343話 意外な訪問者
新年になりましたね。今年もよろしくお願い致します。
暑くなってきたな。
ジリジリと照りつける太陽が、公館執務室の薄いカーテン越しに見える。
4月も中旬となり、もはや盛夏だ(注:ミストリアでは春分が元日)。
「そろそろ10時ですね。お茶を淹れましょうか?」
「うーむ。飲みたいが、またにしよう」
「はっ、はい?」
立ち上がり掛けたローザが、半疑問のまま座った。
すぐ後、執事のニールスやって来た。
「失礼致します。セブンス商会の方がお越しになり、第1応接に入られました」
「うむ。モーガンは?」
「既に別の者が知らせに行っております」
「わかった。すぐ向かう」
「失礼致します」
「セブンス商会……?」
ニールスが出ていく時に、ローザが反芻した。心当たりがないのだろう。
「ローザも付いてきてくれ」
執務室を出て応接に入ると、既に客とモーガンが居た。
「子爵様。お久しぶりです」
客が立ち上がった。横のローザの顔は微妙に強張っている。
「ゴメス殿。良く来てくれた」
向こうは脚を引いて礼をしてきたが、俺は軽く会釈して済ませる。
「ゴメス殿と仰ると。あぁぁ……あの?」
思い出したようだ。
「これは奥方様。アガートでは大変お世話になりました」
「あっ、いえ。こちらこそ」
「ははは。ローザは、ゴメス殿の喉笛に短剣を突きつけたのだったな」
「あっ、くぅ。あの折は失礼致しました。それにしても軍服ではなかったので、分かりませんでした」
そう。この小柄な男は、アガートで監察官をしていた男だ(12章参照)。
それが今は、上質な絹のシャツに、仕立てた短いファウロという薄手の上着を羽織り、完全に商人然としている。ローザならずとも、一目では分からないだろう。
「まあ、掛けてくれ」
「ありがとうございます。先頃、賢者にお成りになったとか。おめでとうございます」
「ありがとう。なかなかに、重い称号だ」
「いやあ、子爵様は超獣をものともしない、あの強さですからなあ。いずれ、魔術師として頂点に立たれる御方と。ですが、またそれとは別に、遠くない内に実業家として名を成されるものと。私は確信しておりました」
「ほう?」
「あの馬に、通信魔導具。そして、今では皆が欲しがるササンテという薬。実業家としても注目すべき方と皆が申すようになりました。予想はしておりましたが、ここまで早いとは……驚きました」
「馬の方は商売になって居ないが」
「ああぁ。まあ軍馬としては、却って高く付くのかも知れませんが」
「どうかな」
この辺りは曖昧にしておく。
「あのう。ゴメス殿に伺いたいことがあるのですが」
「はい。奥方様」
「軍を辞めて商人になるとは聞いておりましたが、何時ミストリアへ?」
「2月です」
「2月……」
「はい。軍の方は年末に退役しました。実家に戻り、父が経営しておりますセブンス商会ミストリア王都支店に志願してやって参りました」
「では栄転されたのか?」
「ああ、いえ。我が商会はそこまで甘くありません。私は創業者一族ではありますが、まともな商人の経験には乏しいので、ミストリアの新規事業責任者になりました。中々成果に結びつかない職でして」
アガート王国は友好国なため、民間の交流も結構ある。両国に跨がる商会も大小いくつもあるそうで、セブンス商会は大きい方のひとつだ。
「ああ……ローザ」
「はい」
「ルーク誕生の折には、ゴメス殿に祝いの品を贈って貰った」
目を見開いた。
ローザが立ち上がる。
「そうなのですか! 先程はしつれ……えっ?」
彼女が謝ろうとしていたので、俺が手で制する。
「ああ、いえ。奥方様。お贈りはしましたが、ご存じないのは当然です」
「はっ?」
モーガンが少し前に乗り出す。
