302話 女の本性
いやあ、書くのは烏滸がましいですが……
「ちょっと! なぜ私を招かないのよ!」
学位取得内祝いの宴を始めて15分も経った頃、エリザさんが本館食堂に怒鳴り込んできた。
「エリザ殿!」
「ああ、モーガンさん。今はラルフ君の教授としてきているから」
無礼と叱責しようとした家令を迎え撃った。
「宴をすることが決まったのは1時間前。その頃、教授は出掛けていましたよね」
魔感応で探ったが、敷地内に反応はなかった。
「さっき戻ってきたばかりよ。でも招く気があれば、宿舎に居る神職の子に伝言するなりなんなりできるわよね」
そう。騎士団救護班に派遣された神職があと3人入寮している。
少し怯んだが、怒りは収まらない。
食べ物の恨みではないだろうが。
「ラルフ君! 論文の件は私にも非があるけど、根に持つとは……」
「ちょっと、エリちゃん! 言い掛かりはやめて! 私の旦那様は、そんなに器が小さくないわ」
アリーが反駁した。
「その通り。エリザ殿をお招きしないように指示したのは、私です」
「ええ? モーガンさんなの? ラルフ君を庇ってない?」
確かに出席者選定は、モーガンに委ねたが。
「庇ってなど居りません」
モーガンの断言に、エリザ教授は歳の割に可愛い頬を膨らませた。
「では招かなかった理由を聞かせて貰っていいかしら?」
モーガンは長い溜息を吐いた。
「申し上げてよろしいのですか?」
「なっ、なによ!」
「では、申し上げましょう。この場にお酒が出ているからです」
まあ普通酒は出るよな、成人ばかりだし。
「そう……かも知れないけど」
全世界で見れば、光神教会における聖職者飲酒可否は宗派による。ここ、ミストリアでは大っぴらに奨められては居ない。要するに禁忌でないが、祭祀など最小限にして置けよと言うことだ。
「実は。先日王都大聖堂へ伺ったときに、デイモス司教座下より、くれぐれもと言い渡されたことがございます」
「えっ!?」
「当家へ派遣された神職の風紀が乱れているというのは本当かと!」
「なっ!」
「こちらの独身宿舎で夜な夜な、飲酒をされている方がいらっしゃる。それが神職であれば、派遣を中断させると」
「むぅぅ……」
ああ。あの顔は誰が告げ口したのよ? そう思っているな。
3人の神職のうちの誰かだろう。この前の顔合わせで見知ってはいるが、為人までは知らない。教授以外は2ヶ月交代で入れ替わってるからな。我が館に根付かないようにと配慮しているのだろう。
「それに対して、御館様は成人された方の寮内行動には干渉するつもりはないと、反論なさりました」
「うーー」
「しかし、酒宴にお招きしたとあっては、申し開きできません」
「モーガン」
「はっ!」
「証人を用意すれば良いだろう」
「証人?」
「証人と仰いますと」
「独身宿舎にいる者を全て呼んでくれ。まあ神職に酒は出せないが」
「まあ。旦那様ったら。でも、そうなると……流石に料理が足らなくなるわね」
ローザが立ち上がる。
「いえ、奥様自らお手伝い頂かなくとも」
†
その後は和やかな宴となり、我が家も平和だなあ……そんなことを考えたのが良くなかったのだろうか?
