閑話7 訪問
13章も今話で打ち止めです。次話から14章始めます。
「奥様。こちらです」
王都西街区の住宅街で貸し切り馬車を降り、一本入った通りの路地に建つ、石造り7階建ての集合住宅前まで来た。
メイドのイレーネが入り口に立つ屈強そうな警備員に話を付け、中に入った。中庭が有って進むと、身なりの良い老婆と擦れ違う。ここは民間の建物だが、官僚が多く入居しているそうだ。いくつかある建屋のひとつに入り、階段を昇って3階分昇ったところにある部屋。
307号室、ここだわ。
右手を伸ばして、ノックしようとしたイレーネを止める。
自分で扉を3度叩いて少し待つと、中から開いた。
「ローザさん。お待ちしてまし……た」
最後に少し間が有ったわね。4人で来たのが少し意外だったのだろう。
「ナディさん。こんにちは。大勢で押し掛けて済みません」
「いえいえ、どうぞ中へ、お入り下さい」
差し渡し15ヤーデン程の部屋、居間のようね。
この前館にナディさんが来た時に聞いた話では、バロール殿が新居を用意できるまで、ナディさんのために借りた部屋だそうだ。
「まあぁ!」
右手の壁を目にして、思わず息を飲む。
1.5ヤーデン角程のタペストリーが壁に掛かっている。
向かい合う2羽の孔雀──
思わず引き寄せられた。
派手な雄と淑やかな雌だろう。
素人目に見てもすばらしい。これはバロール殿とナディさんに違いない。
「はぁ……これも、ナディさんが作られたの?」
「あぁぁ。はい」
「はぁぁ。見事の一言だわ。ねえ。アリー」
私の横で、食い入るように見ている。
「むぅ……確かに。これ、お1人で作ったんですか? どのくらい時間が掛かるんでしょう」
「はい。そうですね。1ヶ月くらいでしょうか。ああ、ではどうぞ、おすわ……いえ、お掛け下さい」
ソファーは4脚分有るが、私とアリーが座り、2人のメイドは壁際に立った。
「ところで、アリー様と仰ると、この前仰っていた……」
「はい。妹です」
「ですよね。お顔が結構似てらっしゃいます」
最近よく言われる。
歳の差は昔から変わらないけど、比率は小さくなってきているし。少しはアリーも淑やかにするようになってきたからか。
「ナディさん。お姉ちゃんのお友達になってくれたそうで。ありがとうございます。ぜひ私とも仲良くして下さい」
「あっ、はい」
よろしくと言いながら、ナディさんと握手している。本当にこの子は、友達を作るのに積極的よねえ。
「そう言えば。以前、館にお伺いした時、ローザさんはスワレス伯爵領ご出身と聞きましたが、アリーさんもご一緒に王都に来られたのですか?」
「はい。旦那様とお姉ちゃんと一緒に」
「旦那様? ご結婚されているんですか」
まあそう言う話になるわよね。
「はい。先月会ったでしょう。ラルフェウス・ラングレン」
「えっ?」
ナディさんは、私の顔を見た。仕方なく肯く。
「それはどういう?」
「ああ。お姉ちゃんが本妻で、私が第一側室なの」
「へえ。それはまた……」
声をなくして、私の顔を見た。
明らかにナディさんが引いている。
「やっぱり貴族は、お妾……側室を持たれるんですね」
思いっ切り気を使っているわ。
釈明しないと、そう思った時。
「ああ、旦那様はお姉ちゃん一途だったから、お姉ちゃんと協力して長ーい時間を掛けてね説得したのよ。私から迫って迫って……」
アリーが先に説明した。
「そうね」
「はぁぁ、アリーさんから迫ったのですか。なっ、なるほど。危うくラングレン様を酷い人と誤解しかけました」
良かったわ、分かってくれて。
「で、もう1人側室をね……増やそうかと」
「えっ!?」
「もう、アリーたら」
驚いているナディさんは、良い人だけど。アリーはすぐ人に心を許すんだから。
「済みません。ナディさん、今の話は他言無用で」
「もっ、もちろんです。絶対言いません。ああ、失礼しました、お茶の準備を……」
ナディさんは立ち上って廊下に向かい、それをイレーネがお手伝いをと言って追いかけていった。
お湯が沸いて用意が調い、ナディさんがお茶を淹れ始めた。
そのやり方を、しっかりと見る。
ちらっと、アリーの方を見ると顔を顰めている。
「どっ、どうぞ」
注がれたカップを摘まみ、まず水色を見る。少し薄いわね。鼻の下で薫らせて、一口喫する。
「ふーむ」
「いかがでしょう?」
「そうね。少し蒸らし時間が足りませんね」
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん。折角淹れてくれたのに、なんてこと言うのよ」
「ああ。いえ。アリー様。良いのです。ローザさんは、お茶の師匠なのですから」
「お茶の師匠……また?」
「また?」
「ああ、ウチにサラって人が居て、お姉ちゃんを師匠って呼んでたの。長刀のだけど」
「長刀……ですか? アリー様」
「アリーったら」
「お姉ちゃんは、お淑やかそうに見えるでしょ。だけど、ウチの騎士団でも長刀じゃあ最強に近いのよ。ああ、私に様は要らないから」
「あっ、はい。アリーさん」
「えーと。ではお茶が冷めない間に、良いですか? ナディさん」
メモ帳とペンを出した。
「前回、うちの館で基本はお教えしましたが、自分で淹れたお茶を飲んでみてどうでした?」
「確かに仰った通りです。自分でも飲んでみて、少し薄いと思いました」
味が分かるのは、改善に繋がるから良いことだわ。
「では、解説しましょう。この茶葉ですけど」
「はい」
「一芯二葉の良い茶葉を使って戴いて嬉しいけれど、大きな葉っぱの場合は抽出されるまでに時間が掛かるから。少し長めに蒸らします……ここで難しいのは、季節によって冷め方が変わることです。この差を少しでも小さくするために、ポットを予めお湯で温めるか、蔽いを被せておくと蒸らしている内も保温出来ます。では私が淹れてみましょう」
10分後、頃合いの蒸らし具合になったお茶を、カップに注いだ。
「どうぞ」
ナディさんとアリーにカップを差し出す。
2人が喫する。
「おおぅ」
「やっぱりローザさんのお茶はおいしいです。流石です」
「うーん。間違いない。でも同じ茶葉で。こうなるかぁ」
アリーが眉間に皺を寄せる。
「はぁ。アリーには結構仕込んだんですけどねえ。ムラが有って」
「やっぱり性格が……」
「回復魔術を使う時の真剣さが有れば……」
「ううう。面目ない」
「ふふふ」
ナディさんが笑っていた。
「姉妹仲がよろしくて、羨ましいです」
その後、ナディ師匠に数時間刺繍を教えて貰ってから館に帰った。
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訂正履歴
2010/10/21 誤字、少々加筆
2022/08/06 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




