352話 蛇の道は蛇
「蛇の道は蛇」 意味は識ってますが。そのまま読むと、なんか変な言葉。後ろに「が知っている」とか「に訊け」とか続くんですかね?
外務省庁舎内特命全権大使事務所。
自分の執務机で書類に目を通す。机の前にはアストラが立っている。
「うむ。これでいいだろう。プロモス当局との合意はなんとかなりそうだな。この線で進めてくれ」
書類の束をアストラに返す。
「ありがとうございます」
「いや、良く妥協点を探ってくれた。アストラ達のお陰だ。ああ、いや。礼を言うのは条約調印が終わってからにしよう」
国と国の交渉事がいきなり同意できることなど皆無だ。それぞれの利害が絡むのだから。そこで直接大使同士が侃々諤々と議論してはならない。笑いながら妥協する存在を温存しないと、決裂してしまうからだ。
そういった中で、俺の言葉通りアストラはよく働いてくれた。彼が押して、外務省より派遣されてきたレーゲンスが相手を宥める分担が、思いの外交渉にうまく機能している。
「ははは……そうですね。とは言え、ホシュア閣下の在任中に片が付きそうで何よりです。22日の退任パーティには出席されますか?」
在ミストリア王国プロモス大使が、6月一杯で退任されることになった。
「ああ。ホシュア閣下には世話になったからな」
「承りました。随行を選抜致します」
「任せる」
「はっ! ところで後任の大使殿はどなたか、閣下はご存じですか?」
「いや、聞いていない」
「そうですか。本省ではそろそろ認証作業をしているはずですから、それとなく当たってみます」
会釈をしてアストラは辞して行った。
派遣する大使は、基本的にその人事を予め相手国に伝えて同意を得ることが、国際的儀礼だ。まあ7月に新任の大使が派遣されてくるのだから、アストラの言う通りだろう。
俺も新大使に興味はあるが、彼の方が一入だろう。折角築いてきた人間関係が崩れ、それを組立て直す必要がある。しかし、関係が馴れ合いと成らぬように定期的に更新するのだから、避けられぬ事だ。
†
昼を過ぎて王宮を辞し、北門から城外へ出た。
事務官パレビーの先導で民衆の喧噪へ入っていく。彼も俺も、王宮に居る時の衣装とは全く違い、商人の風体だ。
王都は南門を除いた東西北の門外に、城内に住むことを許されぬ庶民の町が広がっている。壁には隔たれてはいるものの、城内の整然とした佇まいから大した距離でもない。が、大通りから一筋入れば、雑多で汚い。もう少し言えば臭気が漂う街並みだ。
日干し煉瓦を積み上げただけの、それでも2階、3階の建屋が両脇に所構わず並ぶ路地を進む。子供が走り回り、まだ陽光厳しい中、見窄らしい衣服を纏った老人が座り込んでいる。やはり、北門外の住人の経済状態が王都周辺で最も悪いであろうことは一目で分かる。
何度か路地を曲がったところで、パレビーの足が止まった。
「突き当たりを左に曲がり、通りの右側2軒目です」
パレビーは、諜報員の顔になっている。
「分かった。ここから先は俺1人で行こう」
「くれぐれもお気を付け下さい」
肯くとさっと身を翻して小路へ消えていった。
2軒目。
見上げるとやや煤けた看板が掛かっている。呪い、祈祷、占いフェガリ。
「邪魔するぞ」
扉を開けて入ってみると、四角い部屋には誰も居ない。木のベンチが2つ置いてあるだけだ。待合室か。
「幕の奥へどうぞ」
渋い男の声が響く。
その声の方、部屋の奥の壁には幕が掛かっていた。
奥へ入ると、捲った幕以外の壁は絨毯で覆われており、外界の光を遮っている。中央のテーブルに燭台の炎が揺らめていた。
その向こうに壮年の男が座っている。
少し薄汚れて見えるが白装束、巫覡だ。
「どうぞお掛け下さい」
肯いて座る。
「ようこそ。私がフェガリです。さて……」
正対した深い眼窩の奥が炯々と光っている。
「ふむ。呪いや、祈祷ではなさそうですな」
「いかにも。占いをお願いしたい」
「承った……占いと言ってもいくつか種類が有りますが、御所望は如何に?」
「商売で、投資話がいくつかありまして」
