320話 千客万来
何か、家に客があんまり来ない時と一杯来る時と波が大きいんですけど。なんでですかね。
翌日。ダンケルク家を訪問したお袋さんは、3時頃にはエルメーダに帰って行った。義母上は残って、しばらくローザの世話とエストに乳母の指南をしてくれるそうだ。
さらに次の日。
予告されていた王宮からの使者が来ると先触れがあり、本館のホールで待ち構えている。
なんだと!
「旦那様?」
【擬人装 改】【擬人装改】
思わず振り返った勢いが不自然だったからか、ルークが寝る籐籠の脇に控えたローザがギョッとした。反対側に伏せていたセレナも上体を立ち上げた。
「ああいや……」
「お着きです」
王宮から差し向けられた白亜の馬車が、敷地内に入ってきた。
ぎりっ──
我知らず奥歯を噛み締めた。
御者が降りて扉を開く。致し方ない。
俺は跪いた。
「国王陛下、御名代にございます」
使者は、音もなく床に降り立つと、離れ1階のホールへすたすたと入ってきた。
「やあ。ラルフェウス卿。久しぶりだね」
使者は少女の風体をしていた。
賢者ディアナ──
国王陛下の名代として使者に来たのは、以前妹を密かに調査に来た女だった。
興味があるのかないのか、ちらちらと室内を見回したあと、ふと止まった。
眼が合い、戦慄が背筋を駆け上がる。
時空魔術を発動したのか?!
ローザやモーガン、そして執事達も凍り付いたように動かない。
いつの間に? 2度目だが……精妙に過ぎる魔術だ。
「ほう。動ける者が卿以外に居るとはな……」
聖獣として霊格を高めたセレナがゆっくりと立ち上がり、猛った形相を術者に向ける。
そして、もう1人はルークだ。
籐の籠の中で、ジタバタと手脚を動かしている。
「これは驚いた。卿の子だから尋常ではないとは思っていたが、末恐ろしいとはこのことだ」
「で。何しに来た?」
この魔術は無害だ。だが怒りが消えることはない。
「前にも言ったが、私は卿の先達なのだがね」
10歳代の見た目をしているが、何倍も生きているだろう。
「無礼は赦そう。卿の息子を見せて欲しい。侍従長に報告しないといけないのだ」
「侍従長?」
「この前、王宮の執務室で陛下と一緒に会ったであろう?」
「賢者が、なぜ侍従の使い走りをしている?」
「言っておくが、今日は陛下に頼まれてきたのだ」
今日は、か……
「陛下……使者というのは本当なのか?」
「無論だ」
渋い顔で肯いた。どうやら嘘ではないようだ
「わかった」
【解除:擬人装改】
魔力はともかく、霊格値はそう簡単に見えない。しかし、この賢者ならと思って咄嗟に擬装したが、陛下の使者であるなら致し方ない。
ルークを指す。使者ならば危害は加えないだろう。
「ふん。小細工を」
さて、ローザの方の擬装は見抜かれては居ないようだが。
賢者が一歩踏み出した時、セレナが喉を鳴らした。
「ラルフの 子に 何かしたら 殺す」
「了解だ、聖獣殿。さぁて、お顔をはい・け……なんだ、これは?」
俺の子を見て、何を言う?! 改めて、失礼なやつだ。
だが。膝を付いて俺を見上げたディアナは、醜悪なほど顔を引き攣らせていた。再び無言でルークを厳しい形相で見つめた。
ふむ。その射貫くような視線を、感じ取ったか取らぬか。俺の子は、機嫌良さそうに声を上げて、産着に包まれた腕を動かしている。
ディアナは、やがて立ち上がって俺を睨み付けた。
「説明してもらおうか! この3つの聖印のことを」
「聖印? 聖印とは何だ?」
「とぼけるな! この赤子の額に刻まれているだろう。見えないのか?」
館で見えているのは、俺以外には居ないが。
「見えてはいるが、聖印と呼ぶことを知らなかっただけだ」
聖獣が光の渦と化して消えた後、ルークの額に光の紋章が残った。普段、肉眼では見えないが、俺が近付くとほんのり光る。
「ひとつは、そこに居る聖獣殿として、もうひとつはイーリス殿……最後のはまさか」
まあ、プロモスの聖獣のことは報告してある。賢者である彼女の耳にも届いていることだろう。
