334話 父帰る
やっぱり、物事はやったことより、それを収拾する方が時間が掛かりますねえ。
いよいよ、王都に戻る日が来た。
当地での最後の行事、オリヴィエイト城大広間にてグルモア辺境伯セバンテス殿に面談。
扉が開き、大きな拍手が巻き起こった。
段の前まで、赤い絨毯が敷いてあり、壁際に並んだ重臣や有力者達が立ち並び、手を叩いている。
中央を胸を張って進み、軽く会釈した。儀礼は、国王の代理人の身としてはここまでだ
「おおぉ、ラルフェウス卿。よく来てきて下さった」
「はい。王都に戻りますので。ご挨拶をと」
「ありがとう。我が領民を救って戴いた。超獣を斃すだけに留まらず、怪我をした者達を癒して下さった。いくら礼を申しても、足らないと思っている」
「おおぉ……」
広間が響めいた。
段の上だが、セバンテス伯が跪いたのだ。
「これは、これは」
歩み寄って、手を握り伯爵を立ち上がらせる。
多分に満座の臣達に見せるところがあるのだろうが、それにしても中々できることではない。
「つつがなく任務を果たせ、本職も嬉しく存ずる」
「そうか。本当にお帰りになるのか……何のもてなしもできず、心苦しいが」
「我らは、国王陛下のご威光にて派遣された者。また、少なからず、当地に被害も出ております。そのようなこと、ご懸念なく」
「なんと。嬉しいことを仰るのか。名残惜しいが、お引き留めするのも却って申し訳ない。皆々ラルフェウス卿とその一行をお見送り致そう」
再び拍手が巻き起こった。
†
3月23日。
都市間転送を使い、王都に入った
騎士団とは別れ、ローザとダノンを連れて直接王宮へ参内した。
今回は、既に委員会でも任務完了が認められており、参内の件も事前に申し込んでいたので、30分と待たず内々の謁見が叶った。
王宮東苑、欅の間という部屋に通される。
小さなテーブルの正面に国王陛下。その後ろに侍従長が立ち、向かって左にはフォルス宰相閣下、右にはサフェールズ内務相閣下が座って居る
「陛下、恐悦に存じます。宰相閣下、内務卿閣下、お久しゅう存じます」
「うむ。ラルフェウス卿。ご苦労だった。そして良くやってくれた。礼を言う」
「はっ!」
「そう畏まらずとも良い。ここには、ゲルハルトとマグヌスしか居らぬ。まあ、ここに掛けよ」
いやいや、陛下こそが問題なのですが、とは言えない。丸いテーブルを挟んで腰掛ける。
「どうぞ」
侍従が、すかさず茶を出してくれた。佳い香りだ。いやそれよりも。
「では早速、現地での状況につきまして……」
「ああ、今回の出動に関する報告は不要だ。卿が超獣を斃してから間があったからな」
確かに15日程経って居るが。
「委員会より克明な報告も受けたし、映像も見せて貰った。ああ、魔結晶は明後日に披露して貰う」
「明後日にございますか」
「うむ。25日の朝議に引き続き、卿の祝勝式典を行う」
「ありがたき幸せ」
ならば、これで用は済んだということか。
「では、私はこれにて」
「待て待て、そうあわてるな。茶でも飲んで、朕の話を聞いて行け」
「はっ!」
「どうかな、ゲルハルト。此度の超獣撃滅はどう思う。朕は素晴らしき活躍と思うが」
「はっ! 陛下のお言葉通り、壮挙と存じます」
「であろう。マグヌス……には、聞くまでもないか。ははは」
「ところで、ラルフェウス卿」
「はい」
宰相へ向き直る。
「オリヴィエイトから今日戻ると訊いていたが、まさか、転送所からその足で参内したのではあるまいな?」
「直行致しましたが。それが、何か?」
「ん?」
今度は内務卿だ。
「確か従者は、卿の長男の生母であろう?」
「御意にございます。控えの間に居りますが」
宰相は、手で顔を蔽う。
「ラルフェウス卿。職務に忠実なのは賞すべきとは思うが、留守の間に、卿の館が襲われ、長男がそこに居たのであろう?」
「はい。ですが、特に被害は出ておりませんので……」
返答の途中で2人の大臣に呆れられてしまった。
「まあ、そう責めてやるな。しかし、ラルフェウス卿。跡取りは大事にするのだ。それでは、我が姫をやれぬぞ。ははは……」
2人は顔色1つ変えないな。噂の出所をご存じのようだ。
まさかとは思うが、バズイット家を追い詰めたのは、意外とこの流言なのではないか?
