか? ではレイナにしよう」
†
【クラウデウス6世陛下に、我が国の女王エレニュクス・プレイアス・ラメーシア・デ・プロモスの親書を奉呈致します】
王宮大広間で、プロモス王国の特命全権大使の信任状捧呈式に臨んでいる。
白いドレスを纏った女性が、陛下に巻紙を捧げた。
20日前の光景が過ぎり、強い既視感を感じる。
大きな違いは、大使がホシュア閣下ではないことだ。
【クラウデウス6世の名において、クローソ・ヒルデベルト・ラメーシア・デ・プロモス殿下を、在ミストリア駐在特命全権大使として信任する。なお、陛下よりお言葉があります】
陛下が玉座から立ち上がった。
「クローソ殿下。ようこそミストリアへ。数年前にもスパイラスに来られたようだが、短期間でお帰りになったと聞いている。こたびは、貴国の男爵位を持つラングレンもおる。各地を回られて、我が国の様子をご母堂へお知らせするが良かろう」
殿下の横で、通事が飜訳している。
【ありがとうございます。陛下のお言葉で、旅の疲れが癒えた心持ちです。信任戴いた初仕事として、貴国との安全保障特別条約の調印式に臨みたく存じます】
陛下は肯いた。
元首ゆえに公式の場ではミストリア語以外を話されることはないが、国際典礼であるエスパルダ語も解されるのだな。
クローソ殿下は、右手を左胸に当てて、やや右脚を引き謝意を示した。そして再び直立すると踵を返した。
さて。いつもならこのまま陛下のご退場を見送るところだが、今日は違う。テルヴェル外務卿と共に臣礼すると、クローソ殿下の後を追った。
廊下を40ヤーデン程歩いて、華やかな内装の部屋に入ると、既に顔見知りの外務官僚が3人立っており、その奥にはプロモスの官僚達が居た。俺は手前の列に加わる。
殿下と外務卿が席に着くと、官僚がそれぞれに冊子を広げ、2人の前に置いた。すると、互いに会釈してからペンを取り、署名が始まった。
これにて、我が国とプロモス王国の条約が正式に締結された。
感慨深い。
アストラ達にも見せてやりたかった。
外務卿と殿下が立ち上がり、冊子を携え握手した。
クローソ殿下は、微笑みながら、我が国の官僚達にも手を差し出した。そして部屋を退出された……のだが、俺の時だけ睨んでなかったか?
「ラルフェウス閣下」
「はい。西方局長殿」
残った4人の外務官僚の中で一番上位、恰幅が良い壮年男性だ。
「今回の条約締結は、閣下の働きあってこそ。西方局としてお礼申し上げる」
「ああいえ」
「局長の仰る通り。我が国とプロモスの板挟みになりながら、良く条文をまとめて下さった」
「それについては、審議官殿がお貸し下さった若手がよく働いてくれました。私こそ御礼を申し上げます」
「はっはは。その中でも一番若いのは閣下ではありませんか」
「ああ……そうでした」
部屋が笑いに包まれた。
まあ腹を割った話ができる間柄でもないが、敵対する相手でもない。なぜかは知らないが、それなりに好意的だ。
そうアストラに問うたところ。笑って彼は答えた。
国王陛下にも外務卿にも目を掛けられている閣下に、彼らが逆らえるわけないじゃないですかと。まあそうかも知れないが。
俺は外務官僚ではないし、彼らにとって出世の競争相手ではないのだろう。
悪い話ではない。
世の中は広い。敵と味方だけではない。
どちらでもない者達が圧倒的に多いのだ。
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訂正履歴
2021/02/27 細々訂正
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/19 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




