閑話8 肝胆相照らす?
この物語での閑話は、主人公が余り登場しない話を位置づけていましたが。この章については異なります。
14章本編終了と15章本編開始時点は時間が経過しますので,その間を埋める位置付けです。
よろしくお願いします。
11時の鐘が響いた頃、本館前の石畳を馬車がやって来た。門の前で一瞬止まり、誰何を抜けて入って来た。
俺とモーガン、そしてプリシラが離れの玄関で待ち構える。秋口になって大分過ごしやすくなった。
そこへ横付けとなった馬車の御者台から、執事ノイシュが降りた。こちらに会釈して、扉を開ける。
中から、着飾った壮年の男が降りてきた。
「ラルフェウス様」
俺の前まで来ると、バロックさんは片膝を付いた。
「こたびはお招き戴きましてありがとうございやす。少し時間が経ってしまいやましたが」
書状を送ったのは、側室としてプリシラを娶る寸前、4月のことだ。プリシラ自筆の手紙と共に都市間転送使用許可書を送り王都に招いたのだ。それから2ヶ月経っている。
「立たれよ。バロック殿」
手を貸して立ち上がらさせる。夫人にも恭しく挨拶された。
そもそも俺の方から一度スワレス領に行って、了解を貰うことを考えていたのだが。プリシラは、父に会うために旦那様が出向く必要などありませんと言うし、周囲の者達からも難色を示された。謙りすぎだというのだ。
相手が15才以上の平民の場合、側室にするには、本人了解があれば十分で、家族には事後連絡で問題ないそうだ。貴族の世界ではそれが常識らしい。
それでは気が済まないので、代わりに招くことにしたのだ。
「おとうさま、おかあさま」
「おお、プリシラ。元気そうだな」
「あたりまえです」
プリシラも笑いながら、少し涙ぐんでいる。
「さあ、中へ」
離れの応接室へ連れて行く。
ソファに座って、向かい合う。
「バロック殿、メディス殿。プリシラを側室にしたこと。書状のみの連絡になって、申し訳なかった」
胸に手を当て謝意を示す。
基本的に貴族は対面で平民に謝ってはならないのだが、ここには外部の目はない。
「旦那様。そのような」
「ああ……とんでもない」
「そうです。娘の書状は喜びの羅列でしたし。主人はお手紙を見て小躍りしたのですから」
「そうでやす。近年なかった慶事でやした」
「そう言って貰うと、少し心が軽くなる」
「お気になさいますな。そもそも、ラルフェウス様が確か4歳の時でやしたか。我が家にお出で戴き、プリシラと会わせたのもアッシの方に下心があったのですから」
それは分かっていたが。
「まあ、真ん中の娘の方を、気に入って貰えると思ったのでやすが、あいつはローザ様には勝てないといって、早々に諦めやしたからねえ」
「あなた!」
「ああ、言わずもがなのことでやした。とにかくラルフェウス様と、縁が強くなって嬉しゅうございやす」
第1側室と第2側室では、法的に処遇が段違いだ。
主人と後者の親族とでは、親戚にはならない。それは、子が生まれても変わらない。
よって、ダンケルクのドロテア夫人は俺からすれば義母だが、目の前に居るメディス殿はそうではない。
正妻は政略結婚であまり気に染まぬ相手が多く、第1側室の方が実質的な正妻だった例が多かったからと言う説がある。
「そうだ。プリシラ。あなたが住んでいる部屋を見たいわ」
「おかあさま?」
ふむ。
「メディス殿を案内してくると良い」
「はっ、はい」
少し不審そうにプリシラは立ち上がると、自らの母を伴って部屋を出て行った。
「バロック殿には、ササンテの原料仕入れで苦労を掛けた。改めて礼を言いたい」
「ああ。いやいや。こちらも儲けさせて戴いてやすから。まあ、最初こそ大変でやしたが、例の事件がありやしてからですかね。随分やりやすくなりやした」
「そうなのか?」
サラが言っていた通りだ。
バロック殿は、俺を探るように見た。
「ええ。急にバズイット家に付き従っていた者達が、まるで掌を返すように離反しやして。ディラン様や、スワレス伯爵様に鞍替えしようとしやしたから。驚きやした。それから、国軍が入って来てからは、混乱して右往左往……」