改めて陛下と侍従長を見る。
「さて、引き留めるのが酷ならば本題に入ろう。バズイットの件だ」
「はい」
「卿を害そうとした者は、大逆罪で処断だ。なお既に彼の家の王都にある者は閉門を言い渡してある」
閉門。
貴族が相当な罪を犯した場合、決まった敷地内に押し込められ、外部との交流を禁止される状態だ。
「問題は軍に居る者と、本家の者達だ。関係ない者は公職を追放。伯爵領は改易にする予定だ」
改易──
つまり、バズイット領府を取り潰すと言うことだ。
爵位剥奪か? 少なくとも領主ではなくなるのだろう。
あの参謀長とその一派に罰が下るとは思って居たが、遙かに規模がでかい。
それにもうそこまで、話が進んでいるのか。
早過ぎはしないか?
話ができすぎだし、余り考えたくないが、レミンカ・バズイットの行動は軽挙に過ぎる。何か裏があるのではないのか?
陛下に服わぬ者達を切り崩すための陰謀とか。
「だが、卿はそれを気に病むことはない。政に携わる者が被る泥だ。裏切り者を除くために、卿までが汚れる必要はない」
なんだ? 背筋に冷たい物が走る。
一瞬垣間見た陛下の形相──
裏切り者?
確かにバズイット家は、陛下が登極する直前に起こった反乱で裏切りを犯したことで有名だ。しかし、裏切った相手は反乱分子であって、決して陛下でない。それにより反乱一派は瓦解したと、村の中学校の蔵書で読んだのだが。
歴史は勝者によって記されるとは、世の中に珍しい真実。多分に疑わしい所はあるが、これまでバズイット家が存続してきた事実が、本の記述が大筋間違っていないと認識したのだが。
裏切り者と言った時の憎々しげな貌。それに、俺と一族への優遇。何かあるとは思っていたが。
この件には干渉無用と仰っているのだろう。
「はっ。お心遣い、痛み入ります」
「陛下。彼は、並の16歳ではありません。心得ております」
「うむ。まあそうは思うがな。ラルフェウス卿、茶が冷めるぞ」
「恐縮です」
確かに少し冷めた。が、美味い。茶葉の差は有るだろうが、ローザの茶に匹敵している。
それはさておき、俺には、復讐する気などない。
後ろから撃たれた時は、確かに怒りを覚えたが、結局被害はなかったしな。
館が襲われたのは、新聞ではバズイットと決めつけているが、確たる証拠は今のところ見つかっていない。
「上級魔術師は、この国の切り札だ。貴族の面子があるだろうが堪えよ。その代わりと言うことではないが……ゲルハルト」
「はっ。では、ラルフェウス・ラングレン子爵」
「はい」
あわててカップを置く。
「この度の功を賞し、貴公に賢者の称号を授けることを決定した。正式には明後日に発表する」
「はっ、ありがたき幸せ」
「ははは。礼は、明後日に言ってくれ。ああ、既に軍には通告済みだ。何も言ってこないがな」
「言い出せる訳はございません」
「ははは。そうだな。それどころではないからな。ああ、賢者は名誉であろうが、やるべきことは増え、責任も増す。心せよ」
「承りました」
欅の間を辞して数歩歩いたところで、扉がまた開いた。
振り返ると、出てこられたのは内務卿だ。
扉が閉まったところで。
「ラルフェウス卿」
手で前を示された。同行しろと言うことか。
数分歩いて、別の部屋に入った。
「ああ、引き留めて悪いが。一応卿の誤解を解いておかないとな。有り体に言おう。バズイットが裏切らずとも陛下登極時の反乱は収まっていたのだ」
「はっ?」
どうやら、昔の話をされているようだ。
「弟君は、アガートへ亡命出来るように、手筈が整っていた。無論、陛下が手配したのだ」
「なんと」
しかし、反乱を起こした。いや、反乱の盟主として担ぎ上げられた王弟は、史実では捕縛されて処断されている。俺が産まれる前の話だが。公開処刑だ、間違いない。ということは。
「バズイットは反乱貴族の1つだったが、今もいくつか残る何家と語らい裏切った。弟君を捕らえて差し出してな」
「それで?」
「陛下は、バズイットを……裏切り者達を処断しようとされたが。もう亡くなった軍師が、依然として残っていた反乱貴族の分断に利用しろと言上し、赦したのだ。それにより内戦が大きくならずに済んだ。そこに間違いはなかったと、臣も思うが……しかし、陛下はよく悔やんで居られる。今もな」
†
館に帰ってきた。
本館の者達と、エストに抱かれた息子に出迎えられる。
「おお。父と母は帰って来たぞ。ルーク」
エストは進み出ると、ローザにルークを渡す。
「ただいま。ルーク」
何を思っているのか、機嫌よさそうに笑っている。
その顔を見ていると、なぜか心が洗われるような心持ちになる。
「旦那様抱いてやって下さいませ」
「ああ」
少し間が開いたので、少し恐々抱いた。
ああ、結構重くなったな。
一度頭上まで持ち上げると、胸に抱いて顔を近付ける。
「父は賢者に成るぞ」
ルークにだけしか聞こえない声で呟いた。
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訂正履歴
2020/11/28 誤字訂正,少々加筆
2020/11/28 誤字訂正(ID:1374571さん ありがとうございます)
2021/09/03 誤字訂正(ID:442694さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




