301話 秘密拠点
やっぱり秘密拠点とか秘密基地とか言ったら、地下ですよね。
なんだろう、サンダーバードとかからの伝統なのかな?
ふむ。
親父さんが信を置くだけあって、クルストフは血の巡りが良い。
「どうして、俺が壁を造ったと思った?」
「私は3日前にここに参りましたが、このような物は影も形もございませんでした。昨日ここに来た者にも訊きましたが、同様にございました。しかし、今日来て見れば、200ヤーデンも続く土塀ができあがっている。失礼致します」
ん?
クリストフは、つかつかと塀に寄っていく。そして、いきなり殴った。
「ふぅぅ……しかも、このように恐ろしく堅牢な物を、人知れず築くことなど、子爵様をおいて他にいらっしゃいません。私の推理は間違っておりましょうか?」
以前に俺が曲輪2つを数時間で整備したのを見ているからな、とぼけることはできまい。
「いや。貴官の推理は正しい」
クリストフが深く息を吐いた。
「失礼にならずよろしゅうございました。ところで、この中へはどうやって入るのでしょう?」
「そこの門を開けて入るのだが」
「門? 門と……仰いますと?」
クリストフが怪訝な顔をする。
無理もない。延々と続く路沿いに見える土塀は、途切れなく見えるからな。
腕を車外へ突き出す。
【起動!】
クリストフが腕の先を見ると、地響きをあげた。
「土塀が崩れ……」
土煙を上げつつ、壊れるかに見えたが、向こう側へ移動を始めた。
「開いていく! これは魔術ですか……」
そう、土塀の一部がゴーレムになっているのだ。それが向こう側に折れて、中が見えてくる。
「あれだけの荒れ地が……うっ、あれは……あれも子爵様が? 一晩で」
8レーカー(3ha)余りの造成地に点在する建物を指した。
「ああ、時間が無かったからな、まだ壁と屋根しか無い簡素なものだ」
「我ら只人が同じことを数十人でやったとして、一年でできるかどうか……」
クリストフは目頭を押さえた。
「ああ、クリスさん。旦那様のやることに、いちいち驚いていると身が持たないわよ」
「はぁ、奥様。ああ、いえ。そのつもりではいたのですが」
ゴーレムが動きを止めて通行可能になったので、元の馬車と馬に乗って移動し、手前の建屋に入る。
「これは……広いものですな」
中にはところどころ太い柱が立っている以外はがらんどうだ。
「うわぁー、本当に何にも無いね。でも、いいね、これ! 騎士団の宿営地をこういう風にしてくれたら……ああ、無理か」
必ずしも無理ではないが。
「御館様。お恐れながら、水の方は?」
モーガンが訊いてくる。
「魔導具で地下から、その水槽に汲み出す」
「その? ああ、これ壁じゃなくて、水槽なんだ! でかいねえ」
肯くとアリーがへぇーと言う顔をした。そう言うのが好きなのか?
「失礼致しました。御館様に限って手落ちなどあるはずがございませんでした」
「あぁ、いや。気付いたことがあれば、遠慮なく申せ」
「はっ!」
「あとは、設備を設置すれば、一応薬剤の製造ができるようになる。まあ販売認可が下りるまでは、治験用の在庫積みに留まるが」
クリストフは辺りを見回しながら。
「子爵様、この建屋の中をどうするかの構想はおありなのですね」
「ざっとしたものだがな。まあ説明はこんなところだ。まだ何も無いからな」
「はい。ご案内ありがとうございました。ところで、何か私共でお手伝いできることは?」
なかなか丁寧だ。
「あぁ……今のところは特に思い当たらぬ」
「必要とあらば、人手を用意致しますが」
「うむ。大量に生産する計画が立てられるまでは問題ない。ゲドとサラはここにゲルを張ってしばらく作業させるが、身の回りの世話を焼く者を用意してあってな。近々こちらへ参る」
「わかりました。では我らは城へ戻りますが、何かありましたら、ご遠慮なくお申し付け下さい」
「そうか、我らはまだ当地で打ち合わせすることがある、見送りせず済まんが」
「いえ、とんでもございません。では、失礼致します」
クリストフ達が敷地を出ていき、丘陵を降りていった。
「それで? 旦那様。打ち合わせとは?」
アリーはニヤついている。あなたの考えなどお見通しですと言わんばかりだ。
「ああ、こっちだ」
建屋の中央付近の柱に寄っていき、皆を手招く。
「なに?」
「そこに固まれ」
皆が近付いてくると、出庫した魔石を柱の側面に翳した。
床が眸と光り紋章が浮かぶ。
「転層陣!」
瞬く間に、別の場所に飛ばされた。
かなり暗いが、転層陣の残り灯で朧気ながらに地上ではないことが分かる。
「ああ、少し待て」
壁際に歩いて手を翳すと、上方から光が来た。
「なにここ? 洞窟?」
アリーは、額に手を翳して、辺りを見回す。
「ああ、ここって、昨日来た!?」
サラは気付いたようだ。
「その通り、地下の洞窟だ」
「へぇー。でも洞窟にしては」
