348話 この母にして
14章もラストスパートです!
ローザと馬車に乗って、バロール卿の館へ向かった。
20分程で着くと、なぜか玄関で新郎が待っていた。少し息が弾んでいるところ見ると、慌てて出てきたようだ。
「バロール卿?」
表情が尋常ではない。
「奥方……いやローザ殿、感謝する! 本当にありがとう。すごくな、ナディが涙ぐむほど喜んでいた。我が故郷の風習をなぜ知っているのだ?」
凄く興奮している。
風習とは、挙式から退場する新郎新婦に花弁を振り撒くことだ。なお振り撒くのは女性だけの役目だそうで。
ローザは、参列者の多くが軍人で、男に偏っていることを聞いていたそうだ。そこでメイド達に命じ、大聖堂前広場に居た女性達に、協力してくれた者には籠を進呈すると予め声を掛けさせた。その籠には花弁がたくさん入っており、華の雨を降らせたと言うわけだ。
さっき、ここに来る馬車の中で教えて貰った。
「ナディさんのためですもの。調べました」
「そっ、そうかぁ。恩に着る」
「おわっ!」
なぜかバロール卿が俺に抱き付いた。
「ローザ殿に抱き付きたいところだが……ラルフもありがとうな」
「痛いです!」
「ああ、済まん済まん。ともかく入ってくれ」
歩き始める。
「そうだ。さっき、誓いの言葉のときに、何て言ったんですか?」
「あっ、ああ……前回は済みませんでしたって」
「はっ? ふっはっはははは……傑作だ!」
前妻の時のことを言っているのだ。
「笑いすぎだ」
「ナディさん、怒っていたようですが?」
「ふん。お前だって3人目なんだろう?」
喋ったな?
ローザを振り返ると、顔を背けた。
「まあ若いってことは、良いことだ」
何か盛大に勘違いして、うんうん肯いている。
玄関を入るとホールだった。そういう間取りになるよな。
やはり貴族の館は、広いホールと食堂がないとな。
腰高のテーブルを置いて2人の執事が受付をやっている。片方はウチのノイシュだ。2人とも立ち上がって会釈する。
「ラングレン子爵ご夫妻です」
すると、ホールの方から叫び声が聞こえ、中年の男が小走りで出てきた。
「これは。ラングレン様。当家の家令、フォルキにございます。この度は大変お世話になりまして、御礼申し上げます」
跪礼してきた。
モーガンによると、フォルキはバロール卿が猶子になっていたアンテルス子爵家の執事だったそうで、家令になるに当たって同家とは義絶したそうだ。それもあって、元主家の線からは人材協力を得られず、ウチから支援しているわけだが。
「他ならぬ、バロール卿のお役に立てたのならば、私も嬉しい限りだ」
「誠に恐縮です」
直後にギロッと己が主人を睨んだ。
「ああ、いや。俺はもう礼を言ったぞ。なあ、ラルフ!?」
「はい」
違う件の礼だが。
ふむ。バロール卿たっての望みで家令にしただけあって、信頼関係はできているようだ。
「安堵しました。ラングレン様。まだ少々時間がありますので、こちらでお待ち下さい」
披露宴開始まであと30分程か。
ホールの中に進む。
「旦那様!」
アリーが、人垣を割ってこちらへやって来た。
「どうしたの? アリー、顔が真っ青よ!」
「いっ、いやあ。ちょっと軍人さんに囲まれちゃって」
流石に擬装魔術で逃げ出すのは控えたようだな。
ふむ。アリーが来た方を眺める。
若いな……と言っても俺よりは年上。20歳代前半の男達の人集りがある。なんだか、険のある視線で見られているようだ。ざっと見て、20数人。魔力上限値が高い者達が多いな。
ざわざわとした後、敬礼してきたので胸に手を当てて返礼を返す。
ん? なんだ?
