341話 ラルフ 薬価で悩む
薬九層倍という言葉があるそうで。売価が原価の9倍もあるという暴利の例えらしいですが。
現代だとはたして暴利かなあ? 設備投資や研究開発費も要るし。印象が違ってきますね。
「うわぁぁぁ、可ぁ愛いぃぃぃ!」
サラの眉が思い切り垂れている。
昼下がり、離れの2階の部屋。
絨毯というより柔らかい敷物の真ん中に、我が子ルークがローザに抱かれて座って居る。
その両脇を、素足になったアリーとサラが挟んでいる。
2人はガラガラと音のするおもちゃをしきりに振りながら、彼の関心を引こうとしている。離れに来るまでは、それほど子供が好きでは……と言っていたサラだったが、今の表情では全く説得力がない。
俺も靴を脱いで、敷物に上がる。
ふむ、やはり感触が良いな。お袋さんが息子に贈ってくれたもので、ラシャン織という東方の国の特産品らしい。
結構気に入ったので、別途、よくゲルを買っている例の商人に訊いてみよう。
「だぁぁ」
ルークが、右腕を振り上げた。どうやら座った俺を見付けたらしい。
まだこの時期は、さほど視力が無いはず……視覚以外で感知しているのか? まあ俺もそうだったからな。
「ああ、笑った」
「だぁ、だぁ、だぁ」
「あのう、旦那様に抱いて欲しいようです」
「ああ」
そうらしいな。
少し動いて腕を伸ばすと、ルークもこちらに伸ばして来た。受け取って1回持ち上げると腿の上に座らせる。
「あぅぁはぇひゃぁひゃふ……」
「うゎ。ルーちゃん、すごく御機嫌になった。かわいさが倍増したわ!」
「いっつも旦那様が抱くと、こうなのよ」
目が恐いぞ。嫉妬か? アリー。
「そうなんですか?」
「なぜか知らないけれど、旦那様のことが好きみたい」
「なぜかって、父親だからだろう」
「それだけかなあ……」
アリーが胡散臭そうな目を向けてくる。
まああれだ。ローザの腹に居る頃から、魔力だけでなく霊格値まで吸われているからな。分かるのだろう。
「私達に黙って、蜂蜜とかをルーちゃんにあげてないよね。ダメなんだからね!」
「するわけないだろう!」
1歳に成る位までは、赤ん坊に蜂蜜を食べさせてはいけないのだ。そうマーヤが言っていた。
「ふぅぁぁ……しかし、ルーちゃんは天使みたいだし。お館様が抱くと、なんか絵に描いたような光景なんですけど」
サラが呆けてる。
「そうだ! 天使で思い出した。旦那様がさあ、赤ちゃんの時はそれはそれは可愛いかったって、何度もお姉ちゃんが言ってたけど。ルーちゃんとどっちが可愛い?」
「方向性が違います。それに、アリー。旦那様のことは、あなたも見てたでしょ!?」
「いやいや、そのときは私も赤ん坊なんだから憶えてるわけないでしょ」
まあ、普通はそうだろうな。
「俺なんかよりルークの方が何倍も可愛いぞ」
「旦那様……」
ルークを持ち上げて喜ばせていると、俺達が来て部屋の端に控えたエストとその子が目に入る。
大勢で来たので邪魔にならないようにしているのだろうが、羨ましそうだ。
「フラガ!」
「あい!」
びっくりしたのか、高い声が出た。
「こっちに来なさい」
手招きすると、小走りに敷物を回り込んできた。
「靴を脱いで、ここに来るのだ」
すぐ横を叩く。
「あい!」
凄く嬉しそうに、しかし慎重に靴を脱いで揃えると、俺の横にちょこんと座った。
うーむ。エストの躾が行き届いてるな。
彼の頭を撫でて、肩を引き寄せると、ようやく抱き付いてきた。
「おやかたさま」
「フラガも可愛いぞ」
「あい」
「うーーむ。お館様って、子供が好きなんですねえ。意外です」
なんでだ!
「実はそうなのよ。子供の頃は、アリー、アリーってうるさかったのよ……」
嘘吐け!
