332話 世論誘導
世情も騒がしいですね。全く関係ない物語世界ですがお読み下さい。
3月13日。
ディースに憲兵連隊の1中隊が到着し、事情説明を要求された。
彼らは、黒衣連隊と同じく司法警察権を持っている。よって快諾して3人の士官に向けて説明したのだが、向こうはかなり丁寧な態度であり、こちらに否を責めるようなことは一切なかった。
当然と言えば当然だが。少し意外だった。
そこで、拘束した者達を引き渡し、帯同した者達の指揮権を解除した。
まあどちらかというと、後者はお供させて下さいと言われたのだが。その後、グルモア辺境伯領の役人が到着し、何度も礼を言われた。領都で辺境伯が感謝の宴を開く旨の申し入れがあったが、当地の復興に専念戴きたいと辞退した。無論挨拶はさせて貰うが。
14日。駆け付けてきた光神教会の応援隊に救護活動を任せられるようになった。これを受け、ディースを撤収、翌15日には領都オリヴィエイトに戻った。セバンテス伯に面会して激賞を受けた。
これで王都に戻れるかと思ったが、先任としての事務仕事が、まだ2、3日掛かるようだ。
16日。黒衣連隊所属の顔馴染みである中尉殿が、宿舎に宛がわれた旅館にやって来て面会を申し込んできた。やっていた執務を止めて、すぐに会った。
「お久しぶりです、子爵殿。この度は3体目の超獣撃滅おめでとうございます」
「ありがとう。そんなことよりも。留守の者を、そして我が子を守って貰ったことに感謝する」
俺は、胸に手を当て上体を折った。
「ああいや、子爵殿にはいくつも借りがありますし。それに館を守ったのは、実質聖獣殿ですからね」
「感謝の気持ちは変わらない」
「では、素直に受けておきます」
「ああ、礼を言っておいてどうかと思うが、言葉遣いが気持ち悪い。敬語は無用に願いたい」
「ふむ。そうですか……では! わかった。ラルフは、どんどん出世していく割に、人柄は冒険者の頃と変わらないな」
「そうか?」
「そうだとも。すぐに賢者になるかも知れないのにな」
「賢者?!」
「今日の新聞に書いてあった。それ以外にも、大騒ぎになっているぞ。ちょっと待ってくれ」
そう言いながら持って来た鞄から、折り畳んだ新聞を取り出した。4社分程あるようだ。
一番上のはスパイラス新報だな。手に取って記事を見る。
見出しには、ラルフェウス卿、3度超獣を滅ぼす大活躍。賢者に内定か? といった文章が躍っている。
「そして、オリヴィエイト駐留連隊が、その英雄を意図的に背後から撃った疑惑が浮上! 首謀者と見られるレミンカ・バズイット少佐は、オリヴィエイトから逐電! 故郷であるバズイット伯爵領に潜伏と見られる……か」
踏み込んだ記事だなと思って、下にあった他紙も見たが、同じように書かれている
「バズイットの陰謀という話になっているのか?」
中尉は、にやっと笑った。
これは情報を新聞社にわざと漏らしたな。
「こっちも見てくれ」
別の日の新聞だ。3月10日未明に、王都ラルフェウス卿の館で騒ぎがあったが、これも襲撃ではなかったかと噂が流れている。宰相府では一連の事態を重く見ており、消息筋によると王国への叛逆に匹敵するとの発言がなされている模様。
「えらく大事になっているな」
「ああ、政府はバズイット家をどうするのかと言う世論が出ている」
「それは、誰かに作られた世論だな」
中尉が悪い顔で嗤った。
黒衣や憲兵連隊が、ここまで迅速に動いていると言うことは、国王陛下の意を受けているに違いない。
「軍はどうだ?」
「ははは……近衛師団とは言え、小官も軍人なのだがな。まあいい、実際のところ、軍も相当ピリピリしている」
「ふむ」
「正直、正当性はどうあれ、ラルフが軍の行動を蔑ろにしたという不快感を持って居た派閥もあったようだが……」
やはりな。
「しかし。今は消えたと言うか、誰も大ぴらに言えなくなった」
「ほう?」
「それはそうだ。乳飲み子がいる館を主が留守と分かっていて襲ったのだからな、致命的だ。誰もその一味とは思われたくはあるまい」
「俺としても異論はないが。世間は、グルモア伯爵領と王都、随分離れているのに結びつけて考えるのだな。今のところ明確な証拠があるわけではあるまいに」
「同じ時期にラルフの敵として事態が起こったのだからな、結びつけるだろう。そう言った訳で、あの家も孤立だ」
確かにな。その一味を庇ったとなれば外聞も悪い上に、下手をすれば大逆罪に連座と言うことになりかねん。中尉の言う通りだろう。
単なる私怨で動いたと見ているわけだな。まあそうなるように新聞社などを誘導しているのだろう。
「それでバズイットか。まあこちらは首謀者があからさまだからな」
