319話 母
祝300万PV到達! ありがとうございます。
いやあ先日の2000ブクマに引き続き嬉しい限り。
感謝です!
「ようこそ。母上」
本館の玄関に横付けされた我が家の馬車から、メイドに続いてお袋さんが降りてきた。
「まあ、ラルフ。出迎えご苦労様。もう1人母を連れてきたわよ」
もう一度扉を見ると人影が見えた。何だか、ぎごちない動き。いかにも馬車に乗り慣れぬという風情で、中年女性が降りてきた。
「あっ、ああ。ラルフさ……いっ、いえ、子爵様。おひさしぶりでございます」
「義母上、王都までよくお越し頂きました」
俺の乳母から義母になった人。ローザとアリーの生母でマルタこと、マルティナだ。どうしても名前だと呼び捨てにしてしまうな。
「まあ、マルタったら。この子は確かに子爵だけど、あなたの息子なのだから、敬語なんて遣わなくて良いのよ」
「いっ、いえ。そう言うわけには」
「ラルフもラルフよ、黙って連れてきたのに、少しも驚かないなんて。つまらないわ」
いや、馬車が見えた時に、気配で分かって驚きましたよ、少し。
「ははは。失礼しました。息子に……あなた方の孫に会ってやって下さい」
ルーク誕生から10日経った。早くも2月だ。
「そうよ! ラルフよりルーちゃんよ!」
ルーちゃん……ねえ。
「では離れに参りましょう」
「ああ、モーガン殿。追っ付け連れが来るから、よろしくね」
「はい。大奥様」
随行がまだ何人か来るようだ。
お袋さんは離れを見回した
「ふーん、手紙で知らせては貰っていたけれど。ここって、いつ建てたの?」
「12月です」
「そう。あれは?」
お袋さんは、目敏く一角を指差す。
敷物の上に、箱やら紙の包みががいくつも置いてある場所だ。
「ああ、はい。ルーク誕生で贈られてきた祝いの品です」
「あんなに一杯? はぁぁ。貴族ってのはこれだから」
まあ。あれだけではなく、2階の部屋にも置いてあるが。
親父さん、爺様、それにラングレン領内の貴族数家。マルタ義母上。
母方実家のパロミデス家もヨハン爺様と当主デボン伯父、リノン叔父。
ダンケルク本家と分家が数家。ファフニール家は義母上と御当主。
スワレス家はご当主に王都のオルディン殿。
ここまでは予想していたが。
他にも。
プロモス大使館から女王陛下、クローソ王女殿下名義。
クラトス大使館から国王陛下名義。
アガート大使館から国王陛下名義。
超獣対策特別職が関わった地方領主からの贈物は賄賂に相当するので、この線は無いと思っていた。が、国外は関係なかったのは盲点だった。
後は。
ヴェラス王甥殿下。サフェールズ候ゲルハルト内務卿閣下、テルヴェル伯サフィール外務卿閣下を始め数十家の大小貴族。これが量的には大半を占める。
それから、バロール卿始め軍人からいくつも戴いた。中でも一番驚いたのはペルザント卿からだ。丁寧な祝辞と共に、超獣ゲラン討伐時に俺に世話になったと謝意が書いてあった。発作の後、大部分の魔力は喪ったが、日常を送るには問題がないそうだ。少し心が軽くなった気がした。
「いやぁぁ、ウチも旦那様の領主就任時は大変だったからねえ。同情するわ」
「そうですか」
親父さんの方は知らないが、想像に難くない。
うちは大変だったからなあ、主にモーガンと執事達がだが。
まずは、俺の役目柄違法となる相手かどうかを分別し、該当する場合は贈品を返送した。受け入れた物には、礼状に返礼品を贈らねばならない。
『いえいえ。慶事ですから、望むところです』
そう後に控えて居るモーガンが言っていたが、さぞかし彼らは大変だったことだろう。
「大奥様」
「何?」
「ご本家に縁の御家から戴きました分は、まとめてございますので。後程目録をお渡し致します」
「ああ、助かるわ。うちからもお礼状をお送りしないとねえ」
