315話 おとうと?
うーむ。なんだか前半が説明文ばっかりになってしまいました(反省)。その分2話分の長さになっていますのでご容赦下さい。
12月上旬。
先月は非番で特に騎士団の出動もなかった。月番である今月も、これまでのところ超獣出現の報はない。
特命大使の公務も、外務省やアストラ達ががんばってくれて、2、3ヶ国の大使と話は進んでいる。が、俺の出番はまだ先で、少なくとも数ヶ月は派遣はなさそうだ。
一方、外傷治療薬ササンテは、正式に製造認可が下り販売を始めた。
内訳だが。
モーガンが取りまとめた民部省との大口契約向けとしてざっと全生産量の3割を卸している。あとは光神教会に卸す分が2割、騎士団が使う分を含めた在庫を2割を取った、残り3割を市販している。
そう収まるまでに、水面下で結構綱引きがあった。
製造許可に当たって、半分を民部省の備蓄に寄こせと言う話が内々に有ったのだが、俺の意を受けたモーガンが断った。それでは、市販にはほとんど回せず、価格高騰や商流が歪な形になるからだ。
製造許可認定を行う審議会は、形として大臣と独立した組織となっているが、所詮は民部省所管だ。不許可にする材料はないが、嫌がらせとして製造許可が年明け以降にずれ込むことを覚悟した。しかし、現実にはそうはならず、11月に許可が出た。
スードリの調査結果やアストラ筋の王宮庁の情報を総合すると、財務省から圧力が掛かったようだ。ただ、その背後に別の人物が居るような気がする。
しかし、話はそれで終わらず、製造許可に対して販売面で条件が付いた。2年間、民間商会へ新薬を直接卸すことは禁止という条件だ。なかなか理不尽ではあるが、一応大義名分が有った。行き過ぎた価格高騰の防止、市場への浸透つまり旧製品の駆逐の段階化することよる業界の健全な成長を目指すというものだ。
もちろん、直接民間商会に卸せないだけで市販は認められている。卸し先は例えば各種ギルドだ。つまり薬師ギルドに卸させることを誘導しているのだ
これについては、家内で検討したが、結局受諾することにした。
いろいろ理由はあるが、一番大きいのは、そもそも製造許可申請を出した理由が、騎士団と光神教会への大規模供給が有償でできるようにすることだからだ。うちの家から騎士団へ売れば、最終的に経費として国に請求できる。
あとは有期であることだ。
逆にどこにでも販売して構わないと言われても、現状我が家に広く売り捌くような販路は確保出来ていない。どこかのギルドが余剰分を売り捌いてくれるなら逆に好都合だ。2年間で販路を作り上げるとして、それまで大貴族筋からの高圧的な商談を防げると言う利点もある。
そう考えて、これは逆に優遇なのではないかと思ったぐらいだ。
結局、市販向け3割の内、概ね2割を薬師ギルド、1割を冒険者ギルドへ卸している。まあ少し癪だが、引き合いを出してくれた薬師ギルドとの正面対決は得策でない。
ところで、冒険者ギルドは数量制限はあるが安価に冒険者へ小売りしていることで好評を博しているようだ。
エルメーダの工場は俺も何度か現地に赴いて整備を手伝ったことも有って、既に稼働を始めた。サラとゴーレムに憑依したガルにゲドが行きっぱなしになって居る。
他にも会計担当としてブリジットと、家令であるモーガンの多忙を鑑み、新たファフニール家から回して貰った2人の執事も派遣した。
しかしながら、生産量は、能力上限値の半分程度にしかなっていない。地上部分の従業員の募集がはかばかしくないのと、薬草などの原材料および瓶等の副資材の手配量が目標を下回っているからだ。親父さんやバロックさんの尽力で改善はしてきているが。まだまだだ。
まあ、王都の平野部に居る人間と違って、エルメーダ付近の山地に住む人間はなかなか保守的だからなと親父さんがしみじみ言っていた。時間が掛かるのは仕方ない。
†
『あい済みません。本日はお世話出来ませんが、アリーに任せてありますので、よろしくお願い致します』
朝食時、ローザからそう言い渡された。
今日は、彼女の部屋の引っ越しの日なのだ。
今月となって、2月に臨月を控えたローザの腹が目立ってきた。
しかし、俺がヒヤヒヤするぐらい、動き回っている。昇降魔導具が稼働して、階段を上り下りすることなく階を行き来できることも大きいとは思うが。
