297話 血族というもの
連綿と続く血脈。それを支える血族。敬愛する先生の小説だとおどろおどろしくなる要因ですが、それほど悪いものとは思えません。
転位後まもなく、俺達はエルメーダの城に入った。
城の応接間に通されると、爺様と婆様が待ち構えていた。
「おお、ラルフ。よく来たな」
「まあ、ラルフちゃん立派になって」
えーと婆様。ちゃん付けはやめてもらいたい。
「お爺様、お婆様」
2人に抱き付いて挨拶する。
「お義祖父様、お義祖母様。お久しゅうございます」
ローザも挨拶した。血筋的には、彼女の大伯父母に当たるが、俺の妻だから義祖父母でもある。
「えーと……ご無沙汰しております」
アリーは、なんと呼んで良いか迷ったようだ。
側室になってからは、初めて会うからな。ミストリアでは、第1側室までは一族に組み込まれるのが通例だから、呼び方はローザと同じで良いのだが。
「ああ、アリーも我が孫になったか。亡くなったカロリーネにも感謝だな」
カロリーネとは、俺の大叔母。つまり爺様の妹であり、かつローザとアリーの実祖母だ。スワレス伯爵領外に嫁ぎ、俺の生まれる前に亡くなったので、会ったことはない。
親戚内で婚姻する時の問題は、このように呼び方がややこしくなることだ。
「そうね。姉妹2人共奥さんにするなんて、ラルフちゃんも幸せ者ね」
「はい」
少し前まではローザ1人で十分幸せだった気がするが、今は結構な割合をアリーが占めている。
「それはそうと、ラルフは一族の名誉回復に尽力してくれたそうだな」
「いえ。祖先の皆様のご奮闘によるものです」
「それは間違いないが。今になって国王陛下の関心を呼び、脚光を浴びるには、ラルフの活躍あってこそ。我が祖父と大伯父に勲章を授与戴くなど、望外じゃ。我が父も喜んでいることだろう。もちろん儂も嬉しい限りだ」
「それは何より。私も嬉しく存じます」
「ふふふ。相変わらず謙虚なことよ」
「お義祖母様」
「何かしら、ローザさん」
「エルメーダに引っ越しされたそうですね。御殿内にお住まいなのですか?」
ローザが気を使って話題を変えてくれた。
そう。
爺様は、曾爺様が先々代のスワレス伯爵預かりになって以来、私有の土地がシュテルン村にあってもソノールに住み、自ら伯爵家の監視下に入っていたのだ。
当代の伯爵様は、ご自身が襲爵された際に今後祖父母にソノール在住の必要はなしと言って下さったようだが、ご存命の先代伯爵に忖度して最近までそのまま住み続けていたのだ。それが、先日高祖父の容疑が正式に晴れたことで、誰憚ることもなくなった。よって親父さんが、エルメーダに呼び寄せたと手紙に書いてあった。
「西曲輪に庭園があるでしょ。その中にある館に引っ越したの」
「御殿の中じゃないんですか?」
西曲輪か。
あそこには、いくつか古びた館があったが、あれに手を入れたのか。
「いえねぇ、御殿内だとルイーザさんが気を使うでしょ。私もつい小言を言いそうになるし、それに御領主夫人は忙しいから邪魔もできないわ。でも、気の利いたメイドさんを2人も付けてくれたから過ごしやすいのよ」
ふむふむ。嫁姑でお互い気を使い合っているようだ。
「ははは、でもロザンナは家事を止めないのだ」
「それはそうよ。お茶を戴いて、はぁぁなんていうのは1日2日は良いけれど、毎日になったら、すぐ老け込んじゃうもの」
「はははは」
「まあ。でも、西曲輪には学問所もできたでしょう。孫がたくさんできたようなものなのよ。だから、これでも忙しいのよ」
「あのう、お義婆様。学問所とは何でしょう?」
おっと、アリーには言ってなかったか。
「ああ、そうね。ソフィーちゃんのために、家庭教師を雇ったのだけど。折角教えるならと、何人か生徒を募ったのよ。今はエルメーダに住む准男爵や士爵の子供をね」
ああ、お袋さんの領内貴族向け懐柔施策だな。
「うむ、それでロザンナは料理に裁縫を教え、昼食作りを手伝い、儂は算術や会計学など実学部分を教えておる」
「まぁ! それは良いことですね」
「うむ。ラルフにも教えてやるつもりだったがな。基礎学校に入る前に、中等学校程度を軽く超えておったからな。出来なんだ」
「それは、申し訳なかったです。でも教えるのは大変ではありませんか」
爺様は58歳だったよな
「なんの! 儂らの呆け防止の意味もあるし、家臣候補を養成する意味もある」
「家臣と仰ると男の子も、居るのですか?」
「ああ、男子5人に女子5人だ」
むうぅ。大丈夫なのか。ソフィーにエゼルヴァルドのような変な虫が!