「卿は何者だ?」
「上級魔術師だ」
ディアナは舌打ちすると、馬車の前に戻った。
「子爵ラングレン卿。国王クラウデウス6世陛下の祝辞を伝える」
世界は宣言と共に、再び時の歩みを取り戻した。
†
「婿殿、それは本当なのですか」
使者が来た4日後、俺はダンケルクの館へ呼び出された。
横にはローザも座って、この館の女主人に向かい合っている。
「真です。もしそのような事がありましたら、一番に義母上のお耳に入れます」
「そうなのですか?」
なおも疑わしそうな表情で、ローザに視線を向ける。
「本当です、お義母様。確かに王宮よりご使者が来られ、国王陛下よりご祝辞を戴きました。しかし、この新聞に書かれているようなことは、ございませんでした」
ローザは、あのとき固まっていたけどな。
ちなみに新聞記事とは、第7王女クリスティナ様とルークの縁談の話だ。もちろん王宮というか侍従が市中に撒いた流言だ。既にかなり尾ひれが付いているが。
最初それを報じたのは一紙だったが、昨日には大なり小なり記事として扱っていた。
彼らの流言の流布は、かなりの成功と言えよう。流石だ。
「ローザさんが、そう言うなら。そうなのでしょう。婿殿は役目柄、本当のことを言えないことも有りますからね」
鋭いな。
「ははは。昨日今日出来た貴族家に、王族の降嫁など有り得ませんよ」
「常識で言えば、そうでしょうけれど。他ならぬ婿殿ですし。私も祖母ですから、日頃疎遠になって居た方からも問い合わせがあって、大変だったのですよ」
「災難でしたな。ウチにも、いくつか来ましたし、新聞もいくつか取材申し込みがありました」
「ほう!」
何か期待してるが。
「無論、事実無根ということで、取材は断りましたが。誰がそのような嘘を。全く腹が立ちます」
「そうですか、分かりました」
†
本館玄関前に、辻馬車が横付けになった。
「いらっしゃい、バロール殿」
「いらっしゃいませ」
客人が降りてきた。
上級魔術師にして、賢者のバロール・ディオニシウス子爵だ。
「よっ! 博士。久しぶりだな……ああ、これは、奥方。こんにちは」
にやっと笑っていたが、ローザを見て表情が締まった。
ルークに対する流言が記事になった時に、学位を取得したことを、おまけで報道された。黙っていたのが気に入らなかったのか、少し前から俺をからかって偶にそう呼ぶ。
「お元気そうで」
「ああ」
彼は、振り返ると同行者の手を牽いて下ろした。
降りてきたのは女性だ。ほっそりと痩せた姿、年の頃は見た目30歳位でバロール殿と同じぐらいの齢だろう。
軽く会釈しあう。
「では、中へどうぞ」
ホールを右に折れて、元に戻った応接室に入った。
「奥方。この度は、おめでとうございます」
そう。7日前にバロール殿から書状が届き、息子誕生のお祝い方々、館を訪問したいと書いてあったので、承諾して今日を迎えた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます。バロール様」
「あっ、ああ、こちらは。婚約者のナディ、ああナディスだ」
「初めまして。し、子爵様、奥様。ナディスと申します」
ぎごちなくスカートを軽く持ち上げて挨拶した。
なかなか整った容貌だが、緊張しているのだろう、少し強張った表情だ。
「初めまして。ラルフェウス・ラングレンと申します。バロール殿には、上級魔術師に成ってから、お引き立てて頂いています。こちらは妻のローザンヌです」
「ローザとお呼び下さい」
「はっ、はい」
「どうぞ、お掛け下さい」
ソファーを勧める。
「あっ、あ、あのう。実は……私は平民なのです。このように立派な椅子に座るなど、畏れ多いです」
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訂正履歴
2020/10/10 ローザに行使した魔術の記載追加
2021/09/04 脱字訂正(ID:1562693さん ありがとうございます)




