336話 ラルフ 賢者になる
ラルフ自身は気にしていませんが、ようやく賢者まで持って来ました。作者としては感慨深いです。
3月24日。
王都に帰って来た翌日、騎士団の者達と派遣団の解団式を行い、これで平時に戻った。
俺自身は再び参内して、委員会に対して出動の報告を実施した。既に書類で提出済みなため、形だけだった。
翌25日。
朝8時30分に王宮差し向けの馬車に乗って参内した。
個別の控え室に通された。
執事の説明に拠れば、今日表彰されるのは俺だけではないそうだ。
10時となって、大広間に通された。壁際に従者を残し中程に進む。
左側に、軍の将軍達それから、顔見知りの上級魔術師達が並んでいた。
そちらの方々に会釈していると、後ろから凄まじい魔界の高まりが2つ。つまりは賢者2人がやって来た。バロール卿にグレゴリー卿だ。
2人も、広間の中程、俺の右側に並ばれた。
「グレゴリー卿、バロール卿、お久しぶりにございます」
グレゴリー卿は、品の良い髭を撫でると、軽く会釈を返した。
その顔に笑みの成分は、一欠片もない。
「おお、ラルフ。やっと賢者になったな。おめでとう……って、まだ早いか。どのみち30分後にはそうなっているのだから変わらないか」
俺自身には、やっとという認識はない。だが、この人の中ではそうなのだろう。それだけ俺を買ってくれている。嬉しいことだ。
「お二方も、表彰されるのですね」
大礼服を着ているのであからさまだ。
「うむ。まあ、おまけだがな」
「はあ」
おまけ?
階の袖の扉が開き、閣僚達が次々と入って来られると、玉座の両脇に並んだ。
「国王陛下、御入来!」
広間に声が響き渡ると、床に居る者は跪いた。
その中を陛下はゆっくりと進み、玉座にご着席になった。
「お直り下さい。それでは本日の朝議、第2部を挙行致します。宰相閣下お願い致します」
宰相フォルス候ゲルハルトが、着座された陛下に会釈して、演台の前に立った。
「本日前半の朝議にて、決定された事項を改めて説明する。大きくは2項目である」
むう。去年ここで起こった状況と同じ進行だな。
「まずは第1。賢者グレゴリー・ベリアル」
「はっ!」
横から大きな返事が響く。
「賢者バロール・ディオニシウス」
「はっ!」
「代読致します。両名は、賢者並びに超獣対策上席特別職としての勲功抜群であり、長年の労苦に報いるべく朕は決断した。本日ただいま爵位を賜る。両名前に出られよ」
賢者は称号で、行政職名としては超獣対策上席特別職だ。
ただ超獣対策特別職が上級魔術師と呼ばれるように、官報や公式行事以外で呼ばれることはない。元々、賢者は別の用件で授かることもあったようだが、今では世界的に絶えている。
「「はっ!」」
2人は段のすぐ下まで進むと、再び跪いた。
「グレゴリー・ベリアル子爵。改めて子爵の爵位を与える。なお爵位に対しては領地ではなく金銭をもってする」
ふむ。同人の生存中に限ると言わなかったと言うことは、永代の宮廷子爵だ。本人の待遇が変わるわけではないが、周囲の見る眼が、一代限りと永代では大きく異なる。これはめでたいことだ。
グレゴリー卿が、羊皮紙の巻紙を宰相閣下から受け取った。
大きな拍手が巻き起こった。
俺も拍手する。
「バロール・ディオニシウス子爵。改めて子爵の爵位を与える。なお爵位に対しては領地ではなく金銭をもってする」
再び拍手が広間に響く。
同じだ。うーむ。これはナディさんは嬉しいだろうなあ。これで彼女が産む子供が継ぐ爵位が、事実上男爵から子爵に陞爵したということになる。
2人への授与が終わり、会釈すると、俺の横まで戻った。
「第2。ラルフェウス・ラングレン卿は先の派遣において、陛下ご下命の通り超獣を撃滅された。魔結晶を披露されよ」
「はっ!」
執事が、俺が並ぶ位置のさらに左側に、台座を運び設置した。今回は俺が作った物ではない。上面には大きな穴が開いており、その縁には傷が付かないように小さな枕が付いている。
そこへ腕を伸ばした。
【出庫!】
おぉぉぉと響めきが響く。
台座の上に、見上げるばかりの魔結晶が鎮座していたからだ。
「陛下、如何にございましょうか」
おっと。あわてて振り返って、跪く。
「見事である。朕が見た中では最大ではないか? ご苦労であった」
「はっ!」
魔結晶は、陛下に献上して国庫に納入される。
これで、少しは肩の荷が下りた気がする。
「宰相」
「はっ! ラルフェウス・ラングレン卿、前に!」
立ち上がって、階のすぐ下まで進み、再び跪く。
「ラルフェウス・ラングレン子爵。上級魔術師および特別職の奉職以来の活躍、加えて此度の勲功抜群につき、賢者の称号を授けると共に超獣対策上席特別職に任命する。またこれに伴って、改めて子爵の爵位を与える。なお爵位に対しては領地ではなく金銭をもってする」
「ありがたき幸せ」
宰相閣下から巻紙を受け取る。この瞬間、俺はこの国4人目の賢者となった。
身贔屓かも知れないが、先程より大きな拍手が広間に響いた。
†
陛下と閣僚が退場すると、バシッと右肩を叩かれた。
バロール卿だ。
「ラルフ。おめでとう」
「ああいえ、バロール卿こそ、おめでとうございます」
彼も、今日から永代子爵だ。まあ通常、賢者が一線から退く時は、慣例として叙爵されるので、それが早まった格好だ。
おまけというのは、もしかして、この叙爵を俺の所為……つまり、俺が永代子爵に成ったのに、2人の賢者が当代子爵では、まずいということの解消と捉えているのか?