ところで、ダンケルク家メイドのマーサさんが、リフテンのことを同家で吹聴したらしく、俺が参内している時に再度義母上がうちに来たそうだ。名目は乳母と面談と言うことだった。お陰でローザに強請られダンケルクの館にリフテンの魔導具部分を一基寄贈することになった。
まあ工事は向こう持ちなのだが、どのように建物に繋ぐかとか籠と周りの隙間とか、細々打ち合わせをしなければならず、これなら最初の提案通り、全部自分で造った方が良かったなあと思っている。
それもあって、最近リフテンにモーガンが関心を示している。我が家の新しい事業にしてはどうかと。
今日は休みなので、本館執務室に居たのだが、隣の部屋が騒がしくなってきた。今日までローザの暫定的な私室として使って居たが、離れに向けて荷物を運び出しているのだろう。
ああ、でも、俺がここに居ると彼らが気を遣うか……離れにでも行ってみよう。
離れ、3日前ようやく工事が終わった。
本館敷地内の西南に、他の地で造った建物を魔収納に入れて、ここへ運び設置したのが11月の初めだ。それから、内装の仕上げと本館と繋ぐ工事が続いていたが、ようやく終わったのだ。
執務室を出ると、ホールには荷物が山積みになっている。
今日までローザの居室になって居た部屋から、メイドと執事が慌ただしく荷物を運び出している。物音はこの所為だ。
「レクター」
「ああ、これは御館様。喧しくして申し訳ありません」
彼は、ダンケルク家から新たに移籍して貰った執事だ。
30代で、細々したことに気が付き、先回りして仕事をやってくれる。かなり優秀な男だ。今のところは本館付き執事と言う位置付けだ。ちなみに、ウチの執事はアストラやサダールなど、公務を担う特務執事を含めると12人になった。いつの間にか増えたものだ。まあ公務補助に加え、事業を始めれば人は要る。
「いや、それはいい。それより皆が怪我をしないように気を付けてくれ。万一の場合はアリーに申し出るように」
「はい。ありがとうございます」
積んである荷物を縫って、階段を昇ると2階の廊下を突っ切る。
左に曲がると、離れに通じる新廊下だ。1階と2階のそれぞれで屋外に出ることなく行き来出来るようになった。
ここを建てたのは、今の本館の広さでは育児をするのは厳しいからだ。1年前とは本館の意味付けが大幅に変わってしまったのだ。
それで最初は、ちょっとした小さい物を建ってようと甘い見通しを立てていたのだが。
アリーとモーガンが計画に参入して話が変わってきた。
『えー。私も産むし、お姉ちゃんだってまだまだ子供ができるよ! 旦那様ちゃんと考えてる?』
そう、まずアリーに言われてしまった。
確かに、子供ができる度に離れを建てるのも非効率だし、敷地もない。
モーガンも済まなさそうに、意見を述べた。
『本館は、格調があって良い建物ですが、如何せん子爵の本拠としては手狭で、お客様が来ても、お泊まり頂く部屋がありませんし、執事、メイドも増やすとなるとそちらも……』
言う通りだ。
お袋さんはまだしも親父さんが王都に来ることになれば、前回同様別の場所に宿を取って貰わざるを得ない。
そういった正論を受けて規模が拡大し、結局床面積も本館と余り変わらず3階建てになってしまった。
10ヤーデン余り歩くと離れの建物に入る。そこは8ヤーデン角程の小ホールだ。東西に繋がる廊下と1階と3階につながる階段と昇降魔導具が有る。
2階は、子供部屋と所謂産屋、つまり出産が迫った妊婦の部屋だ。産んでしばらくしたら、本館に戻ってくるらしい。
それで、1階は客間、3階は従業員部屋だ。
2階小ホールを突っ切ると、子供部屋のひとつだ。
まずは次の間があり、その奥が居室兼寝室だが、両方扉が開いているので中が覗けた。
ここは、生まれ来る嫡男の部屋になる。
既にここの引っ越しは終わっているようだ。
「御館様」
中に入っていくと、乳母として雇ったエストが居た。
「うむ。どうだ、この部屋は?」
「はい。日当たりも風通しもよろしいですので、お子様が健やかにお育ちになると存じます。次の間を付けて戴いたので、お近くに詰めることができます。ありがとうございます」
いや、それはこちらの台詞だ。まだ先のことだが。
「何か不足があれば……」
ん?
