314話 訓練会と言う名の(下)
今回は珍しく挿絵も入れてみました。と言っても図なんですけどね。
「ラングレン騎士団ならびに今日集まってくれた冒険者諸君の健闘を祈ります」
ギルマスの挨拶が終わった。
「良い演説でしたね、カタリナさん。そうだった。確かに子爵様も一年前は新人冒険者だったんだ」
「うっ、うん。そうね」
出だしは、型に嵌まった眠たくなる挨拶だと思ったのだが、途中から拡声魔導具から熱意が溢れてきた。特に、去年の7月には、子爵様も新人の冒険者だった! 君達もきっと強くなれる!
その下りには、冒険者達が大いに盛り上がった。
だけど。正直、私の心には余り響かなかった。
あぁぁ。私は擦れてしまったんだなあ。
絵師兼記者見習のサブレーが熱くなっている。いいわねえ、若いって……って、私だってまだ……。
おっと。今はそんなこと考えている場合じゃなかった。
しかし、子爵様ねえ……。
彼ほど強くなるのは何万人かに1人居るか。うーん、居ないな。やっぱり。でも、触発されてやる気になることは良いことだ!
ギルマスも分かっていて煽っているに違いない。
「ケッ!」
誰だと思ったら、やっぱり大スパイラス新聞の記者ヘスヴィルだ。
気に喰わないようだ。
「では、これより訓練競技を始めます。競技内容は迷路踏破です」
はっ?
「いっ、今。迷路って言いましたよね?!」
「言った!」
さっき貰った紙を見直す。でも……。
「何が迷路だ! そんな物どこにあるんだぁぁ!!」
うわっ。
ヘスヴィルの心ない野次に怒りを覚えつつ、同じことを思った自分に悪寒が走る。
「皆様が入場される時に選んで戴いた数字で一番多かったのは3でした。皆さん、配布した紙をご覧下さい。ただいまより、紙に描かれております、3番の迷路を、我が主に作製戴きます。選手の諸君、真ん中を避けて下さい」
は?
頭の中を疑問が占めても、着々と事態は進行していく。
選手が、グランドの端に避け終わると、舞台の先。拡声魔導具の数ヤーデン横に白いローブ姿の男が立った。子爵様だ。
そして、優美に右手を挙げた。
「なっ、何の音?」
どこからともなく、重低音が起こり足下が小刻みに揺れ始めた。
「えっ、え? ちょっと!」
「地震だぁ!」
横並びの壁の上、誰かがそう叫んだ。ミストリアにほとんど地震は無い。思わず身を固くすると、グラウンドでも異変が起きた、突如土煙が上がったのだ。余りにも不自然に、真四角の土煙が。
次の刹那──
ガリガリと何か引っ掻くような轟音と共に地面が持ち上がった。
うわっ!
思わずのけぞり、壁の上で尻餅を付いた。
「大丈夫ですか! カタリナさん」
「ちょ、ちょっとびっくりしただけよ!」
サブレーが手を引っ張って起こしてくれた。
「おおっ、地面が!」
他社の声で前方を見下ろすと、さっきの土煙の形に持ち上がっていく。そして見る間にでかい正方形の壁が屹立した。一辺40ヤーデンもあるだろうか。
「ああ……」
信じられず、声も出ない。サブレーも間抜けに口を開いて呆然と見ていた。随分長く感じたが、後で考えると10秒余りで地響きは止み、高さ2ヤーデン程の高さまで壁が持ち上がっていた。
これが、子爵様の魔術なんだ。
改めて見直すと、気の所為か、その御姿が輝いて見えた。目の錯覚じゃない。特に頭の後ろ、金色の髪を豪奢なまでに光らせていた。
しかし、それでは終わらなかった。
左腕を持ち上げたのだ。
その指先から、頭以上に眩い光条が閃いて壁の内側に突き刺さった。
また地響きと思う間もなく、数瞬前に光が弾けた地面が柱のように持ち上がる。何が起きているのだろう。
その柱が続けざまに持ち上がって繋がって、壁となっていく。
「この図の通りだ!」
サブレーが叫ぶ。
「どこがよ?」
思わず紙を引ったくって見たが、全然3番の図形じゃない。
「よく見て下さい。外周から、蔓を伸ばすように壁が。ほら段々完成形に近付いていきます」
ああぁ。
サブレーの言う通りだ。あっと言う間に壁が育ち、4角の枠内を満たしていく。そして紙に描かれた数リンチの図形が、グラウンドに何百倍も拡大されて、再現されていく。
光と壁の屹立を目で追っていると、瞬く間に枠内が埋め尽くされた。
「これが迷路なの?」
「そうです。あの壁の間。幅1ヤーデンは空いていますから、十分人が通れます。あれは立体の迷路です」
「すごいわね」
「そうです、凄いんです。蔓の壁が入り組んでも、けして繋がらない。だから迷、モガッ……何するんです! カタリナさん」
サブレーの口を押さえたのだ。
「横で他社の記者が聞いてるわよ! ここで能書き言わずに、記事にしなさい」
「ああっ、そうですね」
なっ!
