295話 ラルフ遅刻する
早めに行動するので、ほとんど遅刻という事態には至らないのですが。電車が止まったりして不可避な場合もありますよね。今は携帯で連絡取れるので気が楽ですが、そういうのが無い世界は大変っすよねえ。
「まずい、遅刻だ」
教会の鐘が鳴っている。10時だ。
言い訳だが。
出掛ける1時間前に、館へ国家危機対策委員会からの使者がやって来ると先触れが来て、足止めされたのだ。超獣対策特別職にとって最優先事項だからな。
使者の口上としては、来月早々指名出動せよということだった。その使者をあしらって出発したため、辻馬車で鐘を聞くことになってしまった。
俺だけならば魔術を使って間に合わせたのだが、モーガンも同行だ。そうも行かない。
「はあ。ですが、先触れを出しておきましたので」
「そうか」
手抜かりがないな。
王都内では辻馬車の速度も知れている。王都大聖堂に到着したのは10分程経った後だった。教団の応接室に通されると、既に大司教と司教が待っていらした。
大司教に続いて、司教も立ち上がった。
「ラングレン卿、遅かったじゃないか!」
司教がつっかけて来るが、こちらが悪い。
「申し訳ありません。大司教様、司教様。お久しぶりにございます」
片足を引いて、会釈する。
「うむ。ラングレン卿、モーガン殿。よく来られた。デイモス司教。私もラングレン卿を待たせたことがある。お互い様だ。それに先触れで遅れることはわかっておったではないか」
「まあ、そうですが。時に先触れの者によると、王宮から使者と訊いたが? 何の用だったかね……」
司教も怒っているように見せて、それほどでもないらしい。
「デイモス司教、詮索は無用だ。ああ、ラングレン卿。お掛け下さい」
「はい。外傷治療薬の臨床試験を始めて戴き、ありがとうございます。公務にて王都を離れており、ご挨拶が遅くなりました。まずはお目に掛かろうと罷り越しました」
胸に手を当てて会釈して感謝を示す。
「丁寧な挨拶、痛み入ります」
大司教の口調はいつも丁寧で感心する。
「いえ」
「司教。臨床試験の状況はどうなっていますか」
「はい。恐ろしい程の効能が、試験結果にも現れております」
「そうですか。それは何より」
「一昨日までに報告のあったものを、こちらに集計しました」
司教が紙を取り出して、テーブルの上に広げた。
ほう。
ササンテ既投与数は325単位。
渡したのは500単位だ。かなり進んで来たな。
症状変化程度、完治269、寛解31、不変2、悪化0、死亡3、不明12、除外8。不明と除外とはなんだ? 後で聞くとして。副作用、重篤無し、嘔吐、頭痛……。
並行投与既存薬との寛解までの期間短縮平均7.5日。
「司教様。2、3お訊きしてもよろしいですか」
「ああ、なにかね」
「症状変化の悪化が0で、死亡が3というのは、よくわからないのですが」
「うむ、それは重症の被験者へ投与した場合にままあることだ。今回の外傷治療の場合は、傷が快方に向かっていっても、出血多量などを起こしていることもあるからな、治療が間に合わないこともある」
そういうことか。
「わかりました。あと不明と除外というのは、どういった状況でしょうか?」
「ああ。それはだな……まず、不明だが。投与した患者が勝手に施薬所から居なくなってしまってな……」
ああ。
「……おそらく、全治か寛解に達していると思われる。それから除外というのは重症患者とか、患部が大きい場合に投与単位を超えた量を使ってしまった例だ。有効な結果には入れられないが、人命優先だからな理解してくれ」
「はい」
「ラングレン卿。分かって居ることは思うが、このまま試験が推移すれば認可は間違いない」
「ありがたく存じます」
「そこでだが」
「あっ、はい」
大司教に向き直る。
「光神教団としては、頼みがある。臨床試験の数を増やしたいのだが」
「それはどういう」
