344話 嵐の前の静けさ
この話を書いていてふと思ったこと。最近図書館へ行ってないなあ。最後に行ったのは何時のことだろう。
「灯りを消してもよろしいですか?」
「ああ」
隣に横たわるローザが枕元の魔導具を操作すると、寝室の灯りがすぅっと消えた。
「明日は、王宮に行く予定だが……」
「存じております。大使の執務室でお待ちすればよろしいですね?」
やっぱり付いてくる気か。
「いや。執務ではなく、資料館だ。それも書庫に入るから数時間待って貰うことになる」
「では、閲覧室でお待ちします」
うーむ。
「手持ち無沙汰だろう、ローザは付いてこなくて良い」
「はぁ……」
不満のようだな。
ローザは、公式行事や俺の足手まといに成ると思うところ、例えば超獣と対峙するようなところには付いてこない。が、それ以外の外出には従者として極力同行したがる。俺としては嬉しいのだが、子が生まれた今では微妙だ。
「他にやることがなければ、ルークの……」
「子の世話は乳母が居ります。あなたのお世話が、私にとって天命にございます」
貴族社会の通念では、育児は臣下の仕事だ。ローザの言っていることに意見はしにくい。
「わかった。では付いて来てくれ」
「承りました。あっ、あぁぁ……」
†
「こちらです」
受付の女官に小さな部屋へ案内された。
俺が入り口で止まると、先に入ったローザが振り返った。
「では、私はこちらでお待ちします」
ここは王宮資料館。
南苑にある、4階建ての灰色で重厚な建物の中だ。文化省管轄の機関となる。
石段を昇った2階にある受付の女官に、ここ閲覧室に案内されてきた。
ここの利用者はかなり身分の高い者だ。何を調べているか知らないが、余人に見られたくないというのもあるのだろう。閲覧室はたくさんの小さな個室でできあがっている。以前は俺も、ここに蔵書を運んで貰って利用したのだが、今日は違う。俺自身が書庫に入るのだ。
「ではな、なるべく早く戻る」
「いえ、ごゆっくり」
ローザを待たせて悪いなと言う気持ちと、待っていてくれるのが嬉しいという気持ちが半々だ。なんとも煮え切らない。
「参りましょう」
再び女官の後について行き、先程手続きした受付に戻ってきた。
ん?
番兵が護る重厚な扉の前に、壮年の男が立っていた。身形が良いな。
女官はどんどんそこに近付いていく。
「当資料館の館長でございます」
「ラングレン子爵様。初めて御意を得ます。ヘーベルと申します」
「挨拶痛み入る。ラルフェウス・ラングレンだ」
俺は会釈を返す。
「お待ちしておりました。今日は書庫内閲覧をご所望と伺っておりますが」
ふむ。顔は朗らかだが、目は笑っていない。
館長自らとは、大仰だな。それとも監視するつもりか。
「よろしく頼む」
「では、堅苦しいとは存じますが……」
言い終わる前に、委員会総裁から受け取った許可証を差し出す。
「これは、ありがとうございます……お返し致します。では、中へどうぞ」
館長が番兵に近付くと、扉を開けてくれた。
ふむ。臭いな。
バロール卿の言っていた通り、古い紙や獣皮が放つ微粒子が鼻を突いてくる。扉が開ききると、中から濃密な気の塊が流れ出て来て、今までの数十倍の臭気に番兵達が顔を歪める。
館長について中に進むと、後ろで扉が閉まった。
いくつもの扉に面した廊下を進むと、突き当たりは少し開けた間になっていた。その壁には、でかい案内板のようなものが掲示されている。
「子爵様。こちらは収蔵品の一覧がございます」
地上4階、地下1階の階ごとに収蔵物が記載されている。
歴史書は3階、魔術書は4階らしい。
「閲覧室へは書籍のみ帯出可能なため、伝統的にここを書庫と呼んでおりますが、現在は地下1階にそれ以外の収蔵品もございます。ご持参の許可証でしたら制限はございません。どの階にもご案内出来ますが、如何致しましょう」
「そうか。では、地下2階に頼む」
「地下2階……」
そのような表記はないぞと、目が訴えている。
