305話 革新の揺籠
衆知とは素晴らしいものではあるものの、集めるのが難しいものでもありますよね。
次回投稿は、8月22日土曜日の予定です。
昼前に駐屯地を後にして、任地であるシャムガル村へ飛行した。
ふむ。さっきまで居た西部地域の荒れ野とは、地勢が大きく異なっている。こちらは山塊が迫っているし、常緑樹がまばらにあり、僅かに見える盆地の黄味が強い土の畑には秋蒔きの小麦が、まだ短いものの少しずつ茎を伸ばしている。
全くのどかなものだ。
集落が見えてきた。教会と数戸の家が見えるだけだが。
あそこか。
集落から少し山寄りの地に10張り以上のゲルがある。騎士団の拠点だ。
もう設営がほとんど終わっていて任せていても問題なさそうだ。
俺は一回り偵察してこよう。
†
「では、あちらで追加の治療薬を配布しますので、移動をお願いします」
10人程の光神教団の神職が、アリーが指したゲルの方に歩いて行った。
「アリシア班長、ご苦労!」
「御館様……あなた。おかえりなさい」
周囲に俺の他は居ないことを見て、呼び方を変えた。
「ここに来たのは初めてだが。おかえりと言われても不思議と違和感が無いな」
「ふふっ。そうでしょ。これだけゲルが並んで居ると、何かいつものって感じなのよね……ああ、西部地域だっけ。あっちはどうだった?」
「魔獣が千の単位で走り回っていた」
ふうと息を漏らすと、アリーは首を振った。
「昼間なのに? こっちは、ほとんど夜に出るんだって。量もまあ数百らしいけど」
ふむ。諜報班の調査結果通りだ。向こうとだいぶ趣が違うな。
「魔獣も出るけど、住んでいる人の数が少ないからね。こっちはそうでもないけど西部地域では薬品が不足しているそうよ。さっき、打ち合わせをして、ここから薬を運んで貰うことにしたわ。向こうに運べば手間が省けたのにね」
「認可されていないからな、致し方ない」
俺達の外傷治療薬が今使えるのは、治験の追加という名目だからだ。無秩序に配布するわけにはいかない。
「そうね……って、どうしてそんなところでしゃがんでるの? 旦那様」
「いや別に」
そう言って、手を叩いて払う。中々良い土だ。
「ふーん。でも、まあ。今回は薬を配ることができただけでもよかったわ。こちらの神職さん達も凄く喜んでいたし。ガルさんには感謝しなきゃ」
確かにな。俺達がエルメーダに行ってた頃、任せろと言って館の地下に1人で籠もって治療薬の在庫を積み増ししてくれたからな。助かった。
「そうだな。だが、アリーと救護班にも苦労を掛ける」
必要だとは思うが、超獣対策の部隊に人命救助の機能を付けたのは、俺の考えで始めたことだからな。
「気にしないで、そのための救護班だもの。田舎だけど、ここの司祭さんはしっかりされていて、教団の支援も充実してるから大丈夫よ」
「そうか。では1時間後に作戦会議を始めるぞ」
†
バルサムと共にゲルに入ると、3人の男が待っていた。
文官1人と2人の武官、後者は護衛だな。
「お待たせした。ラルフェウス・ラングレンと申す」
「国家危機対策委員会監察官のルータルと申す。騎士団のご着到ならびにラルフェウス卿は西部駐屯地の視察をされていたとのこと、ご苦労に存ずる」
互いに会釈して、俺と監察官は座った。
「監察官こそ、このような前線までご苦労に存ずる」
超獣出現に際しては前線まで出て来るのが任務であるが、魔獣相手の場合は異例だ。
狙いは大体想像が付くが。
「ところでラルフェウス卿が委員会へ警告戴いた件は、どの程度信憑性があるとお考えか?」
やはりそうか。しかし、いきなり本題に来たな。
「確率としては、五分五分といったところでしょう」
五分五分と監察官の唇が無音で動いた。
「思ったより高いですな。実は、今回の監察には志願したのですよ」
ほう?
