351話 父の貌 賢者の貌
こんなご時世ですが。リモートワークで普段見ない仕事中の夫もしくは父の顔を見られたという話しは時々話題になりますね。
離れの前で待っていると、辻馬車がやって来た。
門の前で一度止められ、敷地内へ入ってくると俺達の前に横付けとなった。
御者が降りて扉を開けると、30歳代の男が降りてきた。
「バロール卿、お久しぶりです」
「ああ、ラルフ。元気そうだな」
会うのは先月の賢者会議以来だ。しばらく、魔獣大発生で出動されており、先週王都に戻って来られた。
「はい」
「とうさま、とうさま」
馬車の中から可愛い声が聞こえて来る。
「ああ、悪い。ちょっと待て、エリー。今、降ろしてやる」
バロール卿は、白いフリフリのついたドレスを着た女の子を抱えると、ゆっくりと石床に降ろした。
「ルーちゃまぁぁああ」
「おっ、おい!」
女の子は、突如駆け出すとこっちへ来た。
「ルーちゃまぁぁ」
再び叫んだ女の子は、がっつりとルークに抱き付いた。ルークは直立不動だ。
「エリスちゃん。こんにちは」
「もぅ! エリーなのぅ」
「はい。エリーちゃん」
この子は、バロール卿とナディさんの娘。最近2歳になったばかりだ。ルークより半年後に生まれているが、この時期の女の子は男の子より成長が早い。その上、おませさんだ。
何か既視感を惹き起こされるなぁ。
「流石、旦那様の子。モテるねえ」
アリー。ナディさんを降ろした、バロール卿が睨んでるぞ。
「ナディさん。こんにちは」
ローザとアリーが夫人を出迎える。
「さあ。みなさん。中に入りましょう」
歩き出したエリスちゃんは、がっつりルークの手を握っている。
それを、悲しそうにバロール卿が見てる。
「ねえ、ねえ。わんわんいる?」
「わんわん? ああ……セレナ? いるよ」
「いこっ!」
ルークの手を引っ張って、離れのホールを駆け出して行った。それを傍らに控えて居たフラガが追っていく。
「なあ。ラルフ」
「なんです?」
「たった2年で、娘を持った父親の悲哀を味わうとは思わなかったぞ」
「大袈裟ですね」
「むぅぅ。じゃあ、ルークを養子にくれ! もう1人生まれるのだろう?」
「ははは……まずはルークの気持ちを訊かないと」
「なんだと! ルークはうちのエリーが気に入らないとでも言うのか」
「あなた!」
振り向くとナディさんが結構な形相をしていた。
「ああぁ……すまん」
完全に尻に敷かれているな。
2階に上がると、エリスちゃんは伏せたセレナの首筋に馬乗りになっていた。自分の背丈ほどの高さだが、どうやってよじ登ったのか。
ルークは少し心配そうに、セレナの頭を撫でてやっている。
フラガは脱ぎ散らかした、エリスちゃんの靴を持って控えて居る。
なんというか、このご令嬢は、可愛い見た目からは思い浮かばないほど怖い物知らずだ。初めて見た聖獣セレナに突進して抱き付き、ナディさんが震え上がっていたな。
最初はぬいぐるみと思っていたようだが、身じろぎしたセレナに、うわぁ、いきてるぅと、かえって驚喜して背中によじ登って行ったからなあ。
この世に、自分を害する者など存在しないと思っているのかも知れない。
「あっ! ねえ。とうさま、とうさま。これほしい!」
「これって、聖獣様のことか?」
「ううん。わんわん!」
バロール卿は額に手を持って行った。
「わんわん……なぁ。聖獣様に仔は居ないのか?」
「ワッフ!」
「居ませんよ」
セレナは、自身を俺の妻の1人だと思っているからな。
「ああ、エリー。このわんわんは駄目なんだよ。ここに居る恐ぁぁいラルフおじちゃんの犬なんだ。他の犬なら、どこかで貰ってきてやるからな」
誰がおじちゃんか! セレナも犬犬言われて怒ってるぞ。
「いぃいや! このわんわんがいいの。こんなにおおきくて、きれいなわんわんいないもん」
確かに毛並みがどんどん綺麗になっているよな。最近はルークとフラガが、セレナの毛を梳いてやっている。
「うーむ」
「じゃあ。まいにちルーちゃまのとこにくる」
「まっ、毎日は駄目だ。駄目に決まってる」
