31話 災厄の爪痕 あるいは 本当の闘い
災害は起こった時も無論大変なことですが、本当の闘いは、そのあとのことかも知れません。
アリーは、お父さんが馬に2人乗りさせて駈けだした。
僕はと言うと。
【セレナ、来い!】
ワォォォォオオオン!
念で呼ぶと、やって来た魔狼に跨がり、後を追う。
セレナは、逞しく育っており、30ダパルダ強の僕を乗せて疾走するなど訳ない。しかも夜目が利く。
月明かりあるとは言え夜だ。馬の速度はさほど上がらない。すぐ追い付く。
【マールと並べ!】
ワフッ!
マールとは、お父さんとアリーが乗ってる馬の名前だ。
併走状態まで追い付く。
耳がこっちを向いてる。
【マール!】
右目もこっちを向いた
【マール。明るくなるが、驚くなよ!】
セレナ程では無いが、マールにも意思を伝えられる。
速度を上げて、横を擦り抜ける。
【光輝!!】
左手を下げると、発した光で道がぼんやり照らされた。元来が臆病な馬が驚かないように、ゆっくりと光量を上げていく。
ハァッ!
気合いの声が聞こえ、お父さんの馬も速くなった。
15分も走っただろうか。
集落の南端まで来た。インゴート村だ。どんどん空気の焦げ臭さが増している。
「お父さん!」
「ラルフ!」
セレナを停めて、お父さんの馬も止める。
「少し待って下さい」
【探査!!】
魔獣の反応はない。
「大丈夫そうです。行きましょう」
顔が熱い。
かつて家であった物、今や瓦礫の山が焔を上げて燃えている。
この辺りの家は、日干し煉瓦か石組みの壁に、板や藁で屋根を葺いてある。火には弱い。怪我人は居ないかと探ってみたが、人気はない。あるのはもう少し北だ。
消すべきか?
いや、周りは何も無い。延焼しても被害が増えるわけではないか……今は生者の元へ。
「集落の中央へ行こう」
並足で走ること数分。集落の真ん中に着く。
月が高く上がり、ある程度見通せる。
小教会の前の小綺麗な広場……があったところのはずだ。が、1ヶ月前に来た時に見た穏やかな景観は見る影もない。地面が1ヤーデンもえぐれている。
周りもひどい有り様だ。
北側にあった小さな教会のお堂は、2階部分がなくなり、1階部分も、僅かな壁が残るのみだ。
周りの家も200ヤーデン程は、ほぼ跡形もなく倒れ、瓦礫が堆く小山と変わっている。
その外も半分以上が潰れている。
北東は何か巨大な物が突っ切ったようにずっと見通しが効き、その他の方角は、この広場を中心に外側へ壁が倒れて潰れている。
もはや、村落とは呼べない土地となってしまっていた。
お父さんは、森の方を向いている。
そう言えば、あっちにも屋敷がいくつもあったのに。
「超獣は、この方角から来て、ここで昇華したようだな。ラルフ」
「……ですね」
この瓦礫の下に人は……? 探査の効力が続いているので眼を凝らしたが、魔力の反応はない。少なくとも生者は居ないようだ。
しかし、それはそれで心配だ。どこかに避難できているのか?
