30話 生涯の仇敵
この投稿話は、かなり初めの方に書きました。やっとここまで持って来られたと言う感慨があります。
ラルフにとって、生涯の仇敵の登場です。
城を後にした僕達は、20時を過ぎていたこともあって、持たせて貰った食事を車中で食べた。パンに焙った腸詰め肉と野菜を挟んだものに、マスタード風味のソースが掛かっていて、結構おいしかった。
馬車が緩やかに曲がり、シュテルン村が見えてきた。
館に着くのも、もうすぐだと思った直後だった。
これまで感じたことがない悪寒が、背筋を駆け巡る。
「なっ!」
何だ、これ!
恐ろしい程の戦慄がブルブルと身体を揺らし、気が遠くなりかける。
「どうした、ローザ!」
目の端に、ローザ姉の躯がガクッと折れるのが見えた。
僕が倒れては駄目だ!
【気息】
フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……。深く吸った息を、長く長く吐くと腹の底が暖まり、脊髄を熱が渦巻いて昇っていく。
よし! 僕はこれで保つ
「お父さん。緊急事態です。とにかく御者さんに急ぐよう言って下さい。ローザ姉は僕が」
「んんん! 分かった」
【快癒!!】
回復魔術をローザ姉に掛けていると、やがて長い息を吐いて意識を取り戻した。
「ラ……ラルフェウス様。ありがとうございます。怖ろしい程の殺気を感じました。あれは、何なんですか?」
やはりそうか。魔力を持つ者が感応する──
「魔波動!」
そういうのがあると書いてあった。それを発するは。
「ラルフも感じたのか」
お父さんが割り込んできた。
「はい!」
「では、やはり……」
「超獣が近くに居ます!」
「ラルフェウス様。殺気の根源徐々に近づいて居る気がします」
「そうだね」
「私には、僅かに肌に戦きがあるだけだが」
お父さんは、いつになく怖い顔をした。
間もなく、馬車はウチの館の敷地に駆け込んだ。
取り敢えず、この辺りは無事のようだ。扉を開けて降りる。
「ワォォォン、ワゥン!!」
どこかで、セレナが吠えている。
ん?
臭い……煙たい、焦げたような臭いがする。
お父さんは、馬車を降りると、繋げてきたウチの馬を外す。
「ご苦労だった、御者殿。帰ってくれ」
軽やかに蹄鉄を響かせて、馬車は去って行った。
「ラルフ、あなた……お帰りなさい。ローザもご苦労様」
玄関奥のホールまで、お腹が大きく突き出たお母さんが迎えてくれた。柔らかな笑顔だ。
「アリーは?」
こういうとき、アリーなら駆け付けるはずだ。
「そうね。どうしたのかしら?」
ローザ姉と顔を見合わせる。
「僕、部屋を見てくる」
「頼むぞ!」
お父さんも察してくれたみたいだ。
階段を駆け上がる。アリー達の部屋は屋根裏だ。
「私が開けます」
ローザ姉が、扉を開けると、マルタさんの後ろ姿が見える。
「ローザ! アリーが、アリーが!」
やっぱりだ!
マルタさんの向こうのベッドにアリーが横たわっている。
マルタさんが、ローザ姉に縋り付く。その横を擦り抜けてベッドに近付く」
「ラルフ様?」
「大丈夫、大丈夫よ、お母さん。ラルフェウス様、お願いします」
呼吸はしっかりしているが、眉間に深い皺を寄せた見たことのない表情だ。四肢が硬直したようで、小刻みに手は震えている。さっきの、ローザ姉と同じだ。
よし!
【快癒!!】
回復魔術を発動!
うっ!