「奥様。お館様は特別職ですので、ゴメス殿個人から贈られたとしても、遺憾ながら当局は商会からの贈り物と見做します。失礼ながら受け取ることはできません。したがって、私が返送致しました。奥様にお知らせせず申し訳ありません」
「そうでしたか。ゴメス殿。ともかく、お気持ちは戴きました。ありがとうございます」
少しほっとしたように息を吐く。
「礼状は私が認めたが。その返状にゴメス殿が王都に来られることが書いてあってな。今日は、頼みができたので、わざわざ来て貰ったのだ」
「はい。何なりと仰って下さい」
「むぅぅ……」
モーガンが珍しく唸った。
「ああ、いや失礼。しかし、ゴメス殿。商人とは思えない発言ですが、よろしいのですか?」
モーガンは笑いながら、一瞬俺を視た。
ふむ。
ゴメスを窘めているように見せかけて、実のところ俺に警戒しろと言外に言っているのだ。しかし、ゴメスはどこ吹く風だ。
「はい。ラルフェウス様ならば。問題ありません」
「そうか。そう言ってくれると頼みやすい。頼みとは、このようなガラス瓶を入手して貰いたいのだ」
魔収納から、小指大の小瓶を取り出す。
テーブルに置くと、褐色の筒は揺れながら止まった。
「何やら、液が入っておりますが」
「ササンテだ」
「これが、例の新薬ですか? ふむ。瓶ですか、珍妙な形ですな」
ゴメスは顔を寄せて、観察を始めた。
全体的には9リンチ(8cm)程の筒状で、一方の端は球状に閉じられ、逆の端は一度括れたあと、すこしまた広がった後に窄まり、すっと2リンチほど伸びて、やはり端が丸まって閉じられている。つまり瓶は、褐色のガラスだけでできている。
「このような形は初めて見ました。手に取っても?」
「ああ、構わない」
ゴメスは瓶を持ち上げると、色々な角度から見た挙げ句に小瓶を振った。
「あっ、あれ? あのう。蓋がないですなあ。どのようにして液を中へ入れたのでしょうか?」
「ふふふ。気が付いたか、液を入れる前はこんな感じだ」
別の瓶を出す。
「ほほう! この細い方が塞がっていないのですな」
「ああ、液はそこから入れる。その後、魔導具の炎で焙って瓶の端を融かし封入する。熔閉という」
「なるほど。すると、この細い端が長いのは、熱が液に伝わらないようにするためですか」
肯く。
ふむ。一見して分かるか。やはり、この男は賢い。
「それは分かったのですが。まだ伺いたいことが、いくつか。差し支えのない範囲でお答え下さいませんか」
「ああ。なんでも訊いてくれ」
「ありがとうございます。まずは、そこまでご存じならば、私にお聞きにならずとも、入手先のお心当たりが有っても良さそうなものですが」
ゴメスが窺うように、こちらを見た。
「この瓶は、アンプルと言ってな、古代エルフの技術だ」
「古代……はぁ。確かに、それならば、普通には見つかりませんな。しかし、何のために。普通の蓋でもよろしいのでは?」
「密封することで劣化を遅らせるためだ」
「そういうものですか。あとは、このアンプルでしたか。量がいささか少ないのではないですか? 普通の薬瓶はもっと大きいのですが」
「流石だ」
「はっ? あっ、あのう」
「ああ、すまん。そうなのだ。残念ながら、ササンテの価格は高い。無論その分効き目も高いがな。そこで量を減らしてだな、冒険者やら必要な人達が少しでも買い易いようにだな……ゴメス殿?」
ゴメスは、なぜか上体を折った。そして身を揺らしている。
どうした?
「なんと……なんと……」
はっ?
顔を上げると、ゴメスは真っ赤になって、涙を流していた。みるみる頬をいくつも滴っていく。
「貴族のご身分で、何と庶民のことをお考えなのか。ふっ、不肖ゴメス。何としても、このアンプルを作れる者を見つけ出します。お任せ下さい」
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訂正履歴
2021/01/06 誤字訂正、僅かに追記