人の反応。こっちへやってくる。
松明の火が見えてきた。
「ああ、これは……ラングレン様」
北に通じる道から声が掛かった。
「おお、マヌエル殿。ご無事でしたか!」
年寄りの男を中心に、数人の農民がいる。
マヌエルと言えば、インゴートの村長だ
「はい。森を抜けてからこの集落へ来るまで、あの大きな魔獣の動きがのろかったゆえ、私含め大半の村人は逃げおおせました」
「そうか! 怪我人はいないのか?」
「いえ、北東の森から、この集落までの間の農家の者が、死人を除けば7、8人程」
「それは、どこに居る」
「少し西に離れた、私めの屋敷に」
「では、そこへ案内してくれ。ああ、非常の時ゆえ、少ないが食料を持ってきた」
「ありがとうございます。助かります。では」
「そうだ! 馬に乗れる者は?」
はあと答えたマヌエル村長は、振り返って話している。
「ああ、馬丁のヨハンが、屋敷にいるそうです」
「じゃあ、行こう」
数分で着いた。
馬とセレナから降りて、セレナにはここで待て命じて、生け垣の中に入る。
ううむ。人が一杯居る。みんな村人のようだ。大体は筵を敷いて座っている。
「皆の衆! 隣村のラングレン様が食べ物を持って来て下さったぞ!! ああ、外に狼が居るが従魔だ! 驚いたり、手を出したりしないようにな」
おおおと響めきが挙がる。
しかし、怪我人は居なさそうだが。
「怪我人は、納屋に居ります」
「案内して下さい」
「ヨハンは居るか!!」
お父さんの声が少し遠くで聞こえた。
僕とアリーが着いていくと、右手に大きい納屋が有った。税となる麦を入れておく村の蔵を兼ねているのだろう。
「むぅ!」
納屋に近付いていくと、血の臭いが濃くなった。その手前、かがり火で照らされるところに、人がたむろっている。筵に人が横たわり、その周りを人が囲んで居る。
「亡くなった者と、その家族です、怪我人は奥です」
すすり泣く声の横を通ると、腕や脚が欠けた者、土にまみれた者、凄惨な光景が見える。が、歯を食いしばって、中に入る。
血の臭いが一層濃密になる。
うめき声、痛みにのたうち回るの怪我人を押さえる姿、阿鼻叫喚とはこのことだろう。
蝋燭がいくつか懸かっているが暗い。
俺は持ってきた魔石を天井に投げた。狙い違わず、太い梁に刺さって輝きだした。
ほの暗かった納屋の中が明るくなる。
おおと、皆が響めく。
「ねえ、ラルちゃん、どうする?」
アリーに囁く。
「悪いけど、助かりそうな者の中で、怪我の具合が重い者から!」
「わかった」
「やっ、やっぱりラルフ君だ!」
「フェイエ君」
「お父さんが、お父さんが死んじゃったよ。お姉ちゃん、お姉ちゃんも腕が腕の骨が折れて!! 回復魔術が使えるんだよね。頼むよ! 早く、お姉ちゃんを!」
まずいことになった。
怪我人の周りの人達が、色めき立つ! 誰だって自分の家族を早く治して貰いたい。
「うちを」
「夫を!」
「娘を!」
【催眠!!】
「ラルフくぅぅん……」
フェイエ君が崩れ落ちた。眠ったのだ。
それに気圧されたのか、みんな黙った。
よし!
言葉に意識して、魔力を上乗せする。
「【皆さん、落ち着いて!】 僕とアリーが助けます。だけど、治療の順番が大事なんです! どうか落ち着いて、【協力して下さい!】」
「……ぅぅ分かっただ! この子は神童だ。騒がずにお任せしよう」
「そうだ、そうだ、そうしよう」
ふう、何とか。皆落ち着いたようだ。
納屋の中を、見て回り、左上椀の途中からもげて出血してのたうち回る男を、催眠魔術で眠らせる。
要治療者9人の順番を決めた。
アリーは、腹に尖った杭が刺さった女に向かう。
早速、回復魔術で金の粒子を降らせ始めた。
僕は重い人から、催眠魔術で眠らせた。
僕はさっき眠らせた、男に向き合う。
この人が一番厄介な状況だ。出血が酷い。縛っている布がぐっしょり赤い。
あの本になんて書いてあったか? とにかく止血!
