342話 貧すれば鈍する
年末となりました。恐縮ながら連休進行とさせて戴き、次回投稿は1月6日水曜日を予定しています。
今年一年、お読み戴きありがとうございます。来年もよろしくお願い致します。
皆様、佳い新年をお迎え下さい。
「報告は以上でございます」
「うむ。概ね良いだろう。宰相府で揉んで、条文を詰めるように」
侍従に審議内容が記された冊子を返す。
開いた手で、カップを摘まむと一服喫する。
「承りました。陛下」
宰相が恭しく肯いた。
「時に、バズイット本家の方はどうなった?」
一族の軍人2人は、既に捕縛済みと報告を受けている。
「はっ! 小職が知る限り、昨日伯爵領に憲兵連隊が到着。都市間転送所、主要街道と通行可能な河川を封じております。詳細については近衛師団よりあるかと存じます。報告をお待ち下さい」
バズイット伯爵一族には、大逆罪容疑で王都への出頭を命じた。
伯爵領は、領兵を持って居る。
よもやとは思うが、反乱を企てるやも知れぬ。これに備え、彼の領軍には以前より国軍より人を遣り涵養しているが、憲兵連隊は油断せず軍勢を連れて伯爵領に入り、まずは逃走路を塞いだということだろう。
「バズイット本家は、それで良いとして。例の者達はどうだ?」
宰相は侍従長を見た。その方面は、そなたの方が適任だと言わぬばかりに。
「黒衣の者達および内務省と共に調査を進めておりますが、容易に尻尾を掴ませません」
「ふむ。一網打尽というわけには行かぬか。バズイットの者共を締め上げれば何か得られよう」
「申し訳ありません」
「国内5千は軽視できぬと避けてきたが、そろそろ腹を括る時と言うことだな」
「御意」
† † †
「御当主様。レミング殿が来られました」
贅を尽くした広間。
当主と呼ばれた男は、日中から酒を飲んでいるのか赤ら顔だ。
「レミング?」
重たそうな瞼が動く。
「ムスペル主管殿の代理人にございます」
「何? 主管は来ていないのか?」
「おっ、おひとりです」
怒気の籠もった声音に、執事がたじろいだ。貧すれば鈍するものと主を誹った累代の家令をクビにして新しく抱えた者だ
「通せ!」
1分も経たぬ間に、商人の風体をした男が入って来た。跪いて礼をした。
「伯爵様。お目に掛かれ、恐悦に存じます。レミングと申します」
その者は、提げていた首飾り、友愛結社薔薇の鎖社員の証を見せる。
「おお。憶えておる。ムスペル主管殿に侍っておったものだな」
「はい」
「では聞いておろう。王都では、我が弟のユンカースも、一族のレミンカも捕縛された。容疑は大逆罪だ」
「お気の毒に存じます」
「気の毒? 気の毒だと! 皆、主管殿がラングレンが者達を除きたいと仰ったゆえ、我がバズイットが手を貸したのだぞ!」
「それは、ラングレンと共に仇敵たるスワレス家も除き、伯爵様の念願を果たす道と同じ方角なのではありませんか?」
「うぅ。それは、そうだ。先代以前の行状を今さら詳らかにされては……我らは立ち行かぬ。そなたら、結社もそうであろう」
薔薇の鎖とは、結成より数百年経った友愛を目的とした世界的結社であり、宗教団体ではなく元は金工職人の互助組織だったと言われる。
「確かに、御先代には大変お世話になりましたが」
「そうであろう。しかし、ラルフェウスという男は運の良い」
「確かに運もよろしいのですが。実力は我らが思っていたよりも、遙かに上」
「だから、敵にするはもうやめか?」
「斃す術は、力でだけではありません」
「ふん!」
「しかし、ラルフェウス卿の留守を狙ったのは悪手でしたな」
「ああ、あれは、ユンカースがやったこと。確かに、先代の頃と比べ、我が家はまとまりに欠けるようになった。しかし、王家にも尽くして来たというのに、この仕打ちは無かろう。そなたら結社もそうだ。主管殿は、なぜここへお見えにならぬ?」
「無論、主管もお越しになるお気持ちだったのですが、我ら社員が懸命にお止めしました」
「なんと!」
「ここに参れば、伯爵家との繋がりがあからさまとなりますからな」
「結社は、我がバズイットと手を切ると申すか!」
