296話 ラルフ 恩義を感じる
人間感謝の気持ちが大事……そりゃあ、分かるんですけど。何かにつけてありがたく思うことはあっても、特に他人様に恩義を感じることは少ないっすねえ。今は2人ぐらいいらっしゃるかなあ。
翌日は、大使団と配下の者を宴へ招いて、激務を労った。
なぜだろう。
労わずには居られないのだ。何か前世であったかも知れない……我ながら非合理なことを考えたな。前世などあるわけがない!
それはともかく、宴の方は盛り上がったし。1人の病欠を除いた、ほぼ全員が来てくれたのは、なかなかに嬉しかった。平均年齢が低いからな、食い物に釣られてきたところが大きいのだろう。
†
大聖堂へ行ってから3日後。
10時に王都を発し、スワレス伯爵領領都ソノールに転送されてきた。
今回は俺ひとりではなく、ローザ、アリー、サラ、そしてモーガンの5人だ。
伯爵様に面会を申し込むと、昨日先行させた先触れが手配してくれたので、すぐにお目に掛かることができた。
広間ではなく応接室だ。
「伯爵様。お久しゅうございます」
入室した俺とモーガンが跪礼する。
「おおう。ラルフ殿よく来られた。ああ、大使殿と呼んだ方が良いかな。ははは」
「いえ。本日はお忙しいところを、お時間を割いて戴き感謝致します」
「いやいや。ラルフ殿なら大歓迎だが。どういった用件かな?」
「ご面会をお願いしたのは、御礼を申し上げたかったからです」
「んん? 何か儂は礼を言われることをしたか?」
「伯爵様が、以前より内務省貴族局へ、我が一族の名誉回復の嘆願をして下さいました」
「さぁて」
心当たりがないとばかりに視線を外す。
「そう、サフェールズ閣下より伺いました」
「ふむ、そうか。流石に内務卿閣下を嘘つきにするわけには行かぬ。嘆願は致した」
「ラルフェウス・ラングレン。伯爵様に御礼申し上げます。ご恩は忘れません」
「ふふふ。勘違いするなよ。儂はラルフを気に入ってはおる。が、それで働きかけをしたわけではない、友のためだ」
友。親父さんのことだ。
伯爵様が幼い頃、近習だったことも有る。
「友のために、何かするのは当たり前だろう? ああ、ディランには言うなよ」
「はぁ……」
「それと、忠告だ!」
「はい」
「ラルフは、貴族になったのだ。寄親でも封地を貰ったわけでもないのに、迂闊にご恩など言ってはいかん」
眼が鋭くなった。
「はっ、はあ」
迂闊ではないと思うが。
俺が納得していないのを見透かしたのだろう。
「先日のことだが」
「はい」
「儂には男の孫ができた。そなたの生まれてくる子が娘なら嫁に迎えたい」
「はっ……」
言葉が出なかった。
「……そう儂に言われたらどうする。ご恩など言った手前、断りづらいであろう。貴族とはそうしたものだ。ふっははは……縁談の件は戯れだ! 忘れてくれ。勝手に決めては、息子達に叱られるでな。しかし、そうか。ラルフも人の親となるか。儂もディランも爺になるわけだ」
っ
†
城を辞して馬車に乗り、ソノール6番街にやって来た。
「12年ぶりだな」
「お義母さまと参りましたね」
「そう? 私はプリシラちゃん仲良かったから、2,3回来たかな。城外のお屋敷も行ったことあるし」
門をそのまま通り抜けると、馬車は領都内にしては大きな館の車寄せに横付けして止まった。
そこには懐かしい顔が立っていた。
サラが開けてくれた扉から降りる。
「やあ……」
挨拶しようとした人は跪いた。横に居た夫人と一緒に。
「子爵様、拙宅にお運び戴き光栄に存じやす」
「ちょっ、ちょっとバロックさん」
「御館様!」
ん?
