307話 罠
やっぱり罠と言ったら、これですよね。
墜ちる墜ちる──
燃え盛る篝火に向け、絞られ狭まった両壁の間から次々と魔獣が飛び出して来る。
だが、魔獣を誘う光源がある対岸まで届く魔獣は居らず、放物線を描いて底知れぬ縦坑へ吸い込まれていく。
大きく口を開ける坑に、手前で気付いたとして魔獣は止まることができない。
後から後から、別の魔獣が押し寄せてくるからだ。
墜ちた魔獣が坑の暗い底に達したのだろう、まばらに昇華光が眸と光る。
「なるほど。ここが罠の尖端かあ」
背後の階段から上がってきた女が呟いた、アリーだ。
「あっ、御館様だ」
言葉遣いは、後ろに付いて来ているバルサムの所為だ。彼は団員へ厳しいからな。アリーが側室であっても関係ない。
「救護の方はいいのか?」
「一段落しました。今日は初日だから、まだ少なかったですし」
アリーは、つかつかと前に出て腰高の壁の奥を覗き込んだ。
「へえ。これが噂の坑」
坑を掘る前に要救護対象が来てると呼ばれ、騎士団拠点のある集落まで戻っていたから、見るのは初めてだな。
「なるほど、こういうふうになっていたとは」
「そうそう。落とし穴とは思わな……思いませんよねえ」
危なかったな。
「確かに、もう少し派手な魔術を予想しておりましたが。団員魔術師の負担軽減を重視戴き恐縮です」
「なるほどね。魔獣を斃すのに魔術は不要。ただ時々後ろから追い込めば良いってことだ」
ふむ。この2人は、以前より大分仲良くなった。互いに認め合ったのだろう。
「左様。しかも、あの壁の継ぎ目の段は、魔術が撃ち易いですからな」
「あっ、そうか! 魔獣が戻りにくい以外の理由はそれだったんですね。至れり尽くせりだわ。ゼノちゃんに、あとでちゃんと言っておかないと」
ゼノビアのことらしい。
「まったく。団員のために御館様に働いて戴いていては、あべこべです」
そうは思わない。
第一、バルサムは設営の指揮に当地住民への説明および折衝で忙殺されていたし、アリーはアリーで救護班を分散させた所為で怪我人の手当にさっきまで働いていたからな。
無論団員達も、非常食糧の配給やらなんやらで立ち働いていたしな。
「ところで、全く底が見えないけれど、深さはどれくらいあるのでしょう?」
「ざっと400ヤーデンだな」
「はっ? いやいや、軽く言ぅ……仰るけど。落ちたら魔獣でも確実に死にますね」
「別に死ななくても、這い上がることができなければ問題はない」
「ああ。それもそうか」
無論這い上がれないように、坑側面はつるつるにしてあるが。
「御館様。そろそろ拠点へお戻り下さい」
「そうだな。ではここはバルサムに任せる」
「承りました」
「じゃあ、私も戻ります」
壁面に設えた階段を降りる。
近くには……バルサムしか居ないな。後ろに付いて来たアリーを手招く。
「手を出せ」
「手?」
首を傾げながら、差し出してきたので手首を掴む。
「何なの?」
【勇躍】
「えっ? えっ、ええっ?」
闇の中で腕を掲げると、魔灯が点いた。
「えーと。ここって私達のゲル……だよね。えっ、いや、だって。さっきまで……わかった! 催眠術で私を……いや。そんなことする意味ないか」
「時空魔術で、移動した」
「一瞬で?」
「ああ」
「あそこから? 1ダーデンはあるわよね? 都市間転位とかみたいな」
「そこまでは無理だ、今のところ」
「それにしても……言っといてよ、お買い物とか、とっても便利!」
そこか!
「却下だ!」
アリーが膨れた。
駄目だ駄目だ。移動は一瞬でも、買うか悩んで時間が掛かるから意味ないだろう。
「ふーんだ。でもさっき助かったから、お茶を淹れてあげようっと……えっ?」
俺がローブを脱ぎ始めので驚いたらしい。
「ちょっ、ちょっと待って、もう寝るの?」
慌てて着替えを手伝ってきた。ローザに厳命されたらしい。
「あぁぁ……もしかして壁作るって疲れるの?」
「いや、さして」
「それならいいけど……」
何か心配そうだ。
上着と靴だけを脱ぐと、そのままベッドに寝転ぶ。
「お茶は?」
「淹れておいてくれ。後で飲む」
「じゃあ、眠るわけじゃないのね」
「ああ、やることがある」
はぁと息を吐くと、ようやくアリーの肩が下がった。
【起動!】
【鷹眼!】
「何? 今の」
感付いたか。
「鷹と犬を放った」
10体ずつだ。
「ゴーレムかあ……なるほどねえ。じゃあ、一晩じゃあ足らないねえ」
† † †
「ねえ、アクラン」
「なぅんです、ゼノビアさん」
欠伸を噛み殺して答える。
東の山の端が、明るくなってきた。1時間程魔獣は現れていないところを見ると、今夜はもう出てこないだろう。
「どうしたのかな。御館様」
「どうしたとは?」
何が言いたいんだろう。自分の分担時間は終わったと言ってここにやって来たが。
「だってさあ、ゲルから一歩も出て来ないんでしょう」
「副長が、策を練っていらっしゃると仰ってたではないですか」
「いつも即断即決の御館様が策を練るねえ。夜はともかく、2日もお籠もりですか。団員ばっかりに働かせて、自分は寝てるなんてねえ。病気だったりして」
「っはは」
「ちょっと、何がおかしいのよ!」
「あの御館様に限って、病気など有り得ませんよ。大体、御館様がこのしっかりとした壁と罠を造ってくれなければ、こうやって我々がのんびり朝を迎えられてないでしょ……」
「そうね。これがなかったら。何体か何十体か魔獣を斃したかも知れないけど、今頃土まみれになって魔力も尽きて逃げ回ったことでしょうね」
ふむ。
僕なんかより、御館様のことをよっぽど分かっているのだろう。
アリシア班長が側室になるまでは、ゼノビアさんは御館様のことが好きだったって言ってたなあ。
分かっていて憎まれ口を言わずにはおれないらしい。つまり、心の奥では惹かれているのに違いないのだ。
「あっ、日が昇ってきた」
こうして、シャムガル村到着後3日目の朝になった。
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訂正履歴
2020/08/26 誤字訂正等細々訂正
2020/09/15 誤字脱字(ID:1797755さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/03/04 誤字訂正(ran.Deeさん ありがとうございます)




