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29話 洞察

うーむ。近くでインフルエンザの人が出ました。私は熱はないけれど……


表彰されたことは、何度かありますが。表彰文を自分で作るのはなんとも。

 巨大な猪魔獣を斃した夕方。

 日が暮れる寸前に、立派な馬車がウチにやって来た。

 馬の蹄音と嘶きで気が付いた僕らは、驚きつつ出迎える。


 馬車の扉には、ユニコーンの紋章が描かれている。村人なら誰でも知ってる伯爵家の物だ。

 誰が乗っているのかと思ったが、降りてきたのはなんとローザ姉だった。

 伯爵領都ソノールへ行っていたが。なんで伯爵様の馬車に?


「ただいま戻りました」

「あっ、ああ。おかえり、ローザ」

「お言い付け通り、行って参りました」


 住人が100人を超える人里に、人よりも大きい魔獣が現れた場合は、領主に届け出なければならない。


「そう。遠いところまで、ご苦労様。この馬車は? それで……ウチの人は? 居ないの?」


 お母さんが、ローザ姉に聞いた。


「旦那様は、まだ伯爵様のお城にいらっしゃいます」

「あっ? そうなの?」

「はい。それで、馬車できたのは、ラルフェウス様がよろしければ、これに乗ってお越し頂きたいと」


「お越し頂きたいですって? どこへ?」

 いやいやお母さん。混乱しているのだろう、とんちんかんな受け答えをしている。


「もちろん、お城へです。伯爵様直々のご要請だそうで」


「伯爵様が、ラルフを?」

「はい」


「僕の身体なら大丈夫だよ。ここへも歩いて帰って来たし」

「本当に? うん、じゃあ、お城へ参上しないとね。私はこれだから、もう一度ローザ付いて行ってくれるかしら?」

「承りました」


「では、伯爵様にお目に掛かるのに、ラルフに何を着させて?」


 えっ、心配するとこは、そこなの?


「お誕生日にお召しになった礼服で、よろしいのではないでしょうか」

「あっ、ああ、そうね」

「分かりました。御者の方に知らせてきます」


     †


 伯爵様のお城へ上がる道すがら、馬車から窓の外を見ている。


 さて、整理しよう。

 伯爵様が直々に、僕をなぜお城へ呼んだのか。


 六脚巨猪(ヴァラーハ)を斃した僕を、褒めたり、表彰したりするため。これは一番ない。為政者が庶民を表彰する場合、被表彰者のためだけにということは、ほどんどないとある本に書いてあった。多くは、表彰を見たり聞いたりする無関係の観衆のためだそうだ。穿った見方だが頷ける。この状況では、その観衆を集める暇がない。


 僕の活劇譚を聞きたい、あるいは興味を持って居る。これも可能性が少ない。それが動機なら、日を改めるに違いない。


 残るは、事情聴取だ。しかも今日のことが他のことに活かせる、あるいは差し迫って必要な場合だ。

 慌ただしく呼びつける理由は、これだろう。


 夜景を見るとはなしに見て、考えていると、窓に凄くにこやかなローザ姉の顔が映る。眼が合った。


「綺麗ですね」

「うん」

 シュテルン村は、日が暮れると家の窓がぽつぽつと灯りが見える程度だ。今夜の月齢は12日だからそこそこ明るいけど、新月の夜なんか一帯が真っ暗になる。

 

 領都は夜でも華やかだ。石畳の道を明るく街灯が照らしていて、街並みが鮮やかだ。

 鮮やかと言えば、この馬車。緋色の絨毯の床に砂粒1つ落ちてないし、座席もふかふかで座り心地が良い。流石は伯爵家の馬車だ。もう町中なので舗装が良いのもあるだろうけど、ほとんど揺れない。村から来る道でも揺れは小さかった。

 本当の貴族、大貴族というのは凄い。


 お城が見えてきた。

 領都の街には頻繁に来ているが、城──あの堀の中には入ったことがない。


 ただ、基礎学校へ視察へ来られた伯爵様を、遠くからならば拝したことはある。細面で眼が鋭く艶やかな黒髪と髭が印象的な美丈夫だったなあ。


 快適な道程は終わり、広場を突っ切り、跳ね上げ式の堀橋を渡って城門を潜った。


 馬車が止まって、流石に御殿の正門ではなく、通用門に横付けされる。降りて少し待っているとカシャカシャと音を立てて鉄の鎧を着けた、騎士がやって来た。


 兜を被れば完全武装という出で立ちだが、お城の中はいつもこうなのだろうか?


「先程の侍女と、ラングレン殿の息子か?」

 お父さんのことを知っているようだ。

「はい」

「失礼! 両腕を上げて」

「はい」


 僕の身体を手で触って確かめたらしい。

 横を見るとローザ姉も、女の人に同じようにやられていた。


「では、行こうか」

「はい」


 長い廊下を何回も曲がって、階段を上り、さら奥へ入っていくと、やがて2人の兵が立って居るところまで来た扉があった。


「お連れした」

 片方の兵隊さんが扉を開けてくれた。


 差し渡し30ヤーデン位の広間だ。そこに男の人ばかり十数名が居た。

 大きな机が、いくつもあって、そこに向かって、何か議論なのか、ざわざわと話している。


 僕達が中へ入っていくと、何人かの目がこちらへ向く。場違いな子供と綺麗な少女だからだろう。


「侍女殿は、そこで座って待たれよ!」

「はい」

 ローザ姉は、扉の横の椅子に向かう。僕だけが、騎士に先導されて、部屋の中程まで歩いて行く。

 伯爵様だ。変わっていらっしゃらない。姿勢が良い。


 眉間に皺を寄せて難しい顔をしていたが、こちらを見るとにっこりと笑った。

 そして、パンパンパンと手を叩くと、一瞬で部屋が静かになった。皆が一斉こちらを向く。


「おお、良く来た」

「はっ!」


 僕はその場に片膝を着くと、胸に手を当て下を向いた。

「ディラン・ラングレンが嫡男、ラルフェウスにございます。伯爵様に御目見得でき、望外の喜びに存じます」


「ははは! ご苦労。ディランの子にしては堅いな。誰ぞ、財務方のラングレン主査を呼んで参れ。うむ。よく来た、よく来た。2年前にシュテルンの基礎学校で見かけたが、一段と賢しい面構えになっておる。神童の名に恥じぬ」