臨床試験の必要数は、この国の省令で決まっている。依頼済みの数で十分、手続きとしては増やす必要はない。逆に言えば、試験をする方の裁量である程度増やすことは可能だ。
「テンギル伯爵領で、魔獣が大量発生していることは耳に入っていると思うが。そこで使用したいのだ」
テンギル伯爵領か……。
それはともかく。ササンテの販売を前提とした製造認可は、まだ下りていない。だが、臨床試験用であれば話は別だ。使用しても対価を得てはいけないし、投与には例外を除いて本人もしくは家族相当の同意が必要となるが。
「そうですか」
「まあ、ラングレン卿がそこに、出動されるというならば、頼む必要もないのかも知れないが」
「ははは。明日の告示までは、口外なさらないで戴きたいのですが……」
†
大聖堂から公館に戻ると、既に騎士団の幹部が勢揃いしていた。
「では、幹部会議を始める。御館様」
ダノンが水を向けてきた。
「皆、ご苦労。既に聞いていると思うが、本日危機対策委員から綸旨が届いた。内容は、テンギル伯爵領で起こっている魔獣大量発生の討伐支援命令だ。10月5日までに同領都ギルダークに到着せよとのことだ。ついては、8日後の10月3日に王都を出立する。出動規模は、留守居を除く騎士団全体を予定している、方針と規模が決まり次第、騎士団総会を開催する。各位準備進めてくれ」
「「「はっ!」」」
「では、情報班長調査結果を」
スードリが立ち上がる。
「テンギル伯爵領は、王都から東南に約1800ダーデン(1600km)に位置し、総人口は凡そ9万人。地勢はベッサラー川の流域に広がった平野です。今月上旬に領都から南方面に魔獣の大量発生が認知されまして、今月15日に、近衛師団対超獣魔導特科連隊、特務第11隊と第16隊ならびに各支援中隊が投入されました」
結構経っているな。
「が、未だ殲滅に至らず、また同領の西地域、過疎地域ですが、そこからも大量発生が見られましたので、2日前から特務第2隊の先遣隊も動員が掛かっています。食料状態は収穫期後のため悪くありませんが、怪我人が少なくない数で出ており、既に領都では光神教会の支援が入っています。現状のところは以上です」
聞いてはいたが、状況が良くないようだな。バロール殿がまもなく入領されるだろうから好転するだろうが。
「では、質問がある者。挙手を」
「はい」
「救護班長!」
アリーが立ち上がる。
「既に派遣地へ光神教会が入っているとのことでしたが。どのような状況でしょうか?」
ダノンがこちらを向いた。
「うむ。偶然ではあるが、先程王都大聖堂に伺った。その折り、非公式であるが人員の追加要請について要請した。大司教殿、司教殿におかれては、最大限の協力を約してくれた。救護班長は、情報収集と現地での具体的な交渉を想定しつつ、補給班長と謀って拡大した班の組織を頼む」
「了解です」
「承りました」
†
本館に戻ってみると、モーガンの姿がなかった。行き先は地下と感知したので、そこに向かう。
「うーーむ。しかし、その規模ですと……あっ、御館様!」
地下工房に入るととサラが気付いた。モーガンにゴーレム姿のガルも居る。
皆が会釈する。
「既に話を進めているようだな,モーガン」
「はい」
「それで、何か揉めていたようだが」
「ササンテ増産は望むところですが、在庫は500単位余り。1000単位を目指すとすれば原料となる薬草が足りません」
サラは渋い顔だ。
「それと、ここの設備では溶媒の生成に限界がある、時間が掛かるぞ」
「わかった。何とかしよう」
3人は驚いた顔をした。
「御館。失礼ながら、なんとかと仰いますと」
ガルの問いに、サラがそうだそうだと肯いている。
「我に策ありだ」
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訂正履歴
2020/07/08 誤字訂正、既投与数324単位→325単位
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




