309話 走馬灯のように
人間、死に瀕すると、走馬灯のように過去を振り返ると言いますが。今だとタイムラプスのように過去を振り返ると言ったところでしょうか。でも、高校生の頃、農道で出会い頭に軽トラに飛ばされた時はそんな物は見ませんでしたねえ。代掻き直後の田に落ちて、無傷だったからでしょうか?
罠──
窪地に足を着けた時、頭が冷たくなってブービートラップと言う言葉が浮かんだ。何語かは知らないが、いつものことだ。知りもしない概念が脳裏に生じた。
その刹那。
四方八方からなかなかの速度で、腕より太い鋭利な岩棘が、俺に向けて殺到してきた。
人間危機になると、時間の歩みがゆっくりとなると言うが、感知出来ないな。
それはともかく。
なかなか良い魔術だ。
当たったら即死だ。当たったらだが。
耳障りな音を立てて、岩棘は俺の周り1ヤーデン手前で止まった。悪いが、俺の【光壁】を破りたいのなら、魔界強度を一桁は上げて貰わないとな。
さてどうするか。
光壁で止めたのは良いが、完全に周りを岩で包み込まれてしまった。やることもやったし、外に出たいが。
手っ取り早いのは、転位魔術だ……が、外に居る監察官に、その存在を知られるのは得策ではない。
こっちの証拠は、一部崩れるが致し方ない。
【刃!】
光の刃で頭上の岩を切り裂いて、飛行魔術で脱出した。そのまま、崖の上まで戻る。
「おっ、御館様!」
地に突っ伏していた彼は、土塗れの顔をこちらに向けた。
「どうした、その顔は?」
「ごぉっ、ご無事で?」
普段のバルサムからは想像できない程あわてて、転げるようにこちらへやって来た。
その姿を見て、俺のことを本気で心配してくれたことを思い知った。
今の今まで大した危機感を感じなかったが、バルサムを見ていると罪悪感が胸を占めた。
「ああ、この通りだ。済まなかったな」
「何も……御館様は、何も悪く……ございません。とっ、取り乱しました。申し訳ございません」
「これで、顔を拭え」
「ああ、いえ。畏れ多い」
アリーが持たせてくれたハンカチを差し出したが、バルサムは受け取らず自分のローブの袖で顔を拭った。
「いやあ。肝を冷やしましたぞ。てっきり……」
そう言いながら、ルータル監察官とその護衛達も近付いて来た。
「てっきり?」
「ああいや。なんでもありません。ラルフェウス卿が仰っていたように、今回の魔獣大発生は、自然現象ではなく人為的なものというがはっきりしましたな。問題はその狙いですが」
「その狙いを図りかねていたが。上級魔術師、超獣対策特別職を狙った罠だったな」
想定の範囲になくもなかったが、そんな酔狂なやつはいないと思っていた。もっとも俺を恨む、いや、逆恨みする者は少なくない。そもそも、俺のところが出動するかどうか分からないと思っていたが、その可能性を高めることができる者なのかも知れない。だめだ。考えすぎると疑心暗鬼になる。厳に慎むべきだろう。
「確かに。同意致します。他には、以前あるいは特別職を誘い出す陽動かもと仰っていましたが」
「それも、可能性が低くなったというべきだな」
出動前から確信が持てなかったが、その可能性も浮かんではいた。たが、賢者グレゴリー卿と典雅部隊第1隊は、王都を動くことはないのだ。
それにしては、ここは王都から遠すぎる。陽動ならば、王都が含まれる国王直轄領で起こす方が理に適っている。
監察官は、一声唸ると、自らの顎を掌で二度三度と叩いた。
「で、あるならば……この罠が、ラルフェウス卿を特定して狙ったものだったのか。それとも特別職であれば、どなたでも良かったのか。そこに焦点が移りますな」
そう言うと監察官の眦が上がった。
「いずれにしろ、本官やこの2人も罠に十分に巻き込まれて居た可能性があるわけで。委員会内で諮り、必ずやきっちりと捜査致します」
なかなか頼りになりそうだ。
「よろしくお願いする」
「ああ、しかし。映像は記録しましたが、惜しいことをしましたな。流石に魔導器は、あの岩の罠でつぶされていることでしょう」
崖の下を眺める。
「心配には及ばぬ。押収してある。原形を留めてな」
「真ですか」
だからこそ、しばらくあの罠の只中?に留まったのだから
† † †
「おはようございます」
本営ゲルにバルサムがやって来た。
「ああ、おはよう」
「報告致します。昨夜罠に掛かった魔獣の数は0でした」
「よし。予定通りだな。ご苦労」
疑似魔獣発生魔導器を押収してから3日経った。
