324話 事の肇め
さてさて、14章の始まりです。張り切って描きますので、お楽しみに。
是非ブックマークをお願いします。
光神暦382年も3月になった。
この間、年が革まったばかりの気もするが、もう2ヶ月経っている。1月、2月とルークの誕生とそれに伴う出来事で慌ただしかったからな。
彼が居る日々が日常となり、ようやく落ち着いてきた。
穏やかな日々も悪くない……などと、考えていたのが良くなかったのだろうか──
事務仕事が一段落して、ローザがお茶に致しましょうと席を立った時。廊下を大股でこちらに向かってくる気配があった。
数秒後。
「失礼致します。御館様!」
公館執務室に、バルサムが入って来た。
「先程、(国家危機対策)委員会より先触れが来られ、11時に使者がお越しになるとのことです」
ふむ。
今月は、超獣対策特別職としては非番だ。
にもかかわらず、委員会から先触れ付の使者が来るということは重大な事態。出動命令に違いない。実は、今月初めに超獣出現の報が入っている。
「ダノンに伝達。本日11時30分より幹部会議を始める。とりあえず集まることができる者だけで良い。そうだな、時刻が時刻ゆえ昼食を摂りながら、実施すると伝えよ」
「はっ!」
バルサムが辞して行った。
「出動になりますか?」
傍らの席に座り直したローザが少し心配そうだ。
「確実だな……ああ、分かっている」
「ありがとうございます」
筆頭従者に返り咲いた妻は少し微笑んだ。
†
「綸旨! 上級魔術師ラルフェウス・ラングレン子爵に命ずる!」
「はっ!」
俺は片膝を特別応接室の床に着いた。
11時の鐘と共に現れた委員会の使者は巻紙を広げる。
「今般、グルモア辺境伯領に出現した超獣382-1、通称キュロスを討伐せよ! 光神暦382年3月11日までに、同領都オリヴィエイトに到着のこと。なお、ラルフェウス卿が先任である」
綸旨と命令書を受け取り、立ち上がって後者に目を通す。
「承った」
「ほう。非番にもかかわらず、即答なのですな。ああいや、失礼。ではこちらに署名を」
先任とは、1番最初に出動する者のことだ。ならば否やはない。
一瞬相好を崩した使者から請書を受け取る。署名して返すと使者は帰っていった。
ダノンに命令書を渡し、モーガンにざっと指示して大会議室に向かうと、既に幹部達が集まっていた。非番中だが欠けはない。
席に着くと、本館のメイド達が湯気を立てたスープ皿を運んできた。
「さて、食べながら聞いてくれ」
皆は、匙を持って食べ始めた。
「先程、委員会の使者が来て、出動の綸旨を受けた。今月は非番であるから、指名出動だ。そして先任と告げられた」
「おおぅ、初の先任ですな。おめでとうございます」
「「「「おめでとうございます!!」」」」
ダノンの音頭で皆から祝辞を受ける。
先任とは、他の超獣対策特別職に先だって出動して活動するということに過ぎない。しかし、実質的に駆除の方針を立てることになるため、後続の特別職が到着しても現場を仕切ることになる。委員会というか国王陛下も、我々がその任に耐えうると認めたという証左だ。
したがって、先任となるのは名誉なことだ。
「10月の出動以来4ヶ月余り、団員も流石に訓練、訓練で嫌気がさしているようですからな、喜ぶ者も多いでしょう」
バルサムが大きく肯く。
「そうだと良いがな。出動先は、グルモア辺境伯領だ」
「グルモアというと……」
「去年の7月に行きましたな」
アリーが訊き、ペレアスが匙を持ったまま言い添える。
「ああ、アガート国に行く途中で寄った場所だ。辺境伯のセバンテス辺境伯は我が遠縁だ」
正確に言えば、ローザの義実家の遠縁で血縁ではない。
「その縁で指名をされたということでしょうか?」
「おそらくそうだろう」
うむ。塩加減が良いな、このスープ。
昼食の所為か具は少ないが、なかなか濃厚で美味い。最近公館付きの料理人が代わったと聞いたが。
「救護班長」
「うぐっ……はい。何でしょう? 団長」
アリーは、あわてて飲み込んだな。
「救護班の出動準備はどの程度掛かるか?」
「そうですね。団員だけなら明日にでもと答えられるのですが……」
「光神教会の派遣組か……」
救護班は団員と前記派遣組から成る。
前者の増員を図っているが、何しろ人数が要る。よって未だに後者も欠かせない。
教会は、被災地からの好評を得ているようで、幸いなことに協力的だ。
派遣人数も最初は常駐者2人から始まったが、今では10人程度動員して貰えることになっている。ただ常駐なのは、エリザ女史含め館に居る4人だけだ。それに、今月はウチが非番であるため、急に集まるかどうかは微妙だ。
先任は名誉ではあるが、状況としては我々の他にまだ誰も到着していないということだ。被災者は待ちわびていることだろう。駆け付ける早さが重要だが、さりとて準備を怠るわけにはいかない。
準備に最も時間が掛かりそうなのは救護班、次は補給班だ。だから、ダノンも質したのだろう。
「会議が終わり次第、確認して報告します」
「ああ、頼む」
「今日は4日だ。7日には王都を発ちたいと考えている。各自その線で準備を進めてくれ。6日の段階で判断するが、間に合わないようであれば、救護班は2回に分けて、出動してもらう」
「りょ、了解しました」
アリーの眉間に皺が寄った。