そう言いながら、吹き抜けの下まで移動した。
お袋さん達は、天井を見上げた。
「ふーん。このホールは感じが良いわね。ねえ。マルタ」
「はい、立派です」
「この床の石材は、あれよね」
「はい。父上に貰った物です」
この前、エルメーダに行った時に持って行けと言われて、頂いたものだ。内装では一番目立つ1階のホールに使った。
「なるほどねえ。こういうふうに象棋模様にするのも良いわねえ」
白っぽい石と黒っぽい石を、1ヤーデン角に刻んで、色違いを縦横交互に敷き詰めた。
「ここを象棋の盤として、駒を並べれば遊べますね。やったことはありませんが」
王宮のどこかにそういう部屋が有ると聞いたが。
「あははは、そうね。旦那様は、ラルフが遠慮して小さい石ばかり持っていったと言っていたけど。こういう意匠にするつもりだったのね。ふーむ大きい石ばかりが能じゃないわね」
材質が同じ石材でも、大きい面積が取れる方が割高となる。
「しかし……」
ん? マルタが何か言い掛けた。
「なあに?」
「ラルフ様は、子供の頃から全然ご興味がないと仰りながら、趣味がよろしいですよね」
「我が子ながら、中々嫌味よねぇ」
「そっ、そんなことは」
「まあいいわ。で、ルーちゃんは?」
「2階です。この廊下の先は客室で、そこにお泊まり頂きますが」
「まずはルーちゃんよ! ねえ。マルタ」
「あっ、はい」
「では、母上様方。こちらにお出で下さい」
階段を駆け上がりそうに見えたお袋さんを止め、昇降魔導具に乗って2階に案内した。これ、城に欲しいわと言っていたが、動かすには魔石が必要ですと告げると複雑な顔で考え込んでいた。
「わっ!!」
「あっああ。なんだ。セレナじゃない。びっくりした。マルタ大丈夫?」
「えっ、ええ。大丈夫です。久しぶり見たので……」
2階のホール、リフテンの扉正面に聖獣が寝そべっていた。
「ワッフ!」
首を上げて一声鳴くと、また瞼を閉じた。横の暖炉が赤々と燃えていて暖かそうだ。
「あの子、どこかに行っていたんじゃないの?」
「ああ、ルークが生まれて間もなく、ふらっと帰って来ました」
「そうなの。何か、赤ちゃんを守ってるみたいね」
「ああ、そのつもりのようですよ」
「それは安心ね。ルーちゃんを頼んだわよ」
聖獣の前を通り過ぎて部屋に入った。
「まあ、ローザさん。おめでとう。そして、ありがとうねえ」
立ち上がった妻に抱き付いて、頭を撫でてやっている。
「身体は大丈夫?」
「はい。おかげさまで」
ローザは、産後の肥立ちもよく、出産3日後には床上げし、5日目には普通に暮らし始めた。
「お義母さま。息子を見てやって下さい」
「うん、そうねえ」
ようやく手を離し、ルークの小さなベッドに取り付いた。お袋さん、珍しく気を遣っているなあ。
「ああ眠ってる。ラルフの赤ん坊の頃そっくりだわ。でも唇はローザさん似ね。抱いても良い?」
小声になった。ローザが肯くと、産着に包まれたルークをゆっくりと抱き上げた
「ふーん。重いわね。ちょっと早く生まれたから、少し心配してたけど。これなら大丈夫ね。よかったわ」
はあ。
「あっ、眼を開けたわ。わぁぁぁ。ルーちゃん、こんにちは。ルイーザお母さんよ!」
誰がお母さんか! お婆さんだろうとは思ったが、口にはしない。
「かわいいわねえぇぇ。ほら、マルタ。あなたも抱いて上げて」
「ああ、もったいない」
「もう。あなたの孫なんだからね」
†
「よくやったわね、ラルフ」
2階の部屋にはマルタさんを残し、1階の客室にやって来た。
「ああ、いえ。産んでくれたのは、ローザですが」
「もちろんローザは立派よ。でもラルフも、ちゃんとこの離れも造ったし、ローザを安心させるように手を尽くしてるって、一月前にローザの手紙に切々と書いてあったわ。だから、よくやったわね」