「あら?」
ローザ姉も呟いた。
ものの数秒で、意図しない結果が訪れた。
満ち溢れていた殺気のようなものが、がくっと減ったのだ。身体が軽くなる。まだ多少残っているが、金縛りと呼ばれる、縛り付けるような圧ではなくなっている。
「んん……」
「アリー!」
目を開けた。
魔術を中断する。
「ラルちゃん……お姉ちゃん。どうしたの?」
「あなたこそ倒れたのよ、頭とか打ってない?」
「ああ、ご飯食べてぇ、ベッドに寝っ転がっていたから」
「まあ、呆れた。でもよかったわ、しばらくこのまま寝てるといいわ」
「うん……そうする」
「ラルフェウス様。ありがとうございました」
「坊ちゃんが治して下さったのですか?」
「ううん。ちょっとだけ」
「お母さん。私もさっき同じようになって」
「それは……本当にありがとうございました」
よかった!
だけど……そう。忌まわしい波動が突然なくなったのは何なのか。なくなったこと自体は良いことだけど、何が起こっているのか分からないのは不安だ。
おっと、あまりこの部屋に長居するのはよくない。
「じゃあ、僕は戻るね」
ん?
眼の端に、赫赫とした灯りを捉えた。
北向きの窓に、外から射している。
「なんだ?」
窓を開けて、外を見る。
「あれは、インゴート村の方ですね」
「光ってる……うわっ!」
赤から、橙、そして白を通り越えた。
炎じゃない。禍々しい光の塊──その裾野の紅い揺らめきこそが焔。
村が燃えている。
しかし、遙かに圧する青白き輝き
まるで生きているように明滅し始めた。小山程の大きさがあるだろうか。馬鹿な、あそこは、平坦な土地だ。あんなデカい物があるわけがない。
「お父さんが死んだ時、大きな大きな蒼白い炎が上がったって……後から聞いた」
ローザ姉が泣きそうな顔をしている。
あれが超獣なのか……。
「膨らんでる」
瞬く間に倍の程まで膨らんだとき、それが弾け飛んだ。
「ローザ姉、伏せて!!」
ダァァァン!!!!
地が怒るような衝撃音と共に、ウチの建物がビリビリと揺れた。
恐る恐る窓から外を覗くと、青白い光は消え失せていた。少しは感じていた魔力の波動もなくなった。
「超獣が昇華した。本に書いてあった通りだ……」
「昇華?」
超獣は、寿命が限られていると言われている。
数週間、長くても数ヶ月というのが通説だ。しかも、今回のように突然現れるのが通例らしい。幼生から段階を踏んで成長するのではなく、突然巨大な姿で出現するのだ。
自然の摂理を全く無視している、脅威の存在だ
居間には誰も居らず、灯りが付いている食堂へ行く。お父さんが窓の外を見ていた。
お母さんは、お父さんの鞄にパンやら瓶やら、食べ物を詰めている。
「ラルフ! 来たか。お前、回復魔術が使えるんだな!」
「はい」
「我が、ラングレン家は、准男爵とは言え貴族の端くれだ! まだ幼いお前だが、連れて行くぞ!」
「はい!」
「ルイーザ!」
「分かっています! ラルフ! お前は、光神様に愛された子なの。成すべきことを成すのです。はい。これ!」
「これは?」
「今、ウチに有る食べ物に、傷薬と清潔な布よ!」
「わかった。行ってきます」
食堂を出ると、ホールにローザ姉、マルタさん、そしてアリーも居た。
「私も行きます」
「アリー?」
いつにない真剣な表情だ。
「いや、なんで? アリー……」
「私は回復魔術が使えます! ラルちゃんより得意です!」
お父さんの顔が歪む。
「だが……マルタ」
マルタさんは、苦しい顔をしてる。
「この子は言いました。お父さんの仇討ちは、超獣にやられた人を助けることだと。連れてやって下さい。旦那様」
「……そうか。預かるぞ」
僕らは館を飛び出した。
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訂正履歴
2018/02/01 「瞬く間に倍の程まで膨らんだとき、それが弾け飛んだ。」にしました。
(Knight2Kさん,ありがとうございます。)
2019/10/18 誤字訂正(ID: 855573さん ありがとうございます)
2022/10/05 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)