「そうですよね、アリーさん。昨日と全然来た感じが違うんですけど」
「少し開削して、壁面を強化した」
「やっぱりね。旦那様が地上のあれだけで満足するわけないもんね……って、あれ何?」
「ああ、あれは王都館の地下設備。ですよね」
肯くと、サラとアリーとがそちらに駆け寄って行った。
「御館様」
モーガンが寄ってきた。
「なにか?」
「地上の大きな建屋は見せ掛けで、ここが工場の本体ということですか?」
察しがいいな。
「うーむ、まあ半分当たりだ。ここでは、薬剤の生成と成分調整処理をやる。だが地上も単なる見せ掛けではない。ちゃんと役割はあるぞ。薬草や副資材の集積、乾燥、粉砕、混練、加水までの前工程。それに熟成、瓶詰め、検品、荷造り、発送などの後工程もな。生産量が増えたら、ここだけでは賄いきれなくなる」
「ほう。なるほど」
「それでも、地上の敷地は余る。当面薬瓶は購入する予定だが、その工場を造っても良い」
「壮大な計画ですな。ただそうなると、人の出入りが……」
「そういうことだ。規模拡大で収まりが付かなくなろう。機密保護も難しくなる。そのための地下工場だ」
モーガンは理解したように、ゆっくりと会釈した。
†
日が傾いた頃、王都に戻ってきた。
サラと、ゴーレムに憑依しているゲドはエルメーダに残してきた。
持って行った設備を地下空間に設置したので、その立ち上げをやるそうだ。ゲドは、バロックさんから薬草が入ってくれば、再生産ができるように持って行けると豪語していた。
夕食までは少し時間があったので早速、執務室に詰める。
珍しくアリーが付いて来た。
「では、失礼致します」
ブリジットが、不在中の財務会計報告を終わると、執務室を辞して行った。
「結構順調だね、うちの財政。騎士団と製薬業に注ぎ込んでいるから、もうちょっと厳しいのかと思っていた」
確かに、製薬業の方は今のところ収入がないからな。
「確かにそういう時期もあったのですが、騎士団に関してはご寄付と、それ以外は御館様の子爵ご陞爵による歳費増額で余裕ができました」
「へえ。寄付! 騎士団に物好きねえ。余り、お金持ちを助けた覚えがないけど」
「ははは。知らないのか。義兄上から結構戴いているぞ」
「えっ?! 義兄って、アレクサンデル様!? うわっ、言っといてよ。お礼状を書かないと。文面どうしよう、お姉ちゃんに手伝って貰わなきゃ」
アリーが頭を抱えた。
「では、最近届きました御館様宛のお手紙を片付けましょう」
盆の上に、封筒がちょっとした山になっている。
「うわっ、3日でこれだけ溜まるんだ」
差出人の表記で明らかに家政関係の手紙は、既にモーガンが選別済みだ。これらは俺宛かあるいは中を改めないと分からない書状だ。
モーガンとアリーが封を切ってざっと読み、俺に見せるべきと判断した物を渡してくる。俺はそれに目を通して、必要であれば返書を認めるか、必要な指示を書いて付箋として蝋で貼る。
これでよしと。返書に封をすると、アリーがこっちを向いていた。
「なんだ?」
「いやあ、しょうもない陳情が多いなあと。でもちょっと前は、縁談の申し込みが凄く多くなかった?」
「ははは。仰る通りですが、アリー様の件が発表された後は、めっきり減りましたな」
「ふぅーん。私って、思ったより役に立ってるわね」
「はい。それはもう」
モーガンの返事にアリーはご機嫌だ。
頭を撫でてやると、数秒間うれしそうにしたのだが。
「旦那様には、もうちょっと違う形で褒めて欲しいのだけど。次! えーとこれは、修学院からだわ。親展だそうよ」
封を切ると、中身を改めずに俺に渡してきた。
取り出した便箋は1枚だ。
なになに。
貴殿が提出された論文、”呪文内に頻出する神名と修辞に対する魔術効果相関の一考察”……ああ、3ヶ月前にエリザ先生に騙されて書いたやつだ。
当審査会の厳正なる審査の結果、基準を満たしているものと認め、学位授与に値すると決しました。つきましては、通常1ヶ月以内に口述報告会を開催して報告戴くところですが、貴殿の休学理由および状況を鑑み、これを免除致します……か。
「旦那様。どうかした」
「ん、うぅむ。学位をくれるそうだ」
「学位?」
アリーに便箋を渡す。
「本当だ。理論魔術学博士だって! おめでとう旦那様!」
「おめでとうございます」
「うむ」
「あっ、お姉ちゃんに知らせて、お祝いしないと! ちょっと行ってくる」
アリーは立ち上がると、あわてて執務室を出て行った。
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訂正履歴
2020/07/29 誤字訂正、少々加筆
2023/03/18 誤字訂正(ID:78534さん ありりがとうございます)
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