憲兵連隊が着く前に領内で団結されて、万が一にも反乱されないように手を回したのだろう。
「あははは、アッシにすげなくしていたやつらまで、頭を下げてくる始末。哀れでやしたねえ。ところで、あれは……」
「その、離反を仕組んだのは俺なのか? そう訊きたいのか?」
「むう」
「それを訊きたくて、プリシラをこの場から外させたのだろう?」
「いやぁ、やはりお見通しでやすね。その通りでやす」
「ふむ」
「あの雪崩を打ったような様子は、流石に尋常じゃありやせん。誰かがそうなるように仕向けたのでやしょう。問題はそれが誰かでやす。できそうな方は、何人かおりやすが……ディラン様は清廉潔白な御方。手を回すわけはありやせん」
よく見えているな。
「そうだな」
「ふむぅ、そのご様子では、ラルフェウス様でもないのでやすね……」
長い付き合いだ。俺の口調や様子で分かるのだろう。
肯く。
「ふぅぅ……では誰が? ご存じでやすか?」
数人の顔がちらつく。
「確たることは分からないが。1つ言えることがある」
「はい」
「それを探っても、バロック殿にとって何も良いことはない」
厳つい顔の眉がピクピクと動いた。
「それほどの……」
少し顔を背ける。
「分かりやした。これ以上詮索は致しやせん」
「それが良い。で、バズイット家が居なくなった新直轄領はどうなっている? 領都バズイール……いや、今ではシムレークか」
同領は改易となって、現在は暫定的に国王直轄領になっている。それに伴って、領都の名前も、バズイット家が領有する前に戻った。
まあ、一応スードリからも聞いてはいる。半分は話題そらしだ。
「はあ……特に治安は悪くなっておりやせん。領軍の軍人はサバサバしたもので、国軍が来てすんなりと支配下に入って解体されやしたから。その物価も上がりやしたが、内務省でやしたか、お役人がたくさん来られて、今では元に戻りやした。着々と後片付けが進んでやす。あとは、前の領主とつるんであくどいことをしていたビクトール商会を始めとする商人共は、捜査が始まって戦々恐々としてやす」
なるほど。
「そうか。身から出た錆だな。ところで、バロック殿がここに来られたと言うことは、セルジアの森の統治の方は順調と考えて良いのか?」
セルジアの森とは、俺が8歳の頃六脚巨猪を見付けた所。スワレス伯爵領の東、新直轄領の南西と親父さんのエルメーダ領の北東部に跨がる丘陵に有る森林のことだ。
森林部というのは、地理を押さえていなければ統治が困難だ。さらにあそこは面積が広いし起伏もある。だが、国がそこまで統治を広げるには人手が足りていない。よって、このような場合、隣接の領主に応援を頼む事例がままあるそうだ。新直轄領も南西部と東南部を委任地としており、前者を親父さんが代官となって治めている。
「ええ、仰る通りで。ご本家が承った地区の取りまとめは、アッシとエルメーダの商人でやってやすが、まあなんとか目鼻が付きやした。ディラン様のお人柄の賜でやしょう」
森の民は平野の民と違って独立心が高い。自分たちへの対応が悪化しない限りは、領主が誰であろうとさほど拘らないと気質と聞いている。逆に言えば、政策1つで険悪にもなると言うことだ。とはいえ、確かに親父さんならば、うまくやるだろう。
「そうか。それはよかった」
†
バロック夫妻は、数日王都を遊山をして終始楽しそうに過ごした。
その後、俺の心が軽くなったのを見計らったのだろう、スワレス領に戻っていった。
気を使ったつもりだったが、実は使われたのだろう。
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訂正履歴
2021/01/30 プリシラの両親の呼び方、誤字訂正
2022/08/06 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