「私がターセルで見付けた物も、そこにあるのだろう?」
「これは畏れ入りました。ではこちらへどうぞ」
階段を降りて、地下1階に着いた。そのままもう1階層降りられるかと思ったが、階段はそこで終わっており廊下に出た。
魔感応の魔圧を高めてみたが、直下に空間は無い。
石作りの壁の廊下を歩くと、扉のない部屋がいくつか面している。
煌々とした魔灯で照らされ中が覗けるが、横目で見ると棚がいくつかあって、骨やら魔石やらが目に入る。館長が言ったように地下1階は書庫と言うより保管庫だ。ときどき並々ならぬ魔圧や、禍々しい雰囲気を醸している物も魔感応に引っ掛かるが。今は館長に付いていく。
突き当たりを曲がると、また廊下が30ヤーデン程続いているが……なるほど。
今度は壁の両脇に扉が並んでいる。その1つの扉の前で館長が止まった。ジャラっと音がして鍵束を出した。
灯りが付いたが、覗いた限り空っぽの部屋だ。
「どうぞ中へ」
先に入ると、後から入った館長が扉を施錠した。
「いやあ、こちらに部外の方をご案内するのは久しぶりですなあ」
そう言いながら壁を触ると、ギギギ……と耳障りな音を立てながら壁の一部が向こうにずれた。できた空間に下向きの階段が見える。さっき廊下の角を曲がったところで、下に空間の反応があったが、ここだったようだ。
館長についていく。2階層分下ると、目的の階に着いた。
「ご所望の地下2階です」
突き当たりの扉を開けると、暗い部屋の中がぼんやりと、蒼白く仄光っていた。
端が錐になった6角柱の透明水晶がいくつも見える。
ここは知晶片の専用保管室だ。
知晶片は、古代の文化遺産であり、法律で文化省に提出が義務付けられている。それがここに収蔵されているのだ。
発見者に所有権が担保されているので、文化省に寄付しない限りは貸出料が発生する。もっとも売買は禁止されているので、表向き経済的価値はない。
「子爵様。あなたにはこちらでの閲覧の権利が付与されておりますが、立会人が必要となります。つまり私です。また、知晶片が破壊される恐れがある場合は、強制終了させて戴きますので、ご了承願います」
「わかった」
「では、右手にあります、閲覧魔導具の操作方法を……」
大きな魔石が置かれた机が設えられている。
「不要だ」
「同じ物をお使いになったことが?」
睨み返し、徐に棚にある一つの知晶片に手を翳す。
「あのっ……」
一瞬館長の声が漏れたが、俺が触らなかったので、抗議はそのまま途切れた。
目を瞑ると、めくるめく光粒子とともに膨大な情報が、流れ込んでくる。
ふむ。この知晶片には、古代からゲドが生きていた頃のエルフの習俗について収蔵されているようだ。
「はぁ……流石ですな。魔術でお読みになれるのですな。と言うことは、こちらに収蔵した、あれも……」
何やら館長の思考漏れが聞こえるが無視だ。
ふむ。この知晶片は中々面白い内容ではあるが、今欲しいものではない。暇な時に見に来るとしよう。
見開いて、手を引き込める。
そうそう長く視ているわけにはいかない。これだけ有るからな。
「50個程か?」
棚に並んだ知晶片を見渡す。
「あっ、はっ、そうです。52個です」
「私が見付けたのは、ひとつも無いようだが」
「どっ、どうしてそれが……ああいや、魔導具なしで読める方でした。ええ……どこにとは申し上げられませんが、ただいま貸し出し中です」
ふむ。魔術に魔導具、薬と多岐にわたった内容だったからな。
まあ、改めてみる必要もないし。逆に割増料金が入ってくれるのは悪くない。
おっと、次だ。ローザを余り待たさないようにしなければ。
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訂正履歴
2021/01/09 少々加筆
2022/02/16 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)