視ていると、後ろから押し出されるように1人が出て、近付いて来た。
「らっ、ラルフェウス卿」
バロール卿の従者だ。
「トゥニング。どうした?」
挙式でも挨拶したのだが。
「そのぅ……」
何やら訊きたそうにしている。
「そちらのアリー殿が、先程旦那様と仰った気がするのですが?」
「ああ。我が側室。アリシア・ラングレンだ」
「そ。側室!?」
ギクシャクとした返事になった。
「ああ、ファフニール家の出でな……」
大きく目を見開いた。動揺しているな。
「……頭巾巫女と言った方が通りが良いか? で、彼らは?」
「あっ、ああ……はい。皆、深緋連隊の者達です」
「そうか」
だろうな。とはいえ流石に真っ赤な軍服を着て来るような無粋な者は居ないようだ。
「大変失礼致しました。では!」
トゥニングは再び軍礼して人集りに戻っていった。10秒後に、あぁぁと変な喚声が上がり、皆がこちらを睨んだ。憎しみが籠もってないか?
「何だったんだ? アリー」
「いっ、いやあ。久しぶりにモテたなあ……大勢だったから、ちょっとビビった」
ああぁ。そういうことか。
深緋連隊……典雅部隊か、支援大隊所属かまでは知らないが。とにかく優秀な魔術師達だ。
だが──
バロール卿に聞いた話だが。
彼らのほとんどが幼い頃に見出されて、士官学校の幼年部に入れられる。その時点から男女は隔離されて英才教育と実技訓練が課せられる。年齢が上がるにしたがって、厳しさは増し、何度も何度もふるいに掛けられ、選び抜かれたのが彼らだ。
バロール卿も、グレゴリー卿もそうだ。
連隊には女性だけの中隊もあるそうだが、ほぼ交流しないとのことだ。
よって、まともな異性との恋愛関係を築けるような例は僅かだ。つまりは、恋愛に飢えている。そうバロール卿が言っていた。そこにアリーだからな。何が起こったかは想像に難くない。
「ああ、ここにいらっしゃった。おーい、ペルザント卿!」
先程も挙式で会ったカストル卿だ。
上級魔術師は、この2人だな。
声に応じ、足取り重く男がやって来た。
「賢者殿。お久しぶりです」
俺と同期というか、同じ時期に試験に合格した男だ。
「やあ。ペルザント卿。披露宴には出席されるのだな」
大聖堂では姿を見掛けなかったし、反応もなかった。
「……はい。挙式に出席するのは畏れ多かったので、辞退しました」
「そんなことはないと思うが」
あんたも男爵だろう。まあ、軍にずっと居ると、実感が無いのかも知れないが。
「ではまた」
踵を返した。
「うーむ。どうも彼は人見知りというか……困ったものだな」
「俺が苦手なのだろう」
「いや、そういうことでは……まあ少しはありますかな。あははは」
それから、しばらくカストル卿と喋っていると、執事がやって来て、会場へ入るように促された。
そこは、2つの部屋の仕切りを取り外して、1つにした広間だった。ウチの館と同じ構造だ。テーブル席が並んで居た。執事に席を案内される。
「えーと。席が主役の隣だけど。旦那様がこの中で一番偉いの?」
まだ新郎新婦は、入室していない。
俺の右横に一席開けてローザ、さらに向こうはまた開いている。左がアリーだ。
「ああ、そうだな。俺が爵位では最上位とモーガンから聞いている。バロール卿は、政府関係者に対して代理の出席は、ご無用と辞退されたそうだからな」
「ああ……バロールさんらしいわね」
皆が席に着き終わると、扉が開いて新郎新婦が手を繋いで入って来られた。
手を叩いて迎える。
さっき、俺を睨んだ者達も、相好を崩して拍手している。
ここは温かいな。
そうか、貴族の虚飾がないからだ。
演出は不要。ウチはウチで悪くないが、ここは羨ましい。
2人が俺達の間に着席すると、ようやく拍手が鳴り止んだ。
「ご結婚おめでとうございます!」
「「「「おめでとうございます!!!」」」」
「ああ。ありがとう! 皆。良く来てくれた。感謝する。今日は……」
声が途切れた。
何か、向こう側に座った者と小声で話している
「ああわかった。ああ済まん。俺の母親がどうしても皆に言いたいことがあるそうだ。聴いてやってくれ」
