327話 中間管理職
本日(11月3日)は祝日のため一日前倒しで投稿します。11月4日の投稿はありません。
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ううう。久しぶりに風邪引きました。全身だるいです(平熱です)。
物語の時系列は戻り、3月3日。
領都オリヴィエイト城外。国軍駐屯地。食堂で遅めの昼食を食べわった頃。
「ん?」
ベンクトが食堂入り口で立っている。キョロキョロと誰かを探しているようだ。目が有うと、手招きした。
私に何か用があるようだ。
ベンクトは士官学校の同期でよく知っている。輜重中隊の隊長で、仲が良い。互いに出世の速度も似たようなものだしな。
食器を戻して食堂から出ると、人気のない裏に連れて行かれた。
「オスカー中隊長……」
「おう。どうした? ベンクト」
辺りを窺った彼は、人気がないことに納得したのか口を開いた。
「オスカー、大変なことになった」
「どういうことだ?」
「まもなく、出動することになりそうだ。規模的には駐留連隊総出だ」
「なっ!」
今度は、私の方が周りを窺った。
「なんだと? アガート……ってことはないよな?」
「ああ、アガートではない」
だろうな。
アガート王国とは、この領で国境を接しているが、関係は悪くない。
ここ10年程、彼の国は何の示威行為もしてこない。我がミストリアの方が軍事的に優位だからだ。それに、この前条約を結んだばかりだ。おかげで、年末を期して、この駐屯地の連隊総員の4割方が削減され、王都へ戻っていった。
「じゃあ、超獣からの避難民支援か」
辺境伯から、支援要請が出れば、そう言うことになる。
「支援だったら良いのだが……」
「はっ?」
「輜重隊に来ている指令や情報を総合すると戦闘だ。しかも、連隊が主体となる」
「おい。冗談はよせ」
そう返しながら、ベンクトが悪い冗談を言うようなヤツではないことは、俺が一番よく知っている。
「領民を支援できるほど物資の要求は来ていない上に、手配すべきの拠点建設の土木資材、人夫の動員……」
「おぉ、おい。待ってくれ。誰と戦うんだ? 超獣とか言わないよな」
ベンクトは、渋面を浮かべて黙り込んだ。
「いやいや、駐留連隊は普通科歩兵だぞ! 超獣に対抗する武装なんか持ち合わせていない」
国軍としても対抗出来るのは、深緋連隊だけだ。いや、そのためにこそ、彼らが存在するのだ。
「それが……」
「ん?」
「噂の類いだが、もしかしたら……」
「なんだというんだ?」
「新任の参謀長の着任時のことだが」
ああ、あのいけ好かないやつか。去年9月に着任したバズイット少佐のことだ。
「それが第1大隊の輜重中隊が、馬8頭立て重量台車で運んできた大荷物があるそうなんだ。それも3両」
「大荷物? 本当か?」
「とにかく、明日定例会議がある。それで分かるだろう」
†
翌日、定例会議が終わり、大隊長の部屋まで強引に付いていく。
「大隊長。秘匿兵器のことは分かりました」
結局ベンクトの情報は正しかったのだ。
会議では、その兵器を前面に押し出した超獣迎撃作戦が3月6日開始で発令された。
直線状に領都へ向かってくる超獣を、トトナス台地にあるやや切り立った隘地で迎え撃つのが作戦だ。バズイット参謀長が、先程得意げに内容を説明した。忌々しい。
「でも、なぜ我々第2が知らされてなかったんですか? しかも、こそこそ秘密演習をしてたとは。呆れる」
「オスカー大尉。悪いが、元々あれはアガート対策と聞いていてな。条約を結んだ相手の喉元に秘匿兵器が配備されたのが明らかになっては、国際問題になり得かねないと、連隊長から箝口令が敷かれていたんだ」
やはり大隊長は知っていたのか。
「それは分かりましたが。そのとばっちりで、我々があんな物を抱えて右往左往させられるのは間尺に合いません」
「作戦は決定事項だ。我々は連隊司令部の命令に従う義務がある」
「ですが! 元々が人間相手の兵器を、超獣に使って効果があるとお考え……」
大隊長の表情は、信じていないと物語っていた。
「いずれにしても、我々は第1大隊の死命を握って居ることを忘れるな。それ以外は。うむ。それ以外はだ。大尉は自分の信ずるところに従って行動したまえ」
† † †
一昨日。
第1大隊と連携しながら、作戦が開始され、トトナス台地まで移動。突貫工事で陣地を作った。しかしだ。
昨日夕刻、突如作戦変更が発令された。
陣地を捨て、前進すると。
司令部から戦況変化に伴って柔軟に対応するためと、何の説明にもなっていない説明を受けた。何のために我々は、隘地両脇の稜線に丸2日も掛けて陣地を築いたのか!?