振り返ると、扉の側に小さい男の子が立ち尽くしていた。
ああ、エストの子か。
なかなか賢そうで凛々しい顔立ちだ。あまり、エストには似ていない。亡くなった夫の遺伝が強いのだろう。
「フラガ、こちらに来て御館様にご挨拶なさい」
男の子はゆっくりと俺を回り込み、エストの横に行った。
「フラガです。3さいです。よろしく……おねがい……します」
練習したのだろう、愛らしく片膝を付いて礼をした。
俺もしゃがんで、立ち上がったフラガに目線を近付ける。
「ラルフェウスだ。お母さんを大事にするんだぞ」
「あい!」
元気が良い。満面の笑顔に思わず頭を撫でると、フラガの顔が強張っていく。
「おっ、おとうさん?」
はっ?
いつの間にか俺を見る目尻に涙が浮かんでいた。
「申し訳ありません、御館様。フラガ! 違うのよ。ああ夫がいつも頭を撫でていましたので……」
エストは酷く動揺している。
「ああ。かまわん」
「フラガ、俺はおとうさんではないが……まあ似たようなものだ。もう少ししたらフラガに弟ができるからな、可愛がってやってくれ」
乳兄弟の親なのだから、親も同然と考えられなくもない
「おとうと?」
ふむ。分からないのは当然だ。
「では、一緒に来なさい」
「あい」
何だか懐いてくれたようだ。手を差し出すと繋いでくれた。
ゆっくりと手を牽いて隣の部屋に行くと、5人の女性が居た。
「それは東南の角に……そう、そこに」
ローザがベッドに腰掛けて、メイド達を指揮している。
「奥様、御館様が」
「まあ旦那様、いらっしゃいませ」
その声で、残った者達がこちらを向き会釈しすると、作業を止めて壁際に並んだ。
もちろんここには来たのは初めてではないが、内装が整い家具が置かれると感じが変わるな。俺の主寝室並みの広さで南向きの気分の良い部屋だ。暫くはローザの居室になる。 この部屋にも次の間があり、ローザ付メイドや、いよいよとなれば助産師が詰めて休める場所になって居る。
「どうだ、ローザ。何か不自由していないか?」
「ありがとうございます。最も大きいベッドは旦那様に運んで戴きましたし、離れにもリフテンを造って戴いたので助かっております」
「そうか。それならいい」
「旦那様、その子は?」
人見知りなのか、俺の足下に隠れていた。
「ほれ! ローザ奥様だ。挨拶しなさい」
「フラガです。3さいです。よろしくおねがいします」
ふむ。さっきよりつかえずに言えたな。頭を撫でてやる。
「まあ可愛い。エストの子なのですね」
「その通りだ。この子にローザの腹を触らせてやってくれ」
「私の腹を……ですか? はっ、はい」
ローザに、怪訝そうに瞬いた。
「フラガ!」
抱え上げると、ベッドに腰掛けたローザに近付ける。
「大きいお腹だろ。お前の弟がこの中に居るからな。触って見ろ」
理解したのか、細い腕を伸ばした。
「やさしくな。弟をびっくりさせないように」
「あい!」
ゆっくりとローザの腹を掌でなぞり始めた。
数秒後、急にその手を引っ込めた。
「まあ! 中の子がフラガが触っているところを蹴りましたわ」
ふむ。
撫でられた方も、兄ができたことを分かって居るようだな。フラガは、びっくりしたように引っ込めた掌を見ていたが、また恐々と腹を撫で始めた。
ローザが陶然とした面持ちになる。
絵師に描かせたいものだな。乳兄弟固めの儀式とでも銘打って。
「おなかに、あかちゃんいるの?」
「そうよ。赤ちゃんのお兄ちゃんになってくれる?」
「あい!」
「じゃあ、もうすこししたら生まれるからね。よろしく頼むわね、フラガ」
「エスト」
「はい、奥様」
「フラガを、私の子と共に厳しく育て上げるように。私が、そしてラングレン家が後見します」
「はっ、はい。ありがとうございます」
俺が余り長居すると、引っ越し作業に支障が出かねないので、部屋を後にする。
廊下に出て左に曲がると隣とさらに隣は、暫くは空き室だ。子供が増えたら、ここで育てる予定になっている。
そこを素通りして吹き抜けを回り込むと、窓のない部屋が有る。
扉を開ける。
全くの闇だ。
そこに廊下から光が差し込み、くっきりと際立つ。
空気が動いても微かな塵さえも動かない。
絨毯も、壁布も張っていない作りかけにしか見えない部屋。隣にガラス張りの小さな部屋もある。
もうすぐ役立てる特別な部屋だ。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2020/09/23 誤字、細々表現を変更
2022/08/06 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