そんなことはないと思うが。月殿は話にも出て来ていないし。
グレゴリー卿はさっさと退出していった。それを横目で見つつ、少し2人で話でもと思っていた時。
「ラルフェウス卿!」
俺とバロール卿は後から呼んだ声の方を向く。
「うげっ!」
軍礼服に身を包んだ、壮年の男が歩いて来た。
あそこに並べるのは将官だけだ。
バロール卿は、ビシッと敬礼をすると、また後でなと言い残し、すたすたと離れて行った。
そして、こちらの軍人の階級章は……中将か。
「初めて御意を得ます。ラルフェウス・ラングレンと申します」
「第4方面軍総司令のヴィクトールと申す」
「第4方面軍」
「そう、オリヴィエイト駐留連隊は、我が方面軍麾下となる」
これは、もしかして苦情か?
「この度は、件の連隊員700人もの命を救って戴き、ラルフェウス卿に感謝申し上げる」
おおぅ。敬礼を向けられた。
「はい。任務の行きがかり上、麾下の方々を動員することになりました。無事にお返し出来て、私としても嬉しく存じます」
「うぅむ……いや。本当にありがとうございました。では」
少し微笑むと、大広間を出て行った。
†
大広間を辞そうしていたら、執事に呼び止められた。
「こちらにございます」
王宮南苑、大広間とは隣の建屋。執事に案内されてやって来た部屋だ。
「うむ」
扉の上に、賢者ラルフェウス・ラングレンと書かれた真新しい札が填め込まれている。
要するに、ここは俺専用の控え室だ。
執事は鍵をローザに渡すと、後程委員会へお寄り下さいと言い残して戻っていった。
扉を入ると差し渡し、8ヤーデン角の部屋だ。中央にソファがあるだけの、本当の控え室だ。見た目は違うが、バロール卿の控え室と同じ様なものだ。
「良いお部屋ですね」
「そうだな」
南向きの窓は大きく、冬でも暖かそうだ。今は暑いが。
まあ、今までは他の特別職と共用の溜まりの間だったので、外務省の大使事務所を使って居たが、折角貰った個室だ。大広間で行事の時は、便利に使わせて貰おう。
ん? 扉の方を向く。
「どなたかいらっしゃいましたか?」
「バロール卿と……」
ノックがあり、ローザが扉を開ける。
「よう! ラルフ。ここに居ると訊いてな」
1人ではなく、特別職のカストル卿と、従者のトゥニングも一緒だ。
「おお、奥方。おめでとう。良かったな!」
「はい。ありがとうございます」
「奥方?」
「そうだぞ。奥方にして、ラルフの筆頭従者だ」
「こっ、これは。特別職のカストル・ローリンズにございます。お見知りおき下さい」
「はっははは。カストル、ラルフに初めて会った時より丁寧じゃないか」
「ああ、いや。あの時は失礼しました。それはともかく。ラルフェウス卿、上席特別職ご就任おめでとうございます」
斜め後ろにいるトゥニングと一緒に礼をしてきた。
「これは恐縮です。どうぞ、お掛け下さい」
「おう! 邪魔するぞ」
ん?
ローザに礼服の裾を引っ張られた。ああ、そうか。
俺はテーブルの上にポットと茶器を出庫した。
「申し訳ありません。まだこちらには何も持ち込んでおりませんので、館で淹れた物になりますが……」
「おお。これは良い。カストル、奥方の茶は絶品だ。ナディが師匠と仰ぐ御方だからな」
「それはそれは。楽しみですな。しかし、賢者殿の奥方達が先に連帯されているとは。畏れ入りました」
部屋が笑いに包まれた。
「それで、ヴィクトール中将は、何だって?」
「いや、挨拶を受けただけです」
「ふぅぅん。そうか」
何かを察したように、肯く。
「ところで、バロール卿。賢者の先達と見込んで、伺いたいことが」
「おう! なんでも訊いてくれ。おっと、本題を忘れるところだった。俺も頼みがあるのだが、まずはラルフの話を聞こうか」
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訂正履歴
2020/12/05 バロールの発言「おまけ」について補足追記
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