「そういうことだ。現在バズイット伯爵家を庇う命知らずは居ない」
ふむ。
それにしても出来過ぎた話だ。
今上の国王陛下登極以来、長らく家名を留めてきたバズイット家にしては、今回はやり口が杜撰だ。誰かの罠に填まったと考えるべきかな。
「まあそういうことだ。軍だけでなく内務省も動き出したと言う話も聞いている。東街区はかなりの警戒態勢に入っている。安心してくれ」
「わかった」
「それでだ。話を戻そう。ラルフの館を襲った賊は8人で一網打尽にできそうだったんだが。聞いているとは思うが、ゴーレムを持って来ていてな」
「聞いている」
「そいつは、小官達ではどうにもならなかったのだが、聖獣殿が出て来て、一瞬だよ一瞬。強いとは聞いていたが、驚いた。その後、聖獣殿に睨まれた時は生きた心地がしなかったぜ」
「ははは、それは災難だったな」
「ああ、あの眼力。賊達含めて一歩も動けなかったからな。出動前に、面通しして貰わなかったと思うとぞっとした」
俺が出動した時は警備を強化すると言ってくれたので、中尉殿含め警備担当を離れに招いて、セレナと会わせたのだ。俺とルークの味方だと言って。
「そうか、賊の方は? 大部分が捕まったことは聞いたが」
「ああ、6人捕まえたのだが、残る2人だが、逃走中に何者かに殺された」
「殺された?」
「ああ、一旦見失ったのだが、間もなく近辺から死体が出て来た」
「ほう……」
「それから、捕まった者達は、短期間で雇われた者だった。今、それぞれの背後関係を洗っている。もう少し待ってくれ」
ん?
「ところで、ゴーレムの件だが、少し変だな」
「と言うと」
「うむ。中尉殿と捜査した誘拐事件の時、出てきたゴーレムにしてもだ。ただ暴れるとか、人間を見たら襲うとか、単体でやれることはその程度が相場でな。それ以上に高等なことは中々に難しい」
レプリーに使って居る古代エルフの秘法など例外中の例外だ。
「むぅ」
「しかし、我が館に現れたゴーレムは、門を壊して中に入ろうとした。つまり明確な目的に遵った行動と言える。この場合、2つの可能性がある、術者が側に居て術で操作する。それが常套手段だ。しかし、賊の内、捕まったのは雇われた者。他は逃げた。ゴーレムを見捨てた訳だ。つまり全員術者とは思えない」
「ああ、少なくとも捕まったやつらに、術者は居なかった」
「ならば、もうひとつの方、術者不要で高等な行動ができる……」
「ああ……いや隠していたわけではないのだが。聖獣殿が切り刻んだ泥の中から、魔石というか、魔導具が見つかって、相当高度な技術が使われているところまでは分かっている。どうやら人間の残留思念と言う物が込められているそうだ」
「残留思念」
「ああ、本官も良くは分からないが、古代エルフの秘法とか。魂のかけらとも呼ばれるものらしい」
魂の欠片か。
初耳だが、おそらくガルとかゲドとか同じか似たようなものだろう。
「それから割れてバラバラになった別の魔石も押収した」
「魔石?」
「ああ、一味の1人がそれを街路に叩きつけた、直後にゴーレムが動き出した」
「ふむ。その魔石も興味があるな。ところで古代エルフの秘法と言えば王都大学に詳しい教授がいると聞いたことがあるが」
「ぐっ、知ってたのか。はぁぁ……アンドレイ教授になら既に協力を願っている。とはいえ、こっちで分かっているのは、そこまでだ。ラルフこそ、何か知らないか?」
「いや、材料が少なすぎる……が、わかった。俺の方でも調べておく。王都に戻ったら、その魔導具を一度見せて貰いたいが」
あとは、もうひとつの心当たりだな。
「ああ、証拠品だが、部長には小官から掛け合おう」
†
中尉が帰ると、ローザがお茶を運んできた。
館襲撃が伝えられた時、彼女にも一足先に館へ戻るかと訊いた。
しかし、王都へは俺と一緒に戻ると固辞された。
騎士団、主に救護班は、領都で活動しているし、俺自身も先任であるため何かと作業があり、まだ王都には戻れない。それがローザが固辞した理由なのだろう。
「お館様。お客様はもうお帰りになったのですね」
「ああ、彼らは任務の特性上、人と顔を合わすのを嫌うのだ」
「それならば、仕方ありませんが。直接お礼を申し上げたかったですわ」
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訂正履歴
2020/11/21 文章の消し忘れ等訂正 (すみません)
2022/07/28 誤字訂正(ID:632181さん ありがとうございます)
2022/08/06 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