子爵様が、腕を下ろすと迷路が白くなっていく。なるほど乾燥したんだ。
むっ。また拡声魔導具の前に人が立った。
「1つ目の迷路ができました。次は1番の迷路です!」
†
結局子爵様は、その後に3つ、都合4つの迷路を作られた。今、その中を、新人魔術師と団員が走り回っている。正方形の枠壁の角4箇所に空いた出入り口から入り、別の口から出て来たら成功。その時間を競っているのだ。
選手が首から下げた板状の魔導具が優れものだ。その板にどの入り口から入ったかが描かれており、いくつも埋め込まれた魔石が時間を示すのだ。最初全部の魔石が光っているのだが、各選手の競技開始から1分経つ度に1個ずつ光が消えていき、15分後に全部消えて、迷宮の外に強制転位されるという趣向だ。
なんで、私がそんなに詳しいかというと。競技途中の休憩時、記者諸君もやってみませんかと言われたので挑戦したのだ。こんなこと、尻込みして逃すのはカタリナ様じゃないわ。
そして、疲労困憊で社に戻った、私は渾身の力を込めて記事を書き上げた。
† † †
食堂に行くと、アリーが新聞を読んでいた。
「おはよう!」
「ああ、旦那様。おはようございます。ほらぁ、これ! スパイラス新報の早刷りよ! わざわざ届けてくれたの」
「そうなのか?」
「えへへへ。ほらっ! 昨日の合同訓練会のことが1面よぉぉ」
何だか凄く嬉しそうだ。
また紙面に目を落とした。
「ああ、ありがとう」
メイドがスープを運んでくれた。
籠から、たくさん積まれたパンの一つ摘まむ。
「見て見て、大見出しはこうよ! ラングレン子爵、底知れぬ魔力! ふぅ、かっこいい!」
おいおい。
「本文はね。10月17日、ラングレン騎士団訓練所で、同騎士団と冒険者ギルドの合同訓練会にて迷宮踏破訓練が行われた。迷宮は既存の迷宮ではなく、訓練所のグラウンドに築かれた土壁の連なりだ。しかも、その迷宮は記者が訓練所に入場した時には存在せず、ラングレン子爵が魔術にて一瞬にして築いたものだ! おおぅ……」
相当嬉しいようだ。
「その形状は、事前に配布された図形(右下挿絵)通りに築かれた。魔術師協会ワステル主幹によれば、って誰? まあいい……驚異的なその魔力は底知れぬとしか言いようがない総延長数ダーデンの壁を構築する魔術は、前代未聞!とのことだった。先日魔力の無駄遣いと訴えた他紙記事は何だったのか? ふふふ、あっははは……傑作! ああ、筆者はカタリナちゃんだわ」
ふふっ、記者に俺の意図が正しく伝わったようだ。
合同訓練会を開いた甲斐が有ったというものだ。訓練所の迷宮を更地に戻したが、ギルマスに強請られたんだよなあ。
近い内にギルド専用訓練場を作るからその時には、同じ迷宮を作ってくれと。まあ借りは返さないとな。
ん。
アリーが、俺に向かって頭を下げていた。
「ありがとうね、旦那様。うれしい」
姉のローザと違って分かり辛いが、アリーはこの前の大スパイラス新聞の記事のことを気にして落ち込んでいたのだ。彼女が罠として土壁構築を提案したからだ。
アリーに、決断したのは俺だ! 全責任は俺にあると慰めたものの彼女の機嫌は戻らなかった。
「よく分からんが、それは良かった」
アリーは、満面の笑みをこちらに向けた後、鼻歌を歌いながら、また新聞を見始めた。
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訂正履歴
2020/09/19 誤字、少々加筆
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