「まあ、まあ。バロール卿。そのうち飽きますよ」
「いやぁ、それはどうかな」
「だよな! アリー殿。ここに実……例……が」
ナディさんの顔を見て黙った。
「エリー、無理言わないの。時々連れて来て上げるから」
「はい。かあさま」
うーむ。ディオニシウス家内の序列ははっきりしてるな。
†
「それで、あれは正しいのか?」
「あれとは何です?」
俺とバロール卿は、本館の応接室に移動した。人払いして、今は二人きりだ。ソファーで向き合っている。
「俺が欠席した今月の賢者会議。そこで提出された超獣の未来予測のことだ」
「へえ、読んだんですね」
「ラルフが書いた物だからな。それでどうなんだ?」
「自分の知識が間違っていたらと、久々に思いましたよ」
「ふむ。ラルフが優れているのは、魔術だけでないことは痛いほど知っているが……」
珍しくバロール卿が眉根を寄せている。
俺が出した研究結果。当面委員会以外への伝達禁止扱いとなったが──バロール卿はその結論を信じられないのだろう。
エリスちゃんを我が館に連れてきたのは表向きの理由で、本当はこのことを問い詰めたかったのに違いない。
「残念ながら、古代エルフの記録に拠れば、超獣大型化傾向はおよそ400年周期です。少なくとも3回は遡れます」
「それによって、多くの古代エルフの都市国家が滅んだ……」
「ええ。前々回の800年前が決定的で、古代エルフ族はほぼ居なくなり、人族と現代エルフに取って代わられました」
現在全世界で人族が隆興を見せているのは、その所為。あるいは、そのお陰だ。
俺に取り憑いた者達によれば、古代エルフ族は科学技術で他種族を圧倒していたが、身体は虚弱だったそうで、都市国家を捨てたのであれば急速に衰亡しても不思議ではない。そう見解が一致した。口の悪いティアは、だから蛮族だった亜エルフ族や人族が残ったのだろうと言っていたしな。
古代エルフの末裔を名乗る者も居るらしいが、正式には認められていない。エルフ族がプロモス王国を支配しているが、王族も貴族も現代エルフ族と言われている。
「その災厄は、古代エルフ族を滅ぼすために起きたのじゃないか? ならば──」
「俺もそう思いたいですが。災厄の主体である超獣は、なぜどれもこれも都市を襲おうとするのか? なぜ最近超獣に大型化傾向が見られるのか? それを考えると」
「分かっている。少なくとも我々賢者は、楽観視やら希望的観測というのは禁物だからな」
表情が戻ってきた。
「ええ」
「俺はなあ、ラルフ」
「はい?」
「魔術師に成りたかったのは、子供心に小作人は嫌だったからだ。小作人の子は、小作人だ。上の兄さんがそう言っていた。まあ、軍に入って各地を回る中で、同じ小作人でも待遇に違いがあることは分かったが、それでもな」
「はあ」
「ああ。ラングレン家……ラルフの親父さんは御領主に成られる前は、小作人に寛大だったと訊いてな、好きに成ったんだ」
へえ。そういうことだったのか。誰から訊いたのだろう?
「それはともかく、俺は三男でな。随分勝手をさせて貰った。出世も自分のことしか考えていなかった。そんな俺でも、超獣やら大量発生した魔獣と対峙すると、まともな精神状態では闘えなかった。自分の奥底で逃げろ、ここから逃げろって大声が反響するんだよ」
「むぅ・・・」
「それをどうやって押し留めたと思う? 誰かを、住民を護るんだとな、そう思うことにしたんだよ。我ながら偽善だがな、そうとでも思わなければ、踏みとどまれなかったんだ」
逆説的だが重い言葉だ。
「数年経って、何とか慣れたがな。やはり戦う理由は、つい最近まで正直虚実相半ばだったよ。だが、今は違う。ナディスやエリスを泣かさないためだと素直に言える。だからな、俺はラルフに協力するぞ、全面的にな!」
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訂正履歴
2021/02/17 古代エルフの記述を加筆
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