……あぁいや、まあ。
ソフィーに取りつけるものなら、それはそれでなかなかの人物に育つだろうが。
「男の子が剣術を学ぶ間に、私が女の子に教えているの」
ふむ。良く考えているな。
「しかし、ガスパル家はなっておらん。曾祖父の頃にはエルメーダにも中等学校が2校あったのだ。それを閉鎖して、教育に金を使わなくなった。投資を怠り自滅した」
そうだな。
教育には金が掛かる。
人が育つまでには時間が必要が掛かる。結構な確率で利得は出るが、自分ではなく次世代の利得になりがちだ。
俺たちが居たスワレス領は、歴代の伯爵様の方針で、庶民でも中等教育までを安価に受けることができた。なので、そこまで就学する者が大半だ。それに、ソノールに1校のみだが高等学校と軍人を含む職人を養成する職業学校も運営されている。だが、王都を除けば、かなり恵まれた方であり、ミストリア全土がそうではない。
義務として無料もしくは低学費で初等教育を受けるのは国内全土で共通だが、中等教育を受けるのは高額な学費を納める必要がある方が普通だ。よって、中等教育進学率は1割程度と聞いている。高等教育に至ってはそもそも学校が侯爵領規模以上の領都相当にしかなく、そこに就学するのも貴族か富豪の子弟あるいは修学院のように光神教関係がほとんどだ。
「だが。ラルフが推挙したレイア殿は、よくやっておる。あの者もガスパルの一族ではあるが、中等学校を復活させようとしているからな」
ほう、爺様はレイアを買っているのか。ふむ。
「まあまあ。あなた。難しい話はそれぐらいにして、お昼を摂りましょう。子爵様がお腹を空かせてるわ」
長くなってきた爺様の話を、婆様が止めた。
「うむ。そうだな」
「スープを温め直すから、少し待ってね。でも、ここは水がねえ、ちょっと勝手が違うのよ……」
「ああ、水ですね。硬水も悪くないと思いますが。お茶には合わないので、こういう物を作ってきました」
魔収納から一抱えもある菰袋を出して床の上に起き、中から小指の先程の紅い粒をいくつか取り出す。
「あら、これはなあに? 魔石?」
「はい、硬水を軟水に変える魔石です。貯めた水に、これ1欠けを入れて貰うと、そうですね、1リーズ(700ml強)が10分ぐらいで、ほぼ軟水になります」
外傷治療薬の設備を作る過程の副産物だ。
婆様の目が輝いた。
「まあ、それは凄いわ! これ、どのぐらい間使えるの?」
あっさり信じてくれた。
「そうですね。多分毎日使って戴いたとして、使う水の量にもよりますが、10日ぐらいは大丈夫です。段々白くなりますので、真っ白になって一回り大きくなったら替え時です。これ全部お使い下さい。なくなりそうになったら、手紙を送って戴ければ」
「まあ。うれしい」
「ああ、ラルフわるいな。ルイーザ殿にも分けてやらぬと」
「ああいえ、母上には別途渡しておきます」
†
「ラルフ殿。待たせたな、よく来た」
「お帰りなさい」
爺様と婆様と一緒に昼食を戴いたあと、昼を40分位過ぎた頃、執務から戻ってきた親父さんと食堂で顔を合わせた。
「父上、母上。おひさしぶりです」
「こんにちは」
「うむ。2人ともよく来られた。おお、そうだ。食事は?」
「ええ、お爺様とお婆様と一緒に戴きました」
「そうか、ああ話が有るのだろう?」
「お話は、父上と母上がお食事をされてからで結構です」
「あら、私は学問所で食べたわよ。それより……まあまあ、ローザさん。だいぶお腹が大きくなったわねえ」
学問所に行っていたのか。婆様を避けたのではないらしい。
お袋さんが、ローザに寄っていき、撫でたそうにしている。
多分一般基準では目立たない。だが毎日見ている者としては、元々素晴らしいくびれがあったので、その差は大きいと言えるが。
「はい」
「そう。生まれるのは2月よね。お腹蹴るようになった?」
「はい。最近は、結構蹴ってきます」
「じゃあ、男の子かもね」
「どうでしょう……」
「私も男の子だと思います」
なぜアリーに分かる?
「そうねえ。ソフィーも蹴ってきたけど、ラルフに比べれば大人しいものだったからねえ。ラルフは、毎日早く出せってせっつかれていたような気がしていたわ。うふふ……それはそうと、まあ昔から娘同様だったけど、アリーも娘になってくれて嬉しいわ。よく頑張ったわねえ」
お袋さんは、アリーに抱き付いた。
「奥様……ああ、いえ、お義母様。ご指導感謝します」
何の頑張りに、何のご指導だ?
俺の奥向き人事は、お袋さんの計画通りに進んでいそうで憂鬱だが、まあ結果としては異存はない。
料理が何皿が運ばれてきて、親父さんが食べ始めた。
「そうだ! 良いことを思いついたわ!」
お袋さんの嬉しそうな顔に、不吉な予感しか浮かんでこない。
「2時から、学問所の5限目があるのだけど。ラルフに特別講師を頼むわ!」
「はぁ?」
意外な方向性だが、それはそれで嫌な感じだ。
「5限目は、私の受け持ち授業なのよ。どのみち生徒達は、ご飯食べて眠たくなっているから、ちょうど良いわ」
何が良いんだか、さっぱり分からないが。
「いや、しかし。私は、これから父上と談合が」
「そうだぞ、ルイーザ。これを食べたら、重要な交渉をだな」
親父さんも、同意だ。
「でしたら、申し訳ありませんが早く食べて下さいませ。談合と言っても中身は大体手紙で分かっているのでしょう? 最初は当主同士の話が必要でしょうけど、後は家令同士の話になるわよねえ。だったら、ラルフの身体は空くはずです。お願い致します」
いやまあ。おそらく、その通りだが。
「ふーむ。ルイーザは言い出したら聞かぬ。ラルフ殿、話が落ち着けばだが、そなたの母親の言うことだ。どうする」
「父上がよろしければ」
「うむ。済まぬな。ああ、ダヴェド、モーガン殿達とクリストフを応接室に案内せよ。私もすぐ行く」
親父さんは食べる速度を上げた。
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訂正履歴
2020/07/15 誤字訂正(ID:793377さん ありがとうございます)、少々加筆、言い換え等
2021/09/11 誤字訂正
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