差し伸べようとした手が止まる。
モーガンの視線の先を見ると、鉄柵越しにこちらを覗いている者達が何人も居る。さっきの馬車が目立ったらしい。不本意だが。
「バロック殿、出迎え痛み入る」
「はっ! 先触れを戴き少し驚きました」
「こたびは、娘御を連れてきたかったが」
そうなのだ。モーガンが一緒に帰省するかと誘ったのだが。どういうわけか、辞退したそうだ。若い娘の気持ちはよく分からない。
「いいえ。その方から娘が辞退したと聞き及びやした」
再び会釈すると、バロックさん達は、ようやく立ち上がった。
「どうぞ中へ」
応接間に通されると、懐かしい顔がもう一人居た。
「おお、バネッサさん」
「わあ、ラルちゃん久しぶり。大きくなったねえ」
久しぶりに会った彼女は、赤ん坊を抱いていた。俺より2つ上だから今18歳か。
「これ! バネッサ、子爵様だぞ」
「ああ、バロック殿。幼馴染みだ。ラルちゃんで構わん」
だから、ぶすっとするなアリー。
「へえ、女の子か」
「そうなの。7月に生まれたんだけどね。ウチの家系は女の子ばっかりなのよ。姉さんのとこも、女の子ばっかり2人だし」
相変わらずざっくばらんだ。
ローザがバネッサの横へ、すすっと寄っていくと羨ましそうに見ている。
「あらぁ、ローザさんも、おめでた?」
「はい。2月か、3月には生まれます」
「そうなんだ。よかったわねえ」
「バネッサ。隣の部屋に行っててくれ。これではラルフェウス様と話もできない」
「はーい。御父様。ああローザさんとアリーさんも、どうぞこちらへ」
ぞろぞろと女達が退室していき、部屋にはバロックさんとモーガン、それにサラが残った。
「いやあ。すいやせん。お掛け下さい」
「うむ」
「はあ、バネッサも我が儘一杯育って、商会の者に嫁いだので、全く躾が行き届いておりやせず……」
そうか。あの気性だ。まず間違いなく、旦那を尻に敷いていることだろう。
「いやいや。母子共に元気そうで何より。ああ、バロックさん。他人の目もない。敬語など使わないで良い」
「ああ。そうでやすか? では、プリシラを雇って戴きありがとうございやす」
そうだ。
今日程改まっては居なかったが、昔からバロックさんは、俺にも敬語だった
「ああ、いや。決めたのは、ここに居るモーガンだ」
「そうでやしたか」
バロックは立ち上がって、挨拶する。
「モーガン、そしてサラ。そこでは話もできん。ここに座れ」
「はっ!」
「はい」
2人は会釈すると、俺の隣に腰掛けた。モーガンは背筋を伸びていて格好良い。
「あれはどうでしょう、物になりそうでやすか?」
「どうだ?」
「はい。プリシラ殿は若いながら、会計学に堪能で助かっております」
「そうでやすか」
ふうと息を吐き、表情が緩んだ
バロックさんも娘には、ただの父親らしい。
「しかし……」
「はい?」
「……良かったのかな。会計士など、この商会にとって何人居ても足りないのではないか?」
「ははは。いやぁ。全く以てその通りでやすが。あれが、会計学を学び始めたのは、他ならぬラルフ様のためでやすから。アッシとしても止められやせん」
横で、モーガンの眉がピクッと上がった。
失礼致しますと声が掛かり、夫人がお茶を出してくれた。
彼女が辞して行くと。
「ああ、娘の話ばかりして、申し訳ありやせん。改めまして、御先祖様の名誉を回復されおめでとうございやす。先月エルメーダのお城へお祝いに参じましたところ。男爵様も、御先代様も大層お喜びで」
「ありがとう。思い返すに、我が家が芳しくない状況で、バロックさんは良く支えてくれたと思う。礼を言いたい」
「とんでもございやせん。私も商人。利がないことはやりやせん。まあ、確かにすぐに利になる場合と、先々利になる投資もありやすがね」
出して貰った茶を一口喫する。相変わらず良い茶葉を使って居る。
「ああ、すまない。今日は、バロックさんに、頼みがあってな」
「はい。なんなりと」
「御館様、そちらは私から……」
モーガンがバロックさんに、人出の提供と新薬の素材となる薬草の買収を依頼すると、快諾を得た。
†
バロックさんの屋敷を後にすると、ソノールの城門を馬車で潜り出た。そして人気のないところまで走らせると、御者台に居たサラを客車内に乗り込ませ、窓幕を下ろさせる。
そして光学迷彩魔術を行使した。
「旦那様?」
「ああ、今からちょっとした魔術を使うが、気にしないでくれ」
「はい」
「はぁ……」
その刹那、蹄の音も車軸の軋みもなくなり、皆少し不審そうな顔をしたが、実はもう魔術は行使されていた。
そして5分後、蹄音が再び響き始めた。
「もう、上げてもいいぞ」
アリーとサラが幕を上げて、外を眺めた。
「あれ? ここは?」
「うん。ソノールじゃないわねえ。どうやったの旦那様」
アリーが訊いてくる。
「ここは、エルメーダから500ヤーデン程離れたところだ。どうやったかと言えば、空を飛んだ」
アリーが首を振った
「はあ。御館様、馬車ごとですか」
サラも驚いている……と言うよりは呆れているな。
それはともかく、空を飛んだと言うのは嘘だ。転位魔術を使ったのだ。辻褄を合わせるため、転位してから地上で止まっておき、時間が経って単純に進み出しただけだ。
空を飛ぶより、ローザとお腹の子にとって安全だからな。
この馬車で、それを見破って居た者が1人居たが、彼女は何も言わなかった。
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訂正履歴
2020/07/11 誤字訂正
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