「投資。ふっふふふ……」
「何がおかしいのか?」
「ここに来られた御用は、そうではなかろう?」
ふん。
「人形の割には、よく見えるじゃないか」
その言った刹那、浮遊感に包まれた。足下の床と椅子が突如消え失せたのだ。
【光翼鵬!!】
鉛直の加速度に抗い、俺は何もないところを漂った。
「悪いが、降りて来て貰えぬか? ラルフェウス卿。そこでは話しづらい」
今度は、聞き覚えある声が下からした。
「わかった」
浮力を落として降下する、4ヤーデン程下に水面が見えたので、水平に逸れて床に降り立った。なるほど落ちても死なないようにはなっていた。
そこに少女が立っていた。
上の人形と同じように、踝まである白いローブに、短いケープを羽織って居る。
俺より何歳か若いように見えて、その年齢は賢者グレゴリーを大きく超える。
彼女は四賢者の一員。
同輩になって2年経つが、顔を合わせた回数は片手で足りる。謎の女だ。
普通の特別職とは全く隔された存在。
「よくここが分かったな、ラルフェウス卿」
この賢者の世を忍ぶ仮の姿。そしてここが彼女の拠点のひとつだ。
「ええ。蛇の道は蛇。ディアナ・ルーナス卿」
「ほぅ。そんな諺は知らぬが……面白いな」
そう言われて気付く。確かにミストリアの諺ではない。では、どこの? 思い当たらぬが、珍しくもない。俺は学びもしない事項をなぜか識っていることが多い。
「多分東方の言葉だ」
適当に答える。
「ふん、まあいい。とっと帰って貰いたいからな。本題に行こう。何の用だ?」
「では率直に訊こう。今月の賢者会議の報告書。あれは何点だ?」
「卿の報告書など読んでは居らぬ」
ニヤけた巫女を睨め付ける。
「俺のとは言っていないが」
「ふん! 読んだ、読んだ。冗談だ。点数と言ったか?」
「ああ」
「採点の前に、ひとつ訊きたいことがある」
「何だ?」
「卿は、エルディア大司祭と昵懇だ。大司教や司教とも」
だからなんだ?
「ああ。先日大司祭様には子供の洗礼をお願いした」
別に隠すことでもない。
「ほぅ。あの恐るべき魔力を持った子息……ははは、そんな目を向けるな。男に興味はないと言ってあるだろう。それに聖獣様が付いているからな。流石の私も手が出せぬ」
「それが訊きたいことか?」
「いいや。訊きたいこととは、あの報告の内容が光神教会の意向かどうかだ」
聞いても。相変わらず意図が分からない。
「光神教会は何の関係もない」
「そうか……残念ながら本当のようだ。信じよう。で、なぜ点数など求める?」
はぐらかす気か?
「訊きたいことは、ひとつと言っていなかったか?」
「いいから答えよ」
苛立った口調の割に、ディアナ卿の笑みは消えていない。
「超獣の異常を探る……いや目を光らせるか? その先達に意見を聞いておこうと思ってな」
「ほぅ……」
「俺が報告書で書いたこと。この2年で調べ上げたことは、あんたや政府首脳は皆知っているのだろう。だから、答え合わせをしたいだけだ」
「あんた呼ばわりとは、失礼なヤツだ」
「あんたが、賢者でありながら超獣を斃すどころか、全く関与すらしないのは、もっと重要な任務があると言うことに違いない」
「はぁぁ、もう良い。やはり小賢しい男は嫌いだ。答え合わせとか言ったか? 採点結果は、100点満点ならば50点だ。私も完全な正解など知らぬのだからな。今は、そこまでの点しか付けることはできぬ。さあ、満足したなら、とっととここから去れ!」
「そうだな、満足するはずだったが。あんた……いやディアナ卿。ついさっき訊くべきことが増えた」
「なんだと」
「そのことは、光神教団も知っていることなのか?」
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訂正履歴
2021/02/20 誤字脱字、加筆、口調の統一、話数間違い353話→352話
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