 へえ、憶えていてくれたんだ。

 伯爵様が、准男爵の小倅に、随分と気さくに接してくれている。


「ありがたき幸せ」

「あははは。そうか、こたびは稀に見る大きさの六脚巨猪(ヴァラーハ)を僅か8歳の子供が斃したと聞いてな、呼び寄せた。仔細を説明しては貰えぬか」


「お答えしたいところながら……さらに大事なことを申し上げねばなりません」


「むぅ!」

 和やかな表情が、やや締まる。

 それよりも、伯爵様の隣に居る年配の人が、断然恐い顔になった。失礼があれば、子供とて許さんという表情だ


「ほう。聞かせて貰おうか」

「ありがとうございます。そこの地図を使わせて頂きます」

 軍服の人が、地図を載せた机前の場所を空けてくれた。


「私が、巨猪を見付けたのが、セルジアの森のこの辺りです。そして、この方角から疾駆してきました」

 伯爵様の眼が鋭くなる。


「私が行ける森の範囲で、身の丈5ヤーデンを越す巨獣が出たことは、ここ10年は無いと聞いてます」


「身の丈、5ヤーデンだと?」

 軍服の胸当てに手を翳した軍人が聞き返す。


 今、そこは良いでしょう……仕方ない。

「はい。これは、その巨猪(ヴァラーハ)が遺した魔結晶です」

 鞄から、片手では持てない大きさの赤い水晶を取り出す。


「でっ、でかい! 確かにここの大きさなら、生前も……本当に、坊主が斃したのか?」

「その件は、後程。とりあえずこの魔結晶は、お預け致します」

 軍人さんは、それをしげしげと見ている。

 もう茶々入れないでくれ!


「話を戻します。大きさも稀なのですが、6脚の巨猪自体も伯爵領内のセルジアの森では、ほぼ見られません。つまり、どこからか移動してきた……おそらくは何かから逃げてきたと考えます」


「何かとは?」

「率直に申し上げて、超獣かと」

 そうなって欲しくはないけど。


「ふふふ……。日が暮れてから大分経つのに食事もせず、我々が慌ただしくしている理由が分かるかね? ラルフ君」


「僕とは別の線から、超獣出現の兆しを察知され、その対策を練っていらっしゃるのかと」


「残念ながら、その通りだ! もう一度訊こう! 巨猪ヴァラーハが来た方角、君が超獣が現れると思しき方角は?」


「はい。この地点から、北東からやや北に逸れた方角です」

「むう。バズイット伯爵領の方だな。フェルナンド、どうか?」

 さっき睨んできた人に、伯爵様が訊かれた。


「ここは、森の茂りが濃い場所。そして隣接領から余り距離がありません」

 確かに、この地図に描かれた境界線から森の外れまでは短い。ざっと20ダーデン程だろう。森の外は、シュテルン村では無く、隣のインゴート村だ。


「限られた戦力で、そこに出張るには……もう一押しあると良いのですが」

「申したくはありませんでしたが……私は魔獣の考えがわかる時があります」

 フェルナンドさんが、僕を氷のような視線で射貫いた。


「では、明早暁、火焔装備の部隊で確認できるよう手配致します」


 火焔装備──


 僕でさえ、森中で炎属性の魔術は使わない。

 自らの領地だ。無論、領軍は素人ではない。その山火事の危険を知らぬわけではない。


 フェルナンド、後で聞いたら伯爵家家令だそうだ。

 その人が、ぐっと眉間を寄せていた。


 危険を押しても超獣に立ち向かうべきとの覚悟か。


「委細任せる」

「はっ!」


 フェルナンド様は、士官を何人か連れて部屋を出て行った。


「流石は、ディランの息子だ! 肝もある」


 えっ? 伯爵様の視線は、僕の上を飛び越えた先に向いてる。


「お父さん」

 振り返ると、お父さんが敬礼していた。


「お褒めにあずかり恐縮です」


「ディラン、今言うべきはそうではないだろう?」


 お父さんは、にやっと笑った。

「ラルフ。無事とは聞いていたのだが。大丈夫か?」

「はい!」

「うむ」


「いや、大型魔獣を斃すは見事。また確かに大事な情報であった。ありがたい」

「お役に立ったのであれば、光栄です」


「その様子なら、財務も談判が付いたのであろう」

「はっ」

「では、ラルフ君。超獣は我らに任せよ。と言っても人智を超える物であるからして、無傷とはいかんだろうが、被害は抑えよう。今日はディランと一緒に家に戻れ。そうだ、侍女も連れてきたのであったな。来る時と同じように馬車を使うが良い」


「ありがたき幸せ」


 この時、肩の荷が降りた気がした。

 だが、それが誤りであったことを、間もなく思い知ることになる。


皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


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2021/03/07 誤字訂正(ID: 1532494 さん ありがとうございます)

2022/02/13 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)

2022/09/24 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)

2022/10/05 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)

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