322話 友ができるとき(下)
今日投稿2話目です。
>で、書いていたら、長くなってしまいました。
>でもキリが悪いので2つに分けて、後半は今日中に投稿します(……在庫少ないんだけど)。
足早に聖獣の前を通り過ぎ、2人をルークの部屋に案内する。
次の間を通り抜けた、奥の部屋。真ん中に小さなベッドがあり、その向こうで待っていた者達が会釈する。
「乳母のエスト、その子のフラガだ」
「ああ、そうかぁ。乳母かあ。乳母も必要だよなあ」
バロール殿もナディさんも、今初めて思い当たったという顔をしている。2人とも、平民として育って居るからな。乳母という存在になじみがないのだろう。わかるわかる。
「差し出がましいですが。もし、乳母がお要り用で、お心当たりがなければ、ご連絡下さい」
「おお、奥方、ありがたい……んん、まあ、ナディが自分で育てる気もするが」
いや、あんたも手伝えよ!
俺も偉そうなことを言えた義理ではない。まあ風呂に入れたりおしめを替えたりしてるだけだが。ローザが嫌がっているからなあ。
「むっ!」
霊格値にはあまり頓着しない魔術師だが、魔力上限値には敏感といって良い。賢者とも成れば、その感知能力は尋常ではない。
感知阻害を施した建物だが、部屋の中に進むと流石に気付いたようだ。
バロール殿は、振り返って鋭い眼で俺を見た。
「どうぞ。息子の顔を見てやって下さい」
やや固まった。
「あっああ。そうだな。ラルフの子だった。では、拝見」
バロール殿が、ルークをのぞき込んだ刹那──
赤子が突如火が付いたように泣き始めた。
「おおう!」
バロール殿が、たじろいたように離れる。
つつっとローザが進み出て、ルークを抱き上げた。
「ルーク。お客様に失礼ですよ。泣き止みなさい」
おいおい。
だが。その言葉が通じたのか、抱き上げられて機嫌が良くなったのか、あっと言う間にルークが泣き止んだ。
「なあ、ラルフ……」
「なんでしょう?」
「いや。あの子に凄く睨まれているんだが」
あの子とは、壁際に立って居る子供だ。
「フラガ。ご苦労。この人は俺の客だ。悪い人じゃない」
「あい!」
そう返事はしたが、何時になく眉が吊り上がった厳しい面持ちは、ほとんど緩和されなかった。ルークを泣かせたからだろう。
「悪い人って……」
「フラガは、乳兄弟の兄ですから、弟を守ろうとしているのです」
「そうかそうか。弟か! 悪かった。良い兄ちゃんだな」
俺とバロール殿が、ルークの側から退くと、ナディさんが寄ってきた。
「まあ。なんて可愛い赤ちゃんなんでしょう」
「ナディさん、抱いてやって下さい」
「えっ!? よろしいのですか?」
「ええ」
ルークがナディさんに渡る。堂に入った抱き方だ。
「慣れていらっしゃいますねえ」
「ええ、実家に居る頃は、弟や妹の世話をしてましたので」
そうだな。
俺が幼少期を過ごした村でも、農家であるなしに関わらず平民は親が忙しい。その上、子供が5、6人は平気で居る。兄姉は弟妹を子守して面倒を見るのが当たり前の光景だ。
「まあ。うちもラルフのところには遅れたが……そのう、子ができた」
ほう。
鑑定魔術は礼儀として使わないので、分からなかったが。懐妊されているのか。
「そうなのですか? おめでとうございます。ナディさん」
「おめでとうございます。ナディさん」
そりゃあ、切実だ。ウチを偵察に来るわけだ。
「おい! 俺にも言えよ」
「あははは。おめでとうございます。バロール殿」
「ありがとう……ところで、ラルフ」
小声になった。
「はい」
「なんか、奥方。感じが変わったな」
まあ。気が付くよな。
「ああ、子供を産んだ直後の女性は、一際美しいと言いますからね」
当然はぐらかす。
何か、生温かい視線で見られた。
「まあ、俺が別に心配することもないか。ラルフが付いているのだからな」
いつの間にか、ルークがローザの腕の中に戻っていた。
ん? なんだ?
ナディさんが、しきりに指で首元をなぞっている。どうかしたのか?
その視線が向いているのは、バロール殿?
「あっ!」
はっ?
「あぁ……うっかりして祝いの品を渡すのを失念していた。すまんすまん」
さっきのナディさんの動作は、合図だったようだ。
バロールは手にされていた魔導鞄から、大きな包みを出された。
「いやいや。バロール殿には、既に銀の食器を戴いております」
「そうです」
ローザも肯く。
「ああ……あれはあれだ」
意味不明な返事だな。
ローザはルークをエストに渡し、代わりに包みを受け取った。
「重ね重ねありがとうございます」
ローザの謝辞に合わせて、俺も胸に手を当てて頭を下げた。
「開けても、よろしいですか?」
「もちろん」
壁際に居たメイドがすっと寄ってきて、ローザを手伝う。中から出て来たのは、布でできた物だ。何だろう?
「涎掛!」
「まあぁ、これは! なんて可愛いでしょう! この刺繍の精緻なこと」
珍しくローザがはしゃいでいる。落ち着き払っているが、まだ20歳だからな。
「そうだろう。ナディは刺繍が得意なのだ」
「えっ? これは、ナディさんが縫われたのですか?」
「ああ、いや。お恥ずかしい」
ナディさんは、はにかんだ。
そういうことか。生まれてすぐ贈られてきたのはバロール殿からのお祝いで、これはナディさんのお祝いということだ。
「すばらしいです。それに5枚も。あっ、ナディさんもお子さんが生まれるのに、こんなにたくさん戴いては……」
「いえいえ。生まれるのは、まだ半年以上先ですから。問題ありません」
「そうだわ! お茶の代わりに、刺繍を私に教えて下さい。ナディさん」
ローザが手渡してくれた、贈り物を見た。
確かに素晴らしい。
これは草木。こっちは幾何学模様、これは……。
「我が家の紋章」
楯の中に狼が居る意匠だ。
「ああ、俺が図案をナディに教えたんだ」
「ありがとうございます」
和やかな対面が終わると、一頻り館を案内した。最後に再来月の披露宴に招待されたので、公務で王都を離れていない限り出席を約束した。
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訂正履歴
2020/10/14 誤字、細々追記
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/06 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




