331話 月影の襲撃
憎むべきはテロですね。
場面は、王都に転ずる。東街区ロータス通り2丁目。
時は3月11日未明。高級住宅街は既に寝静まったあとだ。
先程まで、煌々と近隣を照らしていた月は雲に隠れた。
そこに、ゆっくりと移動してきた乗用馬車と大きな荷馬車が停止した。
この時間帯、辻馬車を除く車馬の往来は禁じられている。
不自然と言えば、この上なく不自然だ。
車輪の軋りを静まるのを待っていたかのように、人間がわらわらと降りてきた。闇夜に溶け込む黒装束の者達は、どう見ても堅気の者達ではない。彼らはひとつの館の前に集った。
ラルフェウス・ラングレン子爵の館。
正門の門扉前に半分の人数が、片膝を突くと掌を重ねて腰だめに構えた。人馬術で門を飛び越える気だろう。もう半分が距離を取って、走り始めた時──
突如、眩い光が賊達を照らした。
「散開」
「あぁぁ無駄、無駄! 君達は包囲されている。我々は黒衣連隊だ。無駄な抵抗は止めろ」
照明魔導具を持った、やはり黒衣の者達が、いつの間にか道に広がって半包囲していた。ジリジリをその半径を狭めてくる
「最早これまで!」
1人の賊が、吐き捨てるように言うと、何かを道の石畳に叩き付けた。
破裂音が街路に響き渡ると、大きな荷車が傾いだ。
「なんだ?」
ギシっと荷車が戻ると、3ヤーデンもの人型が立ち上がった。
その異形が、地響きを上げて突進すると、黒衣連隊の者達に体当たりを浴びせる。が、流石は特殊部隊の精鋭、間一髪でそれを避けると道に転がる。回り込んだ2人がどこから出したのか、長槍で側面から異形の者を突いた。
しかし、異形は痛痒を感じないのか、深々と両腕を振り下ろし、易々と槍をへし折った。とはいえ槍が刺さっていたのは事実で、異形の者を包んでいた布が引き千切れ、その容貌が露わとなった。
「ゴーレムだ!」
魔導具に照らされた姿は、人間ではなく土の肌だ。
ガァァアアと吠えて、なりふり構わず門扉に突進、そのままの勢いで衝突した。鈍い音と共に鉄の格子を拉げさせた。ただ、その残骸が脚に填まって転がった。正気がないのか。手足を滅多矢鱈と振り回す。
「ゴーレムを中に入れるな! こっちが子爵殿に殺されるぞ!」
黒衣の者が叫んだ。が、人間の力で何とかできるような物ではない。
その時だった。
門扉の中。庭の方から恐るべき殺気を纏った者が悠然と歩いてきた。雲が切れて月が町を照らし直すと、四肢を地に着ける蒼白い毛並みが見えた。
「ルーク ヲ ナカセニ キタノカ?」
こちらも明らかに人間ではないが、言葉を喋った。黒衣の者には心当たりがあった。この館に棲む聖獣の存在に。
皆が殺気に当てられ動けない中、ギシギシと音を立て居る者が居た。
そして、ようやく門扉の残骸から足が抜けたのか、ゴーレムが立ち上がった。
「オマエ ダナ」
その声が消える間もなく、姿がブレると、いつの間にか聖獣は道路中央に居た。
途中に居たはずのゴーレムは、両腕が地に落ち、ゆっくりと後ろに倒れた。胴から脚が離れていた。
「ニンゲン ハ マカセル」
聖獣は、悠然と門の中に戻っていった。
†
超獣を斃した2日後にようやく超獣撃滅の認定を受けた。
駐留連隊の方は持って来た物資が心許なくなってきたので、一部を残して撤収し、領都に帰還するように命令した。到着し次第、俺の指揮権はなくなることにした。
さらに翌3月11日には、一部の軍と共に、まだ救護班が活動しているディースの町に戻った。一部とは、逮捕した者達と、その護送にかかわる者達だ。
宿舎となった旅館に入った。昼食を摂って、領都の留守番組と昼過ぎの定時通信を行う。そのために、小型化成った通信魔導具が設置されている部屋に入った。ちなみに超獣撃滅の報は3月8日に既に知らせてある。
繋がった。
『こちらは、ダノンです』
「ラルフだ。横にバルサムとローザが居る。良く聞こえる」
『お疲れ様です。お館様のお声もよく聞き取れます。えぇ』
なんだが、声音が微妙だ。
『こちらの報告の前に、悪いお知らせがございます』
ん?