「はあ」
「ルーちゃんは、元気だし。何か神々しいし。あの人や、御義父様、お義母様にも良いお知らせができるわ」
「母上」
「なあに?」
「マルタさんを、連れてきてくれてありがとうございます。ローザも気が楽になったと思います」
「そうよ! もっと母を褒めなさい。ふふふ。本当は生まれる前に連れてきたかったのだけど。こればっかりは仕方ないわね」
出産は予想より早かったからな。
お袋さんは、半勘当状態でラングレン家に嫁いで来て、すぐ俺を産んだからなあ。周りは、親父以外は気心知れていない者ばっかりだった。俺がまだ子供の頃、そう自分で言っていたから、ローザにはそういう境遇を味わわせたくないのだろう。それで、マルタさんを連れてきてくれたのだ。
「それで、正直ルーちゃんはラルフから見てどうなの? ああ、普通の話じゃなくて」
来たか。これだからお袋は侮れない。
「ああ、まあ……まだ分からないことだらけですが。正直霊格値は赤子とは思えないほど高いと言わざるを得ないですね」
「はあぁぁ、そう?! ラルフが言うんだから相当よね」
「親の欲目も有りますが」
「まあ! 親の欲目って、生意気ね。生まれてから、たった10日で、もういっぱしの親になったつもり? これからたぁくさん苦労するんだからねえ。どんないい子でも、良い子は良い子なりにね。でも、良い子過ぎるとかえって大変かもよ」
「ははは」
なにか癇に触ったようだ。
「笑い事じゃないのよ。育児ってのはねえ……いやまあ、私も立派なこと言える立場じゃないけど。そうかあ、私も遂にお婆さんになったのねえ。まだ36歳なのに……」
さっき詐称していたろう。きっとルークに初めて嘘を吐いた人物だな。
「はあ。すみません」
「まあ、ラルフが子煩悩だってことは知っていたけれど」
「そうですか?」
「だって、ソフィーをずっと可愛がっていたからね。でも自分の子はちょっと違うかもと思っていたのよ。でも安心した」
「それは何より」
「でも、ルーちゃんは男の子なんだから厳しく育てるのよ!」
はっ?
生温かい目線を向けてみる。
「ああぁ。私は良いのよ、お婆さんなんだから。でも父親はだめよ! 男の子は、厳しく育てて、この父を乗り越えるんだぁって思わせないとね」
「そんなもんですか」
「そうよ。それから、子はたくさん作りなさい。ルーちゃんが上級魔術師に成ったら、うちの領地を継げないかも知れないから、少なくとももう1人男の子をね。あと女の子は育てるのが楽しいわよ」
「はあ……」
相変わらず、お袋さんは遠慮がないな。
「そうね折角だから、アリーだけでなく、プリシラさんも側室になさい。あの子は、あの子で、器量はちょっと……まあローザとかに比べるとあれだけど、2人と違う良さがあるからね。そう言えば、ローザに久しぶりに会ったけど、なんか感じが変わってない?」
「そうですか?」
心当たりがありすぎる。
「そうよ。なんて言うか、肌艶も良くなってるし……どこがどうってわけじゃないけど」
「まあ、ルークを産んで思うところが有ったんじゃないですかねえ」
お袋は、ふーんと唸った。
いつまで続くのかと思った時。
「失礼致します」
ノックがあって、メイドがお茶を持って来てくれた。
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2020/10/07 手紙で聞いていたけれど→手紙で知らせて貰っていたけれど
2021/11/20 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/06 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