布を捲ると、患部が赤紫からだんだん白っぽくなってきてる。まずい壊死が始まりつつある。
「よし! あなたと、あなたはこの人の右腕と脚に乗って!」
「へい!」
「この人の腕を灼く、灼いて血を止める! こっちを見るな」
左の靴を脱ぐ。
【閃光!!】
ブスブスと、土間を灼いて白煙が上がる。
「行くぞ!」
僕は、足が血に染まるのを厭わず、患部の少し上を踏みつける。
落ち着け!
魔力逆流を起こすな、僕が痺れたら終わりだ!
よし!
極限まで絞った光軸を近づけ、彼の腕に光束が当たる。
「ギャァァァアアア」
男の悲鳴が上がる。痛みで眠りが解けたか。怯むな!
ジジジと音がして、肉が灼ける臭いが立ち上がる。
くっ。僕の体重が軽い……患者の痙攣で揺れる。
そうだ!
【痛くない! お前の左腕はもう無い!】
催眠を残酷な念暗示で上書きする。
すると、震えが止まった。よし! 今のうちだ。
1分も満たない時間で、切断が終わった。
左足からゆっくりと体重を抜いていく。
持ち上がった。出血は無い。患部が焼けたことで塞がったのだ。
よし!
「はあ……後は」
【快癒!!】
俺の掌からも、金の微粒子が降り注ぐ。
下級魔術の”快癒"では、欠損した部位の再生まではできない。だが焼け爛れた患部なら、なんとか悪化しないまでの状況に持って行けるはずだ。
10分も続けると、爛れた皮膚が無くなり、肩との境界が分からない段階まで来た。
「よし! 次」
「遅い! ラルちゃん、あと6人!」
「べったり血だらけだ、1回手足洗ってくる」
外に出て、洗って戻ってくる。
「よーし、まだまだ!」
†
【快癒!!】
おっ、まずい逆流じゃ無いけど、くらっときた。
あと3人だ。
やばい。
「ラルフ!」
「お父さん」
「しっかりしろ。お前とアリーしかできないことだ」
支えてくれた。
気合いを入れ直す。
それから1時間半程で、9人応急処置が終わった。
アリー5人、僕3人。最後の1人は共同で治した。
「ああ、全部終わった! アリーちゃん、もうダメ」
アリーが最後の患者の横に倒れ込む。
「おお、よくやった。ラルフ! アリー! 母屋に床を用意してくれたそうだ。そちらで休んだらどうだ?」
「じゃあ、先にアリーを!」
「お前は?」
「僕は様子を見てから行きます」
「そうかあ……じゃあ。アリー!」
「動けませーん」
「しょうがないな」
お父さんは、アリーを抱え上げた。
「ラルちゃん、早く来てねえ」
最初の無理な治療をした男の元へ行く。
家族だろう。老婦人が、傍らで診ている。
「出血は?」
「あぁぁぁ、ありません。神童様。なんと御礼を申し上げて良いやら。お二人が来てくれなければ、息子は血を全部流して死んでしまったでしょう」
「まずは、なによりです」
老婦人が、僕の頭上を見ている。
「さ、先程、神童様の頭上に環が、光の輪が見えました」
「ああ、魔石光の照り返しでしょう」
「そうなのでしょうけど。私には、神童様が御使い様に見えました」
「ああ、おらも見ただ。神々しい、ありがたい光じゃった」
「【そのことは努めて他言しないように!!】」
「「はっ、はい……」」
ん?
馬蹄の音だ。
それも、1騎や2騎じゃない……だめだ朦朧としてきた。まだ、何人かに時々回復魔術を……。
ああ、まずい。
幼児の頃味わった感覚が再び襲う。
魔猪も斃したし、城にも行ったし、病人も……。もう魔力がほとんど残ってない。
「こちらです」
「おお。なんだ、明るいではないか!」
この声、最近聞いた気が……。
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訂正履歴
2019/08/10 誤字脱字訂正履歴
2019/10/18 誤字訂正(ID: 855573さん ありがとうございます)
2021/05/07 誤字訂正(ID:737891さんありがとうございます)
2022/10/05 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)
2025/05/03 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)