あれ以降、新たな魔獣の出現はない。
また継続して探索したが、他に魔導器発見はなかった。
「あのぅ」
「ん」
バルサムが珍しく声を潜めた。
「アリシア班長が随分不機嫌そうに見えますが?」
「ああぁ。大事ない」
そういって、少し離れてお茶を淹れているアリーの方を向くと、視線を感じ取った彼女はツーンと顔を逸らせた。
昨夜、領都ギルダークに転位して、朝まで戻って来なかったのを怒っているのだ。
拠点近くの村に担ぎ込まれる怪我人の数が日を追って減少しているので、アリーも行くかと誘ったのを恐い顔で断ったクセに。
「それならよろしいのですが。では、監察官殿に伝令を遣わします」
「うむ」
アリーが任務に出掛け、彼女が淹れた渋いお茶を飲んで書類仕事をやっつけていると、監察官がやって来た。
「ラルフェウス卿、おはようございます」
「おはようございます」
立ち上がってゲルの入り口近くまで移動する。
監察官は、にぃっと笑うと大きな鞄から、巻紙を取り出し開いた。
「超獣対策特別職ラルフェウス・ラングレン子爵」
これは──
俺は、片膝を絨毯の上に着いた。
「認定書。勅命によりテンギル伯爵領に遣わした魔獣駆除任務について。ミストリア王国国家危機対策委員会の名において、任務目的の遂行完了を認定致します。光神暦381年10月11日。監察官ルータル。どうぞ、お受け取り下さい」
立ち上がって巻紙を受け取る。
「お疲れ様でした」
「円滑なる認定に感謝申し上げる」
監察官が破顔した。
「ははは。それはラルフェウス卿の我ら委員会への多大なるご協力によるもの。感謝されるには当たりません。既に先日の子細につきましては、総裁へ報告致しております。そうですな……本日には、国王陛下にも届いて居ることでしょう」
仕事が早いな。
「それは重畳」
「当地からの撤収時期につきましてはラルフェウス卿に一任致しますが、委員会としては極力早い帰都を望んで居ると存じます」
「承った」
「では、我らは当地に布告を出し、撤収致します」
「ご苦労に存する」
「失礼致します」
監察官は、会釈すると意気揚々とゲルを出ていった。
「バルサム。幹部を集めてくれ。ああ、救護班が忙しければ、アリシア班長は出席に及ばない」
†
認定を受けた次の日、俺達はシャムガル村を撤収した。
バルサムと近隣の地主との交渉の結果、大部分の土壁は崩して均した。が、罠中央の縦坑は途中まで埋めるに留め、その周辺100ヤーデン程の壁はそのまま残した。
意図がよく分からなかったが、記念として遺したいらしい。
確かに前日までに数百人の見物人が近郷から来ていたからなあ。そういう用途が成り立つのかも知れないが。
見物人は、罠を見物してから、なぜか救護班の活動を見ていくというのが順路になっており、アリーが俺に救護活動は見世物じゃないと愚痴をこぼしていた。
領都ギルダークへの帰路では先日と同じように、途中で俺だけ西部駐屯地に向かい、バロール卿を表敬訪問した。
西部方面も、魔獣発生がかなり下火になってきたと訊いて素直に感心した。
俺が担当した方とは出現数の規模が違うし、昼夜かかわらず襲来していたからな。
流石は賢者。称号は伊達ではない。
無論バロール卿だけではなく、カストル卿やダイナス卿を始め他の魔術師の奮闘努力の成果ではあろうが。
そして、俺達が疑似魔獣とその発生魔導器の顛末を説明し、映像魔導具を見せたところ、バロール卿が無事で良かったと親身になってくれたのは予想通りだったが、意外にもカストル卿も顔を真っ赤にして心配してくれた。
そこで、あのあと根掘り葉掘り俺のことをバロール卿に訊いていたらしい。
2人は特別職殺害を狙った件の捜査に協力してくれるそうだ。カストル卿については、先日の印象が良くなかったが、今回は隔意なく歓迎してくれたし、思ったよりさっぱりした性格のようだ。まあ、残り1人はずっと沈黙を守っていたが。
領都ギルダークでローザ達と合流した俺達は、その足で王都に戻るつもりだったが、当地の伯爵の誘いを断り切れず一泊することになった。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2020/09/02 誤字、少々加筆
2020/10/17 名前間違いヴェスター→ダイナス(申し訳ありません)
2022/08/06 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




