338話 窮すれば通ず
窮すれば通ず……あるんですよねえ。偉い人に無理難題言われて、終わったぁ!って思いつつも続けてたら、救いの神(そのときは予算回して貰ったんですけど)が現れたりねえ。
王都に戻られたら一度お会いしたい旨、大司教様より書状が届き、調整が付いたので、大聖堂に向かった。
ただ、何の用でとは書いてなかったので、微妙な気分だ。
支援戴いている回復魔術を使える神職派遣の件か、提供している回復薬の件のいずれかが分からなかったので、アリーとモーガンを両方連れて来た。
何度か来た応接室に通され、若い助祭殿にお茶を出して貰ったが、アリーは落ち着かぬ様子だ。
「どうした、アリーもここに来るのは初めてではないのだろう?」
「あっ、はい。大聖堂はこの前も来ましたけど、応接室じゃなくて司教様の部屋とかですし」
本当に緊張しているようで、言葉遣いが改まっている。
司教……デイモス理事か。修学院を卒院しても、第一印象が強過ぎて、未だに脳内変換してしまう。
「ああ、そうだ。アリー。司教様がお越しになっても、俺のことを旦那様と呼ぶな。機嫌を損ねるからな」
「えっ? 今日は会いに来たのは大司教様じゃないの?」
「そうだが、よく来られるのだ」
多分嫌味を言うために。
「ふーん。でも。司教様は、そんなに心が狭い人じゃないよ」
司教にまで成った方だ。おそらく、そうだとは思うが。例外なのだろう、相手が俺の場合は。
「あっ!」
「えっ?」
「司教様だ。頼むぞ」
10秒程経って、ノックがあり、扉が開くと司教様が入って来られた。
立ち上がって、3人で礼をする。
「ようこそ、賢者殿……ん? 頭巾巫女殿も」
立ち上がった俺とアリーの間を彼の視線が行き来した。
表情が強張ってるぞ。
「お久しぶりです。司教様」
「先日はどうもありがとうございました。おかげで急な出動に間に合わせることが出来ました。ご尽力感謝します」
アリーも続けて、口上を述べた。
「あっ、ああ。まあ、掛け給え」
そう言ったきり黙ってしまった。
何か俺に言いに来たのに、頭巾巫女であるアリーが一緒に居たので、当てが外れたのだ。まあ、用意してきた言葉が、アリーが居ると言い難いことだったのだろう?
俺とアリーがソファーに座り、いつものようにモーガンが背後に立った。
「あのう」
アリーが何か言い始めた。嫌な予感しかしない。
「何かね?」
「司教様は、もしかしたら誤解されているかも知れないので、申しておきたいことがあります」
やめておけ。
「ほう。伺おう」
「はい。ご存じと思いますが、隣に座って居るラルフェウス・ラングレンは、私の夫です」
司教の表情が、何度か入れ替わった。
旦那様がだめで、夫ならば良いと言うことではないんだが。
「確かに、アリシア殿が、ラングレン卿の側室だということは知って居る」
「はい。ただ、そうなった経緯として新聞とかに書かれていることは、ほとんど嘘です」
「ん?」
「私が、正妻である姉と夫に頼んで側室にして貰ったんです。夫が女狂いとか女誑しとかは、誤りです」
「アリシア!」
「うむ、そうか。誤りか」
「はい」
いやいや、司教は俺がアリーに言わせたと思って居るぞ。
ほら。俺を睨んだ。
「世の中の評判はどうあれ、私はそのようには見ておらぬ」
「本当ですか!?」
「ただ、色々非常識な男だとは思っているがな」
「まぁ、司教様もですか。私もそう思いますし、事実です!」
大きくアリーが肯いた。
「なっ、なんと……」
「ですので、司教様には、そんな夫を補って戴きますよう、是非ご支援をお願い致します」
「はっははは……これは参った。頭巾巫女殿には敵わぬ」
ふむ。確かに天衣無縫というか、意外な外交手腕かも知れないな。アリーを見直す。
数秒後、ノックがあって大司教様が入って来られた。
「ラルフェウス卿、よく来てくれた」
「大司教様。お久しゅうございます」
俺と、アリーが立ち上がって挨拶する。
「掛けてくれ給え。さっき、笑い声が廊下まで響いていたが」
「ああ、笑っていたのは、私です」
「ほぅ、そうかね。デイモス司教が大声で笑うとは珍しい」
「失礼しました」
「いやいや。構わない」
やっぱり普段からむすっとしているんだろう。
「ああ、話が逸れたが。ラルフェウス卿、この度は賢者の称号を得られたとか」