翌日に危機がやって来た。
「いかが致しましょう。御館様」
モーガンが珍しく、眉を下げて訊いてきた。
「確かに、困りましたな」
ソファーに座ったダノンも、こめかみを指で摩っている。
「致し方ない、当事者を集めてくれ。もちろんプリシラもだ」
「はっ!」
そう答えてモーガンが執務室を後にした。
「よろしいのですか?」
「ああ」
†
「プリシラ参りました」
扉を開けて、俺の他にたくさんの人間が待っていたので、はっとなった。しかし、臆することなく、唇を真一文字に結ぶと執務室の中程まで入って来た。
【音響結界!】
「どういったご用件でしょうか?」
少し気色ばんだ声音だ。
「なぜ呼ばれたかは、分かって居るはずだ」
モーガンの言に、プリシラは部屋の端に居並ぶ者達を、ゆっくりと見渡した。
ダノン、ブリジット、それにアリーも居る。
「いえ。わかりません」
毅然としたものだ。
「では訊くが、9月上旬から中旬にかけて、子爵家事務室を一旦締めた後、1人で戻って侵入し深夜まで何をしていたのかね?」
モーガンの目が細くなる。
「そうですか。家令殿にはもう知られていたのですね」
「それで?」
「なにもやましいことはしておりません。帳簿を見ていただけです。会計士の業務と心得ます。いけないことでしょうか?」
「帳簿を。ならば、なぜ勤務時間内ではない深夜に実施するのかね? そのようなことは指示しては居ないが」
「それは……」
モーガン以外は誰も声を発しない。
それに少し気圧されたのか、プリシラは俺に顔を向けた。
「それは、証拠を集めるためです」
「なんの証拠かね?」
プリシラは、遂に眦をあげた。
「ラングレン家の家計、そして騎士団の会計には、疑惑があります」
皆が息を飲んだ。
「続け給え、プリシラ」
「はい、御館様」
「疑惑とはスードリ班長が抱える情報班の経費が、騎士団会計に計上されていないことです。無報酬で、情報班員を働かせている……など、誰も信じません」
なかなか良く帳簿を見ているじゃないか。
「スードリ班長は騎士団員だが、それ以外の班員は騎士団ではない。よって騎士団会計には計上されない」
「そうですよね。でなければ、人数を明記して給与総額等を記載しなければなりません。無論、ラングレン家の会計にも計上されていないことはわかっています」
「それのどこが問題なのかね?」
「表面的には問題はありません」
「潜在的な問題があると言うことか?」
「はい、御館様。ラングレン家も騎士団も通らない経費。第三者から利益供与を受けているのと同じことです」
「ふむ」
「つまり、脱税の可能性があります」
プリシラは、再び周りを見渡した。
「先日、ソノール行き同行を断ったのも証拠集めのためかね?」
「仰る通りです」
「ふむ」
即答か。俺たちが居ない間に、より調査を進めようとした訳か。
「そうかね。しかし、御館を空けた期間には事務所への侵入はなかった。自分が監視下にあること気が付いたのかね」
モーガンは、なかなか辛辣だ。
「いいえ。更なる調査が必要ないことに気が付いたからです」
対してプリシラは堂々としたものだ。
「ふーむ。話が脈絡が分からないが、疑いが晴れたと言うことかね?」
モーガンが続ける。
「そうですね。もうひとつの疑問から解に行き着いたからです」
「疑問?」
「はい。報酬がらみで調べたのですが、スードリさんと情報班の方々は優秀すぎます。そんな人材が、騎士団結成と共にすぐに集まったのはなぜか? 私には信じられません」
「なるほど。しかし、それで、解に行き着くとは思えないが」
「それだけでは闇の中です。でも分からないことが2つあるときは、案外同じ原因だと言う父の教えを適用したところ気が付きました」
ふむ。思考過程はよく分からないが、鋭いな。
「つまり、先程申し上げた利益供与の第三者が、報酬だけでなくスードリさんごと提供していたとしたら。それは、税金の心配の要らない存在、かつ豊富な人材を予め持っている存在だということです。その両方を満たすのは1つです。畏れ多くて口にはできませんが」
ほう。
聡明だな。いつもアリーが褒めまくるのも分かる気がする。
プリシラとは基礎学校ぐらいまでで接点が途絶えていたが、印象が変わった
確かに、騎士団の情報班員は、国王配下の諜報員集団だ。
この結論に至るのに、どのぐらいの時間を要したのだろうか。
違う意味で、プリシラに興味が沸いてきた。
「それで、調査をやめたのかね」
「はい。しかし、私の推論にはひとつだけ欠陥があります」
ん?
「それは、スードリさんの正体です」
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訂正履歴
2020/08/01 「そんなことを考えたのが」の前部分がなぜか消えていたので修正。誤字訂正,少々加筆
2024/11/30 誤字訂正(白ノ木 零さん ありがとうございます)
2025/03/04 誤字訂正(ran.Deeさん ありがとうございます)