席次からしてそうだよな。
バロール卿の向こう。老境に差し掛かった女性が立ち上がった。少し顔を伏せながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あっ、ああ。どうも。バロールの母です。この子は3男でしたが、それはもう、やんちゃで手の掛かる児でした。それが、まだ10歳にも成らない内に魔術師に成ると言い出して、反対しました。でも、試験に受かって、子爵様のお子になりました。私ら庶民にとっては考えも及ばねえことです」
ふむ。
「今ではこの子自身が、貴族様になり、賢者様になったと聞かされても、そら恐ろしいばかりで。なぜかと言えば。弓や槍を使っても斃せない怪物を魔術で斃す。魔術師が恐いからです」
確かに、魔術師が恐い人間だと思っている人達は一定数居る。
「でも、今日。間違ってたと分かりました」
伏せ気味だった顔が上がった。
「ここに来て下さった皆さんは、ほとんど魔術師と訊いています。でも会ってみれば恐くはなかった。うちの子とナディさんを祝福してくれました。手を叩いてくれました。このような人達に囲まれて仕事をする、バロールは幸せ者です。ナディさんも来てくれたし。今日は、この子が魔術師に成って、心から嬉しかったです。亡くなった夫、バロールの父も喜んでいることでしょう。皆さん、本当にありがとうございました」
もう何回目になるか。会場に拍手が鳴り響いた。
ふむ。
この母にして、バロール卿ありだな。
メイド達が食事を運んできた。
まずはスープだな。
冬瓜が蕩けている。この良い香りからして、鶏で出汁を取ったのだな。
「これ……」
声の方、アリーの方を向くと皿のある部分を見ていた。少し深めの皿で、縁に金の装飾が美しいが、肝心の部分が白く抜けている。アリーは、俺の顔をまじまじと見た。
ああ……肯く。
「ふふふ」
ん?
バロール卿がこっちを見ていた。
「ああ……皆に報告がある。食べながら聞いてくれ」
バロール卿?
「さっき、俺のおっかさんも言ったように」
「おっかさんって」
黙ってろ、アリー。
「俺は庶民の出だ。ディオニシウスなどという大層な家名も賜ったが。今はなくなった貴族の名前。謂わば借り物だ」
ふむ。
「それでだ。皆が食べているスープ皿を見てくれ。これは、ラルフ……ラルフェウス卿から贈られた品だ。皿だけではなく、執事も、メイドも半分は、派遣して貰っている。感謝してもし足りない」
「ああぁぁ……わざわざ言わなくても良いじゃないですか!」
この人はどこまでもあけすけだ。
「なっ! ラルフは良いヤツだろう。奥方と側室は美しくて腹は立つだろうが……」
笑い声が上がる。
「おっと、話が逸れた、戻そう。貴族が使う皿ってのは、店には売ってなくてな。工房で誂えるんだが、その伝手がなくてな。まあ、ラルフのお陰でなんとかなったんだが……ほら、そこの金飾りの丸いところ。白いだろう」
「そうそう」
アリーが肯いている。
「ラルフのところのモーガンさんって家令が、そこにディオニシウスの紋章を入れましょうと言ってくれたんだが。敢えて空白のままにして貰ったんだ」
「なぜですか?」
「そうです。なぜなんですか?」
周りから疑問の声が上がる。
「さっきも言ったが、貴族と言っても借り物だ。時々この皿を見て、それを思い出そうと思ってな」
ほう。
「それに、俺が借りるのは、爵位や物だけじゃない」
「他には?」
「何です?」
バロール卿は立ち上がった。両腕を突き出すとゆっくりと出席者達に目を合わせながら広げていった。
「もしかして、俺達ですか?」
「そうだ! 賢者などと威張っていても、1人では何もできん。これまでも力を借りたし、今後もそうだ。俺の新妻を泣かすなよ!」
「「「はい!!!」」」
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訂正履歴
2021/01/23 僅かに表現変更、加筆
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




