349話 宴とラルフの弱点(14章本編最終話)
今話で14章も終わりです。終わりではありますが、次章開始時は少なからず作品内時間が経過しますので、いくつか閑話を挟もうと思います。
「いやあ、バロールさんの披露宴よかったなあ」
夕食後の団らん。
居間のテーブルで頬杖を付きながらアリーが呆けている。
「もう3日も同じこと言ってるわよ」
「だって、ナディさん綺麗だったし。軍人さんは、私に迫ってきた時は恐かったけど、皆良い人だったし……」
出席者が良い人ばかり……とは思わないが。バロール卿の前に出ると、良い人になってしまうのだろう。
「ああ、それにしても、新郎新婦が大聖堂を出た時の光景を見たかったなあ。花弁を降らせたこと、新聞にたくさん書いてあったわよ。王都でも流行るかもだって。お姉ちゃん、そんなこと企んでいるなら、教えておいて欲しかったなあ。まあ披露宴は良かったけど」
披露宴は滞りなく終わった。流石はモーガンとレクターだ。フォルキ殿によるとバロール卿は段取りを結構無視したそうだが、2人のお陰で宴を破綻させずに済んだと何度も礼を言われた。
後は、帰り際にバロール卿の母上に、手を取られて息子をよろしくと頼まれてしまった。
「ねえ。旦那様……旦那様?」
「ああ、聞いてなかった。なんだ?」
「もう! 旦那様の披露会は? 準備は大丈夫なの?」
「あぁ。レクターとモーガンに任せておけば、問題ない」
「そうは思うけど」
会は10日後だ。
† † †
翌日。
「ご足労戴きありがとうございます。子爵様」
「ああいや、今日は王宮で公務があったのでな。帰りに寄らせて貰った」
寄ったのは、黒衣連隊の庁舎だ。
通された部屋には、いつもの中佐と中尉が待っていた。
「単刀直入に申し上げます」
「うむ」
「本日、陸軍軍法会議にて、レミンカ・バズイット元参謀長とユンカース・バズイット少佐に対し、それぞれ大逆罪が審議され、双方有罪となりました」
「そうか」
俺は王族ではないが、超獣対策特別職は国王の代理人である。危害を加えた者には特別法により大逆罪が適用される。
「ついては、両名とも即日執行されました」
執行とは死刑だ。
大逆罪に未遂罪や準備罪の減刑はない。有罪となれば、罰は死刑しかないのだ。
しかも一審制だ。控訴はできない。
さらに言えば軍法会議は、軍事機密の名の下に非公開だ。会議内容は出席者以外は知る由もない。
「中佐殿、中尉殿。並びに黒衣連隊の方々には、御礼申し上げる」
「恐縮です。ですが、余り嬉しそうではありませんね」
「特別職に対する暴挙が再発しないよう、厳正に処分が執行されたことは嬉しく思っている」
「そうですか」
肯く。
「それから、もうひとつ」
「聞こう」
「バズイット家には、支援してた団体があった模様です」
「ほう」
「子爵様は、薔薇の鎖と言う結社の名を耳にされたことがございますか」
スードリから聞いている。
「西方諸国に百万の構成員を抱える結社と聞いているが」
「我が国にも、その一部が数千人規模で居ります。是非お気を付け下さい」
「承った。ご忠告に感謝する」
†
3日後。
「へえ。バズイット領は改易。一族は国外追放か」
アリーが、どこかで手に入れてきた新聞を読んでいる。
こちらを見てるな。
「はあぁ。旦那様はご存じだったと……」
「昨日の段階で官報に出ていたからな」
「一族というだけで国外追放って、何かかわいそうな気もするけど……まあミストリアに居てもね」
身の置き場がないと言うことだろう。だが、ミストリアは寛大な国な方だ。他国では、一族郎党皆殺しとかは平気である。
「それより、準備はできているのか? 慣れてないプリシラの面倒を見てやってくれよ」
「もちろん。お姉ちゃんと私が言い出したことだからね。今日の宴でちゃんと宣伝するからさ」
お披露目──
プリシラを第2の側室にすることにした。
ナディさんにプリシラのことを喋ったのは、アリーらしい。その場にはローザも居たそうだが。それがバロール卿に伝わって、3人目という発言に繋がったわけだ。
「よろしく頼む」
側室にすることに抵抗があったのは、俺だけだ。
プリシラ自身は、俺を王都まで追ってきたしな。
なぜか、ローザもアリーも乗り気だし……誰かの意向を反映しているのか?