「はい。過分なことと存じます」
大司教は、ニコッと笑った。
「そんなことはない。僅か1年余りで、3度超獣を撃滅されたのも快挙なのだろうが。こちらの、頭巾巫女ことアリシア殿を始めとした回復魔術師を連れ、さらに最近では無償で回復薬を配って、被災民を癒やしておられる。これは全世界を見ても例のないこと」
「それもこれも、大司教様、司教様、そして教団の皆様のご協力があったればこそにこざいます」
「確かに我らも協力はさせて戴いている。しかしな、考え、そして成し遂げた者の功績が一際大きいのだ。私はそう考えている」
「はっ!」
「実際に卿の騎士団と行動を共にした、教団の者達の評判がすこぶる良い。迅速に駆け付けられることで、被害が拡大する前に対応できてやりがいがあるそうだ」
光神教団は救護であっても軍と一緒には活動しない。よって、どうしても、現場に駆け付けるのが遅れることになり、怪我を負った者の容態が悪化してしまう。助けられた者も助からなくなることもあるだろう。
「それは何よりです」
彼らがやりがいを感じているなら、被災民にも良いことだ。
「それでだ」
どうやら本題のようだ。
「先日のように、なかなか神職の斡旋ができぬようでは、心許ない」
「はい。急なお願いで、ご造作を掛けました」
これは? 話の筋からして、何か優遇してくれるのか?
「それで、司教と話して反省したのだ。これまでのように、その場その場で応援の者を宛がうのではなく、抜本的に改善できるのではないかと」
えっ?
いやいや、デイモス司教の話ではそんな人材は居ないと言うことだったよな。
「とはいえ、人材が湧いて出て来るわけではない」
ん? 結局何が言いたいんだ?
「先も言ったように事情を聴取したところ、全くの素人では困るが、必ずしも熟練者でなくても良いと言うことが分かった。ある面で、質より量ということだな」
ふむふむ。
「ところで、我が国の教団には卿が在学していた修学院以外にも、神職養成機関がある。ご存じだろうか?」
「マルガレーテ学院のことでしょうか」
王都から南に700ダーデン程の距離の都市、マルガレーテに有る実務神職の教育機関だ。
対して修学院は王都にあって上級神職の養成機関だ。だが、マルガレーテ学院からも、司教も何人か輩出しており、教団が学歴だけを重視しているわけでないことが分かる。
「そうだ。そこには福祉学科があって、回復魔術、看護術がそれなり使える神職見習いが百数十人居る。彼らの必須就学単位として、騎士団と行動を共にさせることを考えている。熟練の者はこれまで通り……人数は増やすことは厳しいが、そちらも派遣しよう。どうだろうか」
「わあ!」
すかさずアリーが反応した。思わず立ち上がったが、俺を振り返った。
「はっ、はあ。それは我々にとって願ってもないこと……ですが」
アリーが、えっと言う顔になる。
ただ1つ問題がある。
マルガレーテが、王都から離れていることだ。
「ご懸念は、都市間転送所が使えるかどうかかな?」
「はい」
相変わらず、この人は鋭い!
同市は大都市なため都市間転送所はあるが、それが超獣対策特別職の分隊として使えるかどうか分からない。委員会に掛け合うか……。
「実は数日前にサフェールズ卿にお目に掛かったが。お頼み申したところ、前例はないが、使えるように善処するとお約束戴いた」
「内務卿が……」
俺が立ち上がると、同時にアリーも立ち上がった。
「大司教様、司教様。何から何まで、「ありがとうございます!」」
「ふーむ。流石は夫婦。息が合っていらっしゃる。なあデイモス司教」
特に計ったわけではないが、同時にお礼を申し上げ、礼をした。
「はい。大司教」
司教の表情は、この部屋に入ってきた時とは打って変わって穏やかな笑顔だった。
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訂正履歴
2020/12/12 誤字、モーガンの記載追加、くどい表現、マルガレーテまで距離の2重記載訂正
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/04/13 一部名前間違いローザ→アリー(ID:781272さん ありがとうございます)