「はっはっはは。さにあらず。全く逆にございます」
「むぅ……」
「繋がりが明らかになれば、伯爵様をお救いすることができません」
「私を救うだと?!」
「はい。残念ながら、出頭命令に従い王都にお出ましに成れば、有罪となることは必定」
「たっ、大逆罪は死罪だ。どうする? もう領国の境は全て押さえられているのだぞ」
「ミストリアには5千の社員が居ります。既にバズイット領には千からの者を入れております」
「おお」
「顕軍たる領軍は動かせずとも、こちらは動かせます」
「動かしたくとも、蛇に睨まれた蛙のごとくなっておるからな」
「伯爵様には船にて川を下り、某辺境伯領を通じて国外にお逃げ戴くことができます」
「川には関所が設けられているぞ?」
「容貌を欺く魔導具がございます。お任せ下さい」
「そうか! それは良い!」
「出頭期限は、明後日。今日の内に事を起こさねばなりません」
「わかった」
「では、手筈を整えるため、執事の方をおひとりお借りしたいのですが」
「そっ、そうか。マルフェル、良く話を聞いておくのだ!」
「はい」
答えた執事の首筋にも、銀の鎖が光っていた
†
「決裁は以上です。ありがとうございました」
モーガンは深く胸に手を当て礼をすると、書類を手に執務室を後した。
「もうすぐ10時だな」
「もうそんな時刻ですか。お茶を水出しで用意しておりますので、持って参ります。少々お待ち下さい」
ローザも席を立ち扉が閉まる。これで、他の者は居なくなった。
「何かあったか?」
「はっ!」
俺の呟きに反応があった。
扉の横にどこからともなく人影が現れた。スードリだ。
「王宮より知らせが参りました」
「聞こう」
「伯爵ピエール・バズイットが死去しました」
「なんだと!」
むぅ。
「まさか、バズイット領に入ったと聞く、憲兵連隊と戦闘になったわけではあるまいな」
「いえ、バズイット家より、当主が毒を呷って自死した旨、届けがありました」
自死。
「大逆罪に問われ、領内を憲兵連隊に制圧され、最早逃れられないと悟ったと遺書があったとのこと。また、お館様とこの館を襲わせたことを仄めかし、女性と幼少の一族の命乞いがされていたようです」
「ふむ」
呆気ないな。
呆気なさ過ぎはしないか?
王弟を売ってまで、生き延びたバズイットが。ただ、それをやってのけたのは、現当主ピエールではなく、先代だが。
「これでレミンカ並びにユンカースの有罪は確実となりました」
ユンカースとは、あの不良軍人か。王宮の南苑庭園で見掛けた。
「この館の襲撃主犯ということだな」
「はい」
「わかった」
「続報があればお知らせ致します。では」
スードリの姿が消えると、ほぼ同時に扉が開いた。
ローザだ。後ろに公館メイドがお盆にガラスの茶器を載せている。
透明なカップに、紅い茶を注いでくれる。
「どうぞ」
「ありがとう」
カップからは薫りはしないが、冷たく、まろやかな口当たりで幸せとなった。
メイドが辞して行くと、ローザが隣に座って、にっこりと微笑んだ。
「ん?」
「ああいえ。部屋に戻ってきた時、随分難しいお顔をされていましたが、それが緩みましたので」
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コメント
結社の構成員の呼び方
社員よりも会員の方が相応しいとのご指摘を戴きました。ありがとうございます。これに付きましては、結論から申しますと社員のままにします。理由としては、呼び方について某医療関係(紅い社章を使われている)結社の例を参考にした点にあります。そちらには、社員と会員の両方の制度が有るそうですが,結びつきは前者の方が強く感じられるからです。
訂正履歴
2020/12/26 誤字訂正(ID:1824198さん ありがとうございます)、レミングの返事を追加、スードリの描写追加
2020/12/29 名前変更 ヘミング→レミング
2020/12/30 誤字脱字訂正等(ID:KLxRLD2Hさん ありがとうございます)