それで、最終的に俺の背中を押したのは、サフェールズ内務卿閣下だ。
閣下によれば、大貴族が俺のことを警戒し始めたと言うのだ。
俺は武力を持ち、経済力も持ち出した。ファフニールとダンケルクと言う強力な後ろ盾もある。
その上、今回は敵対した大貴族であるバズイット家を葬った。
俺がやったわけではないが、貴族達はそうは見ない。国王陛下に働きかけたのではないか? そう疑うそうだ。大多数の貴族達にとって、俺は相当不気味な存在らしい。
不本意だ。
この状況は、俺にとって得策ではない、改善すべきと真剣に言われた。では、どうしましょうと相談したところ、弱点を持てと言われたのだ。
弱点?
最初意味が分からなかったが、弱点を持っていることがわかると、人は安心するのだと懇々と説かれた。
で、具体的には?
英雄色を好むと言うだろう。側室を増やせ。なに、大丈夫だ! それほど評判は悪化しない。既に少なからずそういう評判がある。それを利用しない手はない。
どのみち陛下の意向も入っているのだろう。
最終的にプリシラに念押ししたところ、承諾が得られた。
まあ、切っ掛けはどうあれ、幸せにはしていくつもりだ。
†
賢者受号、超獣対策上席特別職就任の披露会。
公職に関する祝いのため、今日の会場は公館だ。ホールで招待客を待ち受ける。
「ようこそ。ぺディラ殿」
壮年の男爵夫妻だ。
「ラルフェウス殿。この度は賢者受号、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
何度かパーティに出席し、自分でも開催しているので、ダンケルク家やファフニール家の一族の内、王都近郊在住の方々は大凡憶えた。
「ダンケルクの一族から、賢者様を輩出するとは、この上なき名誉なことと存じます」
まんざら世辞だけでもないらしい。
貴族と言っても、社会に貢献することはそうそうない。だから何代も前の先祖の功を誇ったりするのだか。
「お役に立てたのなら光栄です。ああ、申し訳ない。別のお客様が玄関にお見えになったようなので、また」
会釈して下がると、別に客をあしらって居たローザに合図を送って、ホールを後にする。玄関へ着いた時に、ちょうど馬車が横付けとなった。
御者が扉を開けると、降りて来られた。そして夫人の手を取って降ろした。
「バロール卿。ようこそお出で戴きました。お忙しいところ恐縮です」
「ははは。やあ、ラルフ。忙しくなどないぞ。第一俺達が暇と言うことは、ミストリアにとっては良いことだからな」
「ナディさん。ようこそ」
優雅だが足早に駆け付けてきたローザが、夫人の手を取る。
「ローザさん。お招きありがとうございます」
「ここは、いささか暑うございますので、中へどうぞ」
ホールに入る。
「ラルフ」
「はい」
「あのアリー殿の横に立っているのが、例の?」
目敏いな。
「ええ、旦那様が最近側室にした者です。名はプリシラ。紹介致しましょう」
俺が応える前に、ローザが反応した。
「ああ、ローザ殿、それには及ばない。相変わらず美形好きだな、ラルフは。今度はどこの貴族だ?」
バロール卿は先日の出来事から、最近は奥方ではなくローザ殿と名前を呼ぶように変わった。
美形な……。
プリシラの面差しはまだ幼く、美しいよりも愛くるしいと言う方向性だが、アリー達が薄化粧させたようで、今日は随分綺麗に見える。
「ああいえ。スワレス伯爵領の商人の娘です」
「ふーん。何やら訳ありのようだな」
ホールを中程まで進むと、壁際に騎士団の面々が並んで居るのが見える。その左に人集りができていた。その中心に居るのは、ダンケルクの義母上だな。
