306話 ラルフ 働く働く
週2ペース投稿を再開したいと思います。
【地壁!】
地響きが轟き、大地が割れた!
その地割れの狭間から、長さ100ヤーデン(90m)程の塊が耳障りな擦過音を伴って持ち上がる。高さ4ヤーデンも迫り上がると、ようやく止まった。
周りに何人もいるが、誰も反応しなかった。
既に20枚目だからな。
造っているのは版築と呼ぶ防壁だ。
通常、土を突き固めては、その上にまた10リンチ程土を積み上げ突き固めるを繰り返すのだが、俺は魔術だ。ここらの土壌も石灰分が多い黄色い土なので、かなり硬く固まる。
「へえ。こうやって造ったんだねえ。エルメーダ工場の壁も。いやまあ、あっちの方は人が乗って歩けるほどの厚みはないけどさ」
こっちは厚みが2ヤーデン程あり、人が乗れるどころか悠々すれ違える。
「アリー、その先はまだ固めてないから、乗るんじゃないぞ」
俺が造った壁の上に、発案者としてアリーが乗ってこっちを見下ろしている。
「色が変わってるから分かる……って、私、そんなに重くないわよ!」
左腕を防壁に翳す。
【頑強!】
「よーし。体重100パルダでも、足跡が付かないように固めた」
「もう、いいわよ。ところで、この壁、なんでこんなに折り曲げて造るの? 滑らかに曲げればいいのに!」
山塊から出て来る魔獣達の経路。
左右から尾根が迫る幅1ダーデン(900m)程の山峡を塞ぐように壁を造っているのだが。山峡脇から斜めに手前に真っ直ぐだが、徐々に手前に折れるように曲げ、真ん中に行くほど手前へ向かうように、弧を描かせている。反対側も対称形に造っている。
出て来た魔獣達は、こちらに向かうほど両脇から防壁が迫り、真ん中に集束されるという寸法だ。幅を絞りきったところで、罠を張れば良い。
それが、アリーの提案だった。
だが俺の壁の作り方、継ぎ目を滑らかに繋がず一部を折り重ねながら角度を変えていることを指摘してきたのだ。
「こう造れば、一旦進んだ魔獣は戻りにくいのだ」
「戻りにくい?」
アリーは両手で壁の形を宙に描いた。
「あぁ、そうか。進むときは関係ないけど、戻ろうとすると折れ曲がった出っ張りに引っ掛かるのか。旦那様、賢い!」
「もうひとつ理由はあるが、それは実際に迎え撃ったとき分かる」
「えぇー、もったいぶらないで教えてよ!」
「夜、野獣が出て来るのを楽しみにするのだな。それより……」
「えっ?」
「この壁のこと、よく思い付いたな」
「ん? 思い付いてないわよ」
「なんだと?」
「だって、旦那……御館様が作戦会議の前にしゃがんでさ、意味ありげに土の感触確かめてたでしょ!」
むっ!
「あれで、この前のこともあるし。ああ御館様は、土の壁を造るつもりなんだって、そりゃあ気が付くわよ。お姉ちゃんから、目を離すなって言われているし」
ふぅむ。読まれていたか。
壁の罠の発言をした時も感心したが、種明かしされてもっと驚いた。
「だから、罠本体も当然目論見があるわよね」
「そういうアリシア班長は考えたのか?」
「いやあ、一応案はあるけど。きっと御館様の考えの方が面白いはずだし」
†
冬至も過ぎたばかりだ(注)。
罠の工事が終わった頃には、あっと言う間に日が落ち、代わりに月が昇ってきた。
即製の壁に登って寒々とした月光を眺める。
「御館様」
「なんだ、アクラン」
怖ず怖ずと若い魔術師が話しかけてきた。
若いと言っても、俺よりは4つ年上だが。
「魔石を配って戴きありがとうございます。カイロの方はとても暖かいです」
「ああ」
テンギル伯爵領は比較的温暖だが、この村は山地に差し掛かる丘陵地だ。陽光がなくなれば、すぐさま手がかじかむほど寒くなる。
魔術師にとって、寒さは大敵らしい。
らしい、というのは俺には実感がない。寒さで口が回らなくって詠唱に支障が出るかららしいが、ほとんどの魔術発動に詠唱を要しない俺には関係がない。