「それは、別の委員がラルフェウス卿のことを……ああいや」
「ふふふ……警告したのは、出動を嫌気してとでも言いましたか?」
「むう。それはともかく、現にこうして出動されたのですからな。頼りにしておりますよ」
†
直径10ヤーデンはある大型ゲルに、騎士団幹部と戦闘班員が集まっている。
床几という折り畳み椅子を壁……と言ってもフェルトだが、その前に丸く並べて置き、そこに皆が座っている。その中で一人バルサムが立ち上がった。
「では、御館様、始めさせて戴きます」
始めるというのは、作戦立案のことだ。
対超獣出動と異なり、魔獣相手には騎士団主体で作戦を考えてもらうことにしたのだ。
最終的な決断は俺がするが。
俺からの上意下達ばかりでは、騎士団の存在価値が損なわれる。
とはいえ上級魔術師を除いた戦力では、深緋連隊に比べて質量共に見劣りするのは事実だ。だから、作戦の戦力として俺を入れて良いことにしてある。
「うむ。頼む」
「では、聞き込み調査してきた団員から報告してくれ」
「はい」
カタリナとビアンカが立ち上がった。
「魔獣は、夜になってから、北の山地の方から、10頭、20頭という単位でやってくるそうです」
「そして、なぜか人のいる家を襲ってくるそうです。ここから、山寄りにもう一つ集落があったそうなんですが、そこがやられました。今は避難して誰も居ません」
ほう……。
「そうか」
俄に信じられないのだろう、バルサムが眉根を寄せている。
無理もない。
多くの魔獣は、野生動物と同じように人里を好まない。文字通り足の踏み場がない程の大発生となれば話は別だが。
この土地は、そこまで酷くない。
「副長。この件は5人以上から情報を得ています」
カタリナが膨れている。
バルサムは戦闘班員には怖がられているが、他の班についてそうでもない。頭ごなしに怒らないし、強面の割に面倒見が良いと評判だ。人間関係ができているゆえの、カタリナの表情だ。
「ああ、そうか。すまん。怪我人の治療途中に情報収集してくれたのにな。他には」
「はい!」
代わって、ルーモルトとトラクミルが立ち上がる。
「ああ、私達の調査結果もだたいまの救護班員の報告とほぼ同じです。夜半に身の丈3ヤーデン5頭ものワイルドボアの突撃を受け、民家が全壊したという情報もありました」
「気になるのは、その1頭が魔獣避けの篝火の列に突っ込んだとの情報です」
「むぅ……」
バルサムが唸った。
何やら違和感ある情報が多いな。
そのあとも、何組から同じよう情報が話されたが、報告が終わった。
「うむ。状況はこんなところか。地図を見てくれ」
バルサムは、椅子の輪の真ん中に紙を継ぎ接ぎして造った手作り地図を、長い棒で指した。
「魔獣は、夜になるとこの山峡を通って、こちらにやってくるということだな。作戦案がある者、もしくは意見がある者は挙手してくれ! ……おお、アクラン」
「はっ、はい」
一斉に皆の視線が集まったので、少し脅えたような感じで立ち上がった。
「山峡のこちら側の、中央に篝火を焚いて、魔獣を誘き寄せてはどうでしょう? 考えにくいですが、ここの魔獣は光に集まる性質があるようですので、それを利用します」
ふむ。
別の者の手が挙がった。
「トラクミル、なんだ?」
「はい。アクランのこちらの魔獣を光で誘き出せると言う点は同意ですが。誘き寄せてどうするのでしょう」
「はっ、はあ。それは……ゴーレム魔術を使い殲滅します」
「ふむぅ」
聞いたバルサムも眉根を寄せた。
「戦術の常道として、敵戦力の集中を避けて分散させ、各個撃破すべしと言うのがあります。それに反するのではないでしょうか?」
「そっ、それは、そうですが。魔術の発動効率から言って、ある程度固めないと……」
アクランの自信なさげな顔の横で、トラクミルを睨み付ける視線がある。ゼノビアだ。なるほど。さっきアクランが挙手したとき、嬉しそうだったが、彼女が唆したのか。
どちらも間違っては居ないが、さて。
トラクミルは続けた。
「では、アクランに訊くが、一晩中ゴーレムを使役し続けられるのか?」
「そっ、それは……」
我が騎士団にそこまでの頭数は揃っていない。
「トラクミル!」
「はっ!」
「もっともな見解だが、批評ではなく立案の立場で意見を言うように」
「申し訳ありません。副長」
「アクラン、反論はあるか?」
「あっ、ああいえ。トラクミルさんの仰る通りです」
「そうか。ではゼノビアはどうだ?」
「えっ、私ですか? ゴーレムを一晩中、お館様なら……」
「だめです! ゼノビアさん。それはお館様に丸投げするのと何ら変わりません」
「ああ。そうね。撤回します」
「ふーむ。では他に意見のある者」
「あぁぁ、戦闘班じゃないですが、良いですか?」
「どうぞ、アリシア班長!」
にこやかにアリーが立ち上がる。
「はい。敵戦力を集めるのは悪手、でも多数の魔獣を集めなければ斃すのに効率が悪い。両方正しいんじゃないでしょうか?」
ほう。
「その通り。矛盾だな」
「要は、集めた魔獣を斃すのに延々と魔力を使い続けるのが、問題なのでしょう?」
「班長は何か具体策があるのかね?」
「罠です」
「罠?」
「野獣を捕まえるには、罠を使います。魔獣も同じようにすれば良いのでは?」
うーむと唸って、バルサムは腕を組んだ。
考え方は悪くないが、生半可な罠では魔獣は斃せない。だから、魔術が持て囃されると言うのが一般的な考え方だ。
「ああ、具体案でしたね。大体の案はありますが、決め手は御館様が考えてくれるでしょう」
アリーは、にぃーと口角を上げた。
「では、その大体の案というのを聞かせて貰おうか、アリシア班長」
「はい! 御館様」
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訂正履歴
2020/08/16 誤字訂正、被害を受けた集落の位置について加筆。
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




