353話 ゆく人くる人
ああ……サブタイトルによく似た番組。昨日のことのようですが、もう3月になりそう。速過ぎませんか?
「プロモス王国特命全権大使レゾン・ホシュア殿に、勲四等白銀菱章を贈呈する」
王宮大広間。
最も格式の高い部屋で、宰相が細身のエルフに表彰状と箱に入った勲章を授与した。慣例で駐在大使が任期を全うすると、離任時に授与されるものらしい。
俺は、大使としてテルヴェル外務卿の横で参列している。
【ミストリアに駐在中、クラウデウス6世陛下をはじめとして、国民の皆様には大変良くして戴きました。離任に際し改めて御礼申し上げます】
ミストリア語ではなく、典礼のエスパルダ語で謝意を示されると、大使は大広間を後にされた。ミストリアとの条約成立に向け何度も顔を合わせた相手だ。先日パーティにも出席して結構話し込んだこともあり、少し淋しい思いが過ぎる。
陛下と宰相閣下が大広間から退出され、式典は滞りなく終了だ。外務卿と顔見知りの式部官に挨拶して、俺も退出しようとしたところ執事に引き留められた。陛下から御用があるそうだ。外務卿が、こっちを見て人の悪そうな笑みを浮かべていたのが気になる。
「ラングレン子爵が来られました」
執事に御座の間へ案内された。
「ラングレン参りました」
部屋に入って行くと、陛下と侍従長の2人だった。跪礼しようとすると手招きされたので、中断してそのまま近付く。
用件は、いくつか思い付くが……。
「ラルフェウス卿。引き留めて悪かったな」
「いえ」
「掛けてくれ。プロモスとの条約条文が合意に至ったこと、ご苦労であった」
「外務卿の手腕にございます」
条文合意の覚え書きに署名されたのは、外務卿だ。
「ふふふ。サフィールは別に褒めるゆえ、謙遜は要らぬ」
「はっ! ありがたき幸せ」
「それで、後任の大使のことは訊いているか?」
「いえ、存じません」
その件か?
陛下が顎を突き出すと、侍従長が恭しく会釈した。
「プロモス王国からの後任大使は、クローソ・ヒルデベルト・ラメーシア・デ・プロモス殿です」
何と……絶句した。
クローソ殿下には、とある国への縁談があると聞いている。この時期に我が国へ駐在できるとは信じられないが。陛下はともかく、侍従長が冗談を言うとは思えない。
「ふふふ。本当に知らなかったようだな。卿と恋仲と聞いたが」
「とんでもございません」
「そうだな。朕の勧めに順って、第2側室まで娶ったことがプロモスまで伝わっているであろうしな」
むぅ。やはり、内務卿の勧めは陛下の差し金か。
「冗談だ。見知った者とは言え、これからは外交である。私情を交えぬよう」
「はっ! 肝に銘じます」
変だな。
「さて本題だが……」
やはりそうか。今の話だけでわざわざ引き留めはしないはずだ。
「委員会に提出した卿の報告書。読んだぞ」
「恐縮です」
その件か。
「卿の知識、見識。見事なものだ。大学校の教授に推薦したいと言っていた者も居た。だが、そうはさせられぬ」
「はあ」
「朕の名において、件の報告書は、引き続き委員会外へは公開禁止とする。また卿についても、他の手段による公表禁止を命ずる」
「はっ! 元より、そのようなつもりはありません」
不確かな情報で、国民を恐怖に陥れることはない。
陛下は数度肯かれた。
「ならば、しばし待て……時期については、卿の方がよく分かっているのかも知れぬが」
「承りました」
俺としては、陛下やその周辺が報告書に書いたことを知っているのかどうかを確認したかったのだ。そして、目的は達した。
†
「えぇっ!」
朝食後、最近定期購読し始めたスパイラス新報を読んでいたアリーが、少し大きめに呟いた。今日は休日で皆まったりしている。
「アリーかあさま。どうしたの?」
ソファーに座って居たルークが滑り降りて、アリーの椅子へ近寄った。
アリーかあさまとルークは呼ぶ。叔母なのだが。ちなみにローザは前置きなしのかあさまで、プリシラのことはプリかあさまだ。
「ほら、ルーちゃん。膝に来なさい」
一旦新聞を置いて、アリーはルークを持ち上げた。
「ほら、ルーちゃん、ここ読めるかなぁぁ?」
再び持った新聞を指している。
2歳半の幼児に何をやっているんだか。
「ん。読めるよ。えーと。くっ、ク、クローソ」
「まあ、よく読めました。賢いわ。まるで旦那様の子供の頃みたい」
ルークもそれくらいの賢さの披瀝は許容範囲のようだ。
「でね。クローソって名前のお姫様がね」
「おひめさま?」
「うん。プロモスって国のお姫様なんだけど、エルフでね」
「えるふ?」
ルークはきょとんとした。少し首を傾げ、可愛い仕草だ。
「そう。白くてね、ほっそりして、とっても美しいの」
「ふーん」
「そのお姫様が今度、このスパイラスへ来るんだって」
「スパイラスって、ここ?」
「そうそう。王都のことよ。でね、もう3年前になったのかな。ルーちゃんがまだ生まれる前なんだけど。旦那様が、そのお姫様の命を助けたことがあるのよ」
「ほんとうですか? とうさま」
「あっ、ああ」
「すごいや、とうさま」
キラキラした目を俺に向けてくる。
「うんうん、すごいねぇ……それでね」
言い方に険があるな。ルークの関心をアリーが強制的に持って行った。
「旦那様とそのお姫様はなかよくなってね。この館にお越しになったことがあるのよ!」
「おお。すごい!」
「それなのに、大使になってスパイラスに来るなんて。全く私は聞いていないんですけど! おねえちゃん知ってた?」
最近ナディさんの手解きで、かなり上達した編み物をしているローザに振った。
「いいえ、聞いてませんよ。でも、きっと国家の秘密なのですから致し方ありません」
どうやら姉妹共闘する様子だ。
プリシラは大きくなった腹に手を当てながら、あたふたと視線を泳がせている。
「しかし、変ですね……確かクローソ殿下は。えーと、セロ……アニア? そうそうセロアニア公国の公爵家へお輿入れするのではなかったですか」
ローザもかぎ針から、目を上げてこちらを見た。
「去年、そうなりそうだと手紙を貰ったな」
セロアニア公国は、プロモスからさらに西にある小国だ。余り我が国とはなじみがない。それはともかくも、婚約が決まりそうだと伝えて来られた。
そのお祝いの手紙を返してから、殿下へ直接を手紙を送ることは控えて居る。
既婚者と言え、何せミストリアの好色男と浮名を流している俺と文通をしているのは穏やかではない。縁談の差し障りにならないように気を遣ってのことだ。
「えっ? なぁんだ、旦那様も知らないの?」
「うーむ。大使として我が国に派遣されることは、3日前に聞いただけだ」
「はぇ。3日前か。うぅぅ……もしかして破談になった?」
「はだん? はだんってなぁに?」
「アリー!」
「ルーちゃん何でもないのよ」
後で、破談って何? そう聞かれて乳母が困ることになるだろう。
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訂正履歴
2021/02/24 誤字、細々修正