少し近寄ってみると、人垣の隙間から、ちらっとルークが見えた。義母上の膝に抱かれている。静かだから寝てると思ったが、起きてる。結構な数の人間に囲まれているのに泣き出さないな。
おっと、目が合った。
「だぁ!」
ルークの呻き声で、俺の前の人垣が割れた。
振り返った人達が俺を見付けて嘆息する。
「あぅ!」
分かった、分かった。
隙間を通り抜けて、義母上まで辿り着くとルークを受け取る。
抱いてやると、いつものようにはしゃいだような声を出した。
「おお、このように小さくとも、お父上が分かるのですな」
「やはり、鷹の子は鷹。生まれながらにして利発ですなあ」
義母上は、ルークに相当入れ込んでいるので、凄く嬉しそうな顔をしている。
さて頃合いだな。
目配せするとモーガンは肯いて、正面の拡声魔導具へ歩み寄った
「ご歓談のところ失礼致します。本日は、主ラルフェウス・ラングレンのため、お集まり下さいましてありがとうございます。皆様がお揃いになりましたので、披露会を始めさせて戴きます」
ルークをエストに渡すと、正面に寄っていく。
「それでは開会に際して、主より挨拶がございます」
俺がすぐ横に着くと同時に、紹介が終わった。
「皆様、ようこそお出で下さいました。ご承知のこととは存じますが、先月賢者という甚だ重い称号を賜りました」
拍手が巻き起こる。
「国王陛下を始め、皆さんのご期待を受けて身の引き締まる思いです。これに報いるため……」
ホールを見渡す。招待客は100人を超えている。
ダンケルク家以外にもファフニール家の関係者、オルディン殿やゴメス殿も居る。
「ミストリアのため、より一層働きます。今後ともご支援をぜひお願い致します。さて、固い話はこの辺にしまして。1月に息子が誕生しました」
「あぅ!」
「おお、ばあばがお尻を抓りましたか?」
「抓る訳ないですしゅよねぇぇ!」
義母上の返事で笑いが起きた。
「今日は、彼の披露の会でもあります。どうぞ顔を見てやって下さい。ちなみに、傅役は家令のモーガンです」
モーガンが胸に手を当てて上体を折った。俺は魔導具の前を離れる。
「では、乾杯に移りたいと思います。ご発声は主の先輩であらせられるディオニシウス子爵様にお願いしております」
魔導具の前に、バロール卿がやってきた。
「先程ラルフェウス卿は、ミストリアのために働くと仰った。いやあ、感服した! 既に特別職の中でもっとも働いているのは、ラルフェウス卿なのだ。にもかかわらず、さらに働かれては小職の出番がなくなると言う……ははは」
場が和む。
「大いに結構。えーと、ラルフェウス卿は、上級魔術師に成られたのは、何歳だったか?」
「ああ、15です」
「じゃあ、あと15年待てば、ルーク殿もそうなるわけだ」
は?
「……と言うのは冗談だが」
おい。
「冗談ではあるが、この赤ん坊に並々ならぬものを感じているのは嘘ではない、真のことです。皆さんもそうではないですか? おお、皆さん肯いておられる。でしょう? おっと挨拶が長くなりましたな。飲み物の準備はよろしいかな? では、15年後に大いに期待すると共に、ラルフェウス卿のますますの活躍とラングレン家の発展は間違いない! そう断言したところで、乾杯!」
「「「「乾杯!!!」」」」
章の区切りです。ご感想お寄せ下さい。またご評価も戴けますと嬉しいです。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2021/01/27 前書き明瞭さ向上、語句訂正:上級職→特別職
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