「ほうほう」
「それがよ! ソフィーちゃんが生まれたら、掌返したみたいに、ソフィー、ソフィーってさ。プリシラちゃんも可愛がってたから、妹大好き症候群かと思ったけど、男の子も好きなのよね」
「だぁ!」
「うるさいぞ」
「ごめんねえ、ルーちゃん。と言うか、旦那様!」
「なんだ?」
「私も赤ちゃん欲しいんですけど!」
「やるべきことはやってるぞ」
「いや、そうだけど。もうちょっとお姉ちゃんとの回数を減らして、私の方にね……」
「うっ……」
なぜか、サラの顔が強張って、耳が真っ赤になった。
「アリー。子供が居るのですよ。浅ましいことを言わない様に」
「ああぁ。済みません」
「いやまあ。ルーちゃん見てると、子供欲しくなりますよね……いやでもアリーさん。そのときは、救護班はどうするんですか?」
そう言いながらも、サラの顔はまだ紅い。
「うぅぅむ……そうなのよね。困った困った」
†
名残惜しそうにしていたサラと共に公館に戻ると、モーガンとラトルトが待っていた。
執務室に入って、テーブルを囲む。
「ラトルト殿と談判し、ササンテの薬師ギルド向け生産者薬価改定を詰めました。報告を」
現時点では、生産量が大したこともないこともあって、相当高価になっているが、半年経つ6月からの価格を下げる話を、薬師ギルドと交渉するのだ。
「はい」
黒髪を短く切りそろえた、精悍そうな容貌の男が応えた。我が家の副家宰だ。
「まず、原価が変わりましたので説明致します。ササンテ1単位当たり原材料費に薬瓶購入価格含め15スリング60メニーとなりました」
おお、随分下がったな。先月は20スリング20メニーだったのだが。
ちなみに、1単位とは1200ミリーズ(880ml、1リーズ=1000ミリーズ)だ。なぜ1200ミリーズかというとワイン瓶を流用したかららしい。
「加えまして、現状の労務費と経費は合わせて6スリング72メニーですので、製造原価は22スリング32メニーです。これに王都渡し前提での輸送費込みの販売管理費8スリング10メニーを合わせまして、都合損益分岐点は30スリング42メニーです。先月までの38スリング35メニーからおおよそ2割下がりました」
「原料費も下がったし、量産効果が現れてきたな」
「はい。それで本題の薬師ギルド向け提示価格ですが。これまで、95スリングとしてきましたが、先の金額に利潤約6割を乗せまして、75スリングでいかがかと」
「うーん。利潤6割か、なかなかだな」
「はあ。恐縮ながら、製薬の利潤は7割から9割というのが相場です。そもそも、お館様に設備を揃えて戴きましたので、経費がかなり低く抑えられています」
確かに減価償却はかなり低い。
「うーむ。それで、薬師ギルド経由の市価はどうなっている。モーガン」
「はい。およそ、市販では1単位ではなく、200ミリーズ瓶に詰め直した瓶単位で売っておりまして、正規代理店で35シリング程度、1単位に直しますと2ミスト10シリング程度です」
「従来の薬の3倍もするのですか?!」
サラが目を見開いて首を振る。
「効き目からすれば、妥当と言う意見も有りますな。それに量が限られているので、評判が評判を呼んで、転売が横行しておりまして」
「むう」
「あとは卸しを通らない民部省には市中卸しの2倍としましたので1単位2ミスト、冒険者ギルドには85スリングで卸しておりますので、本来であればもう少し差を付けたいところです」
「ふむ。それで、75スリングで提示して、どの程度に落ち着く?」
「おそらく薬師ギルドからは難色を示されますので、85スリング程度を想定しています」
結局、効き目が圧倒的なササンテと従来薬の市価に対して、ある程度差がないと、後者を駆逐してしまうからな。薬師ギルドとしては許容出来ないだろう。
ならば、流通過程で利潤を上げれば良いとも思うが、そうなると経済貿易省が黙っていない。卸業者が高すぎる利潤を貪らないように目を光らせている。
「そうか。サラの意見は?」
「はい。価格は成るようにしか成らないので、私は早急に増産を進めたいと思います。薬師としては、思うところが有りますが。直接市販出来るようになる2年後が勝負になると思いますので……」
「わかった。では、卸売価格提示は、その線で進めてくれ」
「はっ! ありがとうございます」
ラトルトは、肯いた。
「お館様」
モーガンだ。顔を向ける。
「何やらお考えがあるように、見受けられますが」
ふむ。やはりこの男は気が付くか。
「まあな」
─────────────────────────
補足です
貨幣制度
基本通貨ミストリア
ミスト=小金貨1枚(金10パルダ=約7gが含まれる)
補助通貨
1ミスト=100スリング=10000メニー
小金貨には金10パルダ=約7gが含まれますが、通常の交換レートは1ミストで金13パルダ程になります。金本位で考えると、1ミストはおよそ5万円に相当するものとお考え下さい。
ただし、人件費や食品の物価は低く、鉱工業製品や衣料は高いです。
特に鉄は、大量生産が効かないため、日本の5倍以上の価格です。
重量の単位
1パルダ:0.73g
容量の単位
1リーズ(0.001立方ヤーデン)=1000ミリーズ
重量1ダパルダの水の容量=1リーズ
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2020/12/23 利潤5割→6割に訂正、若干表現を見直し
2020/12/30 誤字脱字等、薬量の単位を重量から容量に訂正、新単位ミリーズ追加(ID:KLxRLD2Hさん ありがとうございます)
2021/01/01 重量1ダパルダの水の容量=1リーズ(ID:871771さん ありがとうございます)