バルサムと顔を見合わせる。
「何が起こった?」
『王都の件です。王都本館が襲撃を受けたと、モーガン殿から連絡を受けました』
「何だと!」
ローザの顔が一瞬で強張った。
『最初に申し上げますが、ルーク様ならびに本館と公館の者に被害は全くありません。襲撃犯とは接触すらありませんでした。繰り返します。人的な被害は出ておりません』
はぁぁ。
俺の吐息と同時に2人もほっと溜息を吐いた。
「そうか、それは何よりだ。それで?」
『はい。襲撃犯は8人。本館玄関から侵入を図りましたが、密かに警備をされていた黒衣連隊が見咎めて阻止に動きました。しかし、体長3ヤーデン弱のゴーレムを繰り出して……』
「ゴーレム?! だと」
黒衣連隊では止められない。
『はい。危機に陥ったそうですが、セレナ殿が門前でゴーレムを斃しました』
そういうことか。王都に戻ったら労ってやらないとな。
「わかった」
『はい。それで、モーガン殿が代表して、事情聴取と情報提供を受けたとのことです。賊の方は大半がその場で逮捕されたようですが、全員ではないとのこと。今のところ、賊の正体や背後関係は分かって居ないそうです』
そうだろうな。
黒衣連隊が捜査をしていることだろう。王都に戻ったら、礼を言わないとな。
「そうか。では、モーガンには、引き続き警戒を厳にするように伝えてくれ。特に夜間の外出は控え、外出する者が居れば、複数人で出掛けるようにと」
『承りました。伝えさせます』
「それで、人的被害はないと言ったが、物的な被害は出たのか?」
『はい。正面玄関の門扉が破壊されたそうです。それ以外はないと訊いております』
ふむ。まあ、それだけで済んだのは不幸中の幸いだろう。
「わかった」
2人を振り返ったが、特に発言はないようだ。
「ダノン。その他の報告をしてくれ」
「こちらでも動きがありました」
要約しよう。
王都から近衛師団憲兵連隊が領都オリヴィエイトにやって来た。
城外にある駐留連隊の基地を急襲。
駐留連隊長と第1大隊長ならびに陸軍研究所の人間が逮捕された。
バズイット少佐は既に都市間転送を使い逃亡。逮捕されていない。
基地は憲兵連隊の監視下に置かれている。
こちらにも、憲兵連隊の一部が派遣されるようだ。
それから、細々とした連絡があるらしく、バルサムに席を譲った。ローザと共に宿内に設けた執務室に戻る。
「ローザ」
「はい。数人の者を付ける。一旦王都へ戻ってはどうか?」
表情が曇る。
「それは命令でしょうか?」
「命令というか、ルークのことが心配だろう。俺はまだ戻ることはできないからな」
「もちろん心配ではありますが……」
ん?
「ルークには、エストを始め館の者達が付いております。私が戻ったところで、何かが改善するわけではありません」
「そうかも知れないが。良いのか?」
「あわてて動けば、館が瑕瑾と見られ、却って標的と成りかねません。私は、従者の任を果たし、ご一緒に王都へ戻りたく存じます」
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訂正履歴
2020/11/18 ”馬車が音もなく”と”車輪が軋る”は矛盾するので、音もなくを削除。その他、細々訂正。