不承不承、陣地を引き払った。
そして今日。3月8日。
夜引いて行軍して着いたのは、ティラスト川の右岸、河岸段丘中腹だ。俺はともかく、兵達は疲労困憊だ。
それでも、この地が地勢的に優れているなら、まだ我慢ができる。しかし、昨日まで居た陣地の方が、明らかに戦術的に優れているのだ。
到着から数時間で築かれた急造陣地は、段丘にあるので向こう岸の視認性が高い。が、それはここにやって来る超獣にとっても同じこと。要するにここは無防備なのだ。
所詮司令部にとって兵達は遊戯の駒。しかも、補給が効く駒ぐらいにしか思ってないに違いない。今に始まったことではないが。忌々しいこと、この上ない。
我が中隊は、数時間で築かれた急造陣地の後方に移動した。
あれが、秘匿兵器ねえ。
3ヤーデン角の重厚そうに見える黒い匣が、それぞれ100ヤーデン程離して配置されている。その周りを慌ただしく兵が動き回っている。
いけ好かない参謀長は、あれらを使えば超獣すら屠ることが可能と豪語していた。
超獣は射程200ヤーデン程の猛烈な炎を吐き出すと言うことだ。対して我が方は、それを大きく上回る450ヤーデン程届くので、理論上射程外攻撃が可能であり、負けるはずはないそうだ。
釈然としない。そんなに簡単に行くなら、果たして超獣が人類の脅威になる物だろうか。これは小官の勘でしかないが。
ここに超獣が現れるのは明日という情報だったのだが、先程の伝令ではいよいよ近づいて居るとのことだった。昨日の日没以降、速度を上げており、しかもいつもは数時間は停止していたにもかかわらず、昨夜はずっと動き続けていたらしい。兵達の緊張感が増してきている。
1時間程前には遠くに土埃が上がって居る程度にしか見えなかった怨敵は、対岸のだだっ広い段丘の頂きを越え、その姿が見えた。
斜面を下り始めると。禍々しい全身が露わとなった。
黒光りする外骨格で節がいくつもある、節足動物だ。その不気味さが、怖気を誘起させる。
比率的には少し短いが、巨大なムカデのようだな。遠目に見ても巨大だ。体長はざっと40ヤーデン、移動は人間が歩く程度というところか。
連隊はこんなものを相手にするのか?
「おぉぉ……」
超獣が、赤黒い焔を吹いた。
斜面に無数に茂った低木を縫って火が進み、一瞬で燃え上がった。多くの者が仰け反った。
黒煙を上げて燃え盛る茂み。しかし自ら進路を塞いだと思った数秒後、焔を物ともせず、焦げ茶の体躯が割って出て来るではないか。
何てヤツだ!
今度は声も出ないのか、息が荒くなっただけだ。その間も身体の側面から、幾本もの細長い脚を周期的に動かしながら迫ってくる。
「中隊長殿!」
「何だ?」
副官が寄ってきた。
「中隊長殿は、魔術師の素養が高いのですから」
ああ、我知らず痛む頭を押さえていた。
そう。超獣は周囲に邪な魔界を張り巡らす。それは魔術の根源である魂に働きかけ、術者の身体を硬直させ無力化する。特に昇華の瞬間は強烈で、脆弱な者や不幸にして魔力の強い子供などは心臓が止まり死に至る者もあるらしい。
「大丈夫だ。支給された薬は朝に服用した」
幸い硬直を抑制する丸薬は存在する。何でも超獣を昇華させることなく、撃滅した時に得られる魔結晶を使って精製されるらしい。
「それならば……」
言葉と裏腹に副官は心配そうだ。小官が人事不省に陥れば、中隊の危機だからな。
それとも我が隊が運んできた荷車を、恨めしそうに睨んでいたのが良くなかったか。皆、あの荷、つまりは秘匿兵器の弾の危険性を頭では理解しているからな。
あいつのおかげで、第1大隊と付かず離れずを維持しなければならない。
離れれば後詰めの意味がないが。近付きすぎれば、現在匣に装填されている弾が破裂して、超獣ではなく我らを襲うことになるからだ。何て物を運ばせやがるんだ、司令部は。
彼我の距離は600ヤーデンを切った。まもなく戦端が開かれるだろう。
「オリヴィエイト駐留連隊に告ぐ!!」
上?
陣地を超え一帯に響き渡る声。しかも頭上から。
思わず見上げると、青空に白い物が見えた。雲などではない近距離、百ヤーデン程の高みだ。
「人間……」
副官の呟きと視覚は一致していたが、理性が拒む。
しかし、人だ。はためいているのはローブだ。
「上級魔術師の職権に基づき命ずる。直ちに撤退せよ! 繰り返す直ちに撤退せよ!」
とんでもない音量……拡声魔術か。
小隊長達が寄って来る。
「中隊長、どうします? いやその前に、あれが上級魔術師というのは本当でしょうか?」
副官の疑問は分かる。
「そうです。彼らは皆、紅い制服なのでは?」
「いや。去年、軍人でない者が上級魔術師となったと聞いた。空を飛べると言うから、間違いない」
「ならば、あの空飛ぶ者の命に服す必要があります。そういう法律が」
しかし……。
「いや、追っ付け、連隊司令(第1大隊長)から連絡があるはずだ。我らから動けば第1大隊は孤立無援になる」
「「はっ!」」
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訂正履歴
2020/11/03 誤字脱字修正
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/06 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