魔術師は支障が出ないように厚着をして時折暖をとるための魔術を行使するが、今日のように長時間戦闘が予想される場合には負担になる。よって暖を取れる魔石を配布したのだ。
「でも、これだけの壁を大掛かりに生成されて、御館様はお疲れではありませんか?」
壁作りの魔術行使にはそれなりに魔力を消費するが、すぐ回復するので影響はない。まあ疲れていないことはないが。いつもこんなものだ。
しかし、正直に言うと彼は萎縮してしまうだろう。どう答えたかものか、考えて居る内に反応が遅れた。
「あっ! いえ。私のような凡百の魔術師を基準に考えて、申し訳ありません」
「昼間、バロール卿と会ってきたが」
「電光バロール!! 賢者様ですか」
「ああ。そのバロール卿は、魔術師は皆独尊だと仰った」
「独尊?」
「自分が最も優れているという自負心だ」
「はあ……いやあ、私はそんな大それたことは思ってはいません」
「ははは、私もそうだ。でも、魔術を発動するときは自信持たないとな」
「はあ、なるほど。そう言う意味ですか」
謙虚なのはいいが、アクランにはもっと自負心を持って貰わないとな。
ん?
アクランを見ていた顔を、山の方へ向ける。
「もしかして?」
「ああ、来たようだ」
1ダーデン程先に、100余りの魔獣反応がある。
【伝声呪】
「ラルフだ! 魔獣が接近中、左翼1ダーデンを通過中だ。攻撃準備せよ」
送信のみで反応がない。
「聞こえたか? アクラン」
「はっ!」
「くれぐれも、手順を間違えぬようにな」
「了解しました!」
†
「了解しました!」
飛んだ。
見上げるとあっという間に行ってしまわれた。
はぁぁ……独尊なんか無理だろう。
御館様を見てたら、村で神童と騒がれて少し自惚れていた自分を面罵したくなる。
それにこれだ。
この袋に収まった物は魔石カイロと言うらしい。予め魔力が充填してあって、使い始めてから3時間ほど熱が出て居るのに、衰える兆候がない優れものだ。これを団員全員に配って、おひとりで壁を構築して、空を飛ぶか。比べる気にもならない。
それにもう一種配られた魔導具だ。いくつ作られたのか、溜息しかでないな。
おっと、いけない、いけない。
今は、魔獣に集中だ。
聞こえてきた、蹄音だ。200ヤーデンばかり先で土煙が揚がっているのが、月明かりでも見えてきた。
手順通り──
御館様の指示は、配布した魔導具に魔力を込めて攻撃せよ。
ただし、迎え撃ってはならない。
そうだ、焦るな。
この魔導具は、風系魔術・衝撃を発動行使するものだ。魔力の方は術者持ちだが。
衝撃は比較的低級の魔術、これがなくとも行使できる。
配布を受けた時はそう思ったし、ゼノビアさんも肯いた。しかし、試し撃ちして皆思い知った。魔術とは、こんなに滑らかに、素早く負担なく発動できるものかと。
御館様は事もなげにこう仰った。
『朝まで数十回も撃って貰わねばならないからな』
あれ?
魔獣の音が低くなった?
そう思った時、ダダダッ……と私の左側で連続した破裂音が響くと、また魔獣の蹄音が轟き始めた。
よしっ、来た!
地響きが足下から伝わってくる。月明かりが悍ましき魔獣の群れを浮かび上がらせた。
それが波のように押し寄せ、すぐ目の下を通り過ぎる。
魔獣との距離は10ヤーデンもない、背筋を怖気が駆け上る。
壁の高さがなければ、踏み潰されていたことだろう。
まだだ、まだだ。
数十頭の先団が目の前を通り過ぎた時、群れの速力が落ちた。
そうか! 進路が狭まり魔獣が混雑するからだ。
今だ──魔石を掴んだ腕を構えると、魔束が迸った。
注:物語世界の光神暦は、春分が元日です(本話の時期、10月は日本の1月相当とお考え下さい)。
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訂正履歴
2020/08/22 誤字訂正
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