方針が大筋まとまり、昼食を兼ねた幹部会議が終わると、大会議室からアリーが飛び出すように行った。仲が良く、教団に顔が利くエリザ女史に相談に行ったのだろう。
エリザ女史。
学位を取得したことを受けて、俺は修学院を正式に卒院した。だが、なぜかまだ館に居る。無論光神教団の意に沿っては居るのだろうが、俺の担当教授ではなくなっているので彼女がここに居る名分はないはずだ。魔力は高いし、回復系魔術の能力も高く、騎士団としてはありがたい限りだが。
次は、家の方だ。
公館執務室に行くと、モーガンとブリジット、そしてレクターが居た。
「ご苦労。食事はしたのか?」
「はい。ご懸念なく。それより出動の日取りの方はどのようになりましたでしょうか?」
「ああ、騎士団の幹部会議で、王都発7日を目指すこととした」
「7日。3日後ですな」
「ああ、追っ付けダノンとケイロンが予算案を持ってくるだろう」
騎士団がなぜ予算案を持ってくるかというと、その活動が子爵家事業の1つだからだ。つまり国の代表である国家危機対策委員との繋がりは、俺の特別職雇用契約しかない。騎士団への責任は負っていない。
軍所属の特別職を支える深緋連隊は、担当している特別職が仮に職を継続出来なくなったとしても、軍所属であるため担当が変わるだけだ。しかし、ウチの騎士団の場合は解散ということになる。委員会は関知しない。
基本的には騎士団自体の収入は、団員給与に対する補助金と、寄付金だ。寄付金は出動先の地方領から受け取ってはならないし、上限も同一人から年間500ミストまでとなっているので割合としてはそれほど大きくはない。
残る大半は、俺の特別職に関する収入で賄う必要がある。特別職の俸給の他、1月に基礎経費として7千ミストが支給されているので、それで賄うのだが、俺の収入は子爵家の収入だ。
よって、騎士団の出動予算は、同財務担当が立案し、家宰が俺の承認を受けて、家令に申請を出し、最終的には俺が決裁する。
甚だ非効率のように見えるが、税法上仕方がない。
予算案については、当然ながら今から策定を開始するわけではなく、いくつかの基本案から選択すれば、概ねできあがるように準備してある。
「承りました」
†
5日夕方。
本館に、ダンケルク家の義母がやって来た。
用件は大体想像が付いている。本日、出動の官報が出たからだ。
応接ではなく、居間で応対した。
「義母上。ようこそいらっしゃいました。お呼び戴ければ伺いましたのに」
表情が優れないな。横に座るローザも察したのか少し心配そうだ。
「いえ。ただいま婿殿はお忙しい身、そうは参りません。今日こちらに参るのも、結構迷いました」
やはり官報を見たのだろう。
「ああ、騎士団の者は大わらわではあるのですが私自身はそうでもありません。お気兼ねなく」
「では、あまりお時間を取るのも申し訳ないので、率直に申し上げます」
「はい」
「近くグルモアへ赴かれるとのこと。我が遠縁の領地ではありますが、余りご無理をなされないよう、お願い致します」
むぅ──
「お義母様!!」
おっ?!
思わずローザを見る。結構な剣幕だ。
「旦那様は、賤しくも公務として出動するのです。それが、縁者の領地であろうと、そうでなかろうと、旦那様のやり方が1リンチも揺らぐことはありません!」
言い切ったな。まあその通りだが。
「おっ、おう……」
義母上も低く呻いた。
ローザも俺のこととなると容赦がなくなる。その上、最近は高まった霊格値に見合う威厳が加わっているからな。
「ローザ、控えよ。義母上が困っておられるだろう」
「はい。申し訳ありません」
「そうだ。ルークを連れて来るのではなかったか? 遅いな。ローザ。ちょっと見てきてくれ」
「あっ……はい」
ローザが立ち上がり、お付メイドのイレーネが、一瞬私がという顔をしたが、はっとして止まった。俺の意図を察したようで、何も言わずローザに付いていった。
廊下に通じる扉が閉まった。
気が付くと、義母上は瞑目していた
さてどう宥めたものか。
「ああ、羨ましい」
はっ?
声は義母上の後ろに立ったマーサさんだ。
つられて、義母上が目を開けた。
「いやあ。良い娘さんをお持ちになりましたね。奥様」
ふむ。
「実の娘でも、あそこまで親に遠慮なく言えるものではありません」
これは、ローザを庇ってくれるのか?
「はぁぁ、そうよね。年寄りになると、誰も叱ってくれなくなるわ。娘ぐらいよね」
「そうですとも」
「はあ、婿殿。さっきは堪えました。どうやら、目が曇っていたようです。失礼なのは私の方です。申し訳ありません」
義母上の顔色が戻っている。
「ああ、いや。そんな」
「ルーちゃんを連れてきたら、謝らないとね」
ノックがあって、ローザがルークを連れて来ると、居間が一気に明るくなった気がした。
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作者コメント
「革まる→改まる」のご指摘を戴きました。ありがとうございます。しかしながら思うところ有りまして、変更せずいかせて戴きます。
訂正履歴
2020/10/24 脱字、モーガンの出動の聞き方を訂正
2020/12/27 決済→決裁
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)




