291話 ラルフ プロモスを後にする
別れってやっぱり淋しいものっすよね。人もそうですけど。場所も。
王宮での昼食会を終え、在プロモス・ミストリアに大使館に戻ると、先触れの知らせで待ち構えた大勢の大使館員に拍手で出迎えられた。その中には、ルータル公使とユーリン一等書記官ら公使派は居たが、ジョスラント大使やその取り巻きは居なかった。
「お帰りなさいませ。ラルフェウス閣下。どうぞ、宴の用意ができております」
広間に入ると、着飾ったアリーが待っていた。
「お疲れ様です、あなた」
「ああ」
手を牽いて、前の方へ向かって小さな段へ昇る。
出席者は入りきったようで扉が閉まった。公使が前に出て挨拶を始める。
「それでは、プロモス王国との覚え書き作成完了を祝し、ささやかながら宴を始めます。それではラルフェウス閣下。お言葉を頂戴致します。そのまま乾杯のご発声もお願い致します」
ささやか。
たしかに数十人は居るが、関係者と大使館員ばかりだ。
内祝いだから、外部の人間を呼ぶ位置付けではないし、まだ14時と執務時間中だからこれ位が相応しい宴の姿だろう。
「公使殿、書記官ならびに大使館員、そして我が大使団の諸氏にまずは御礼を申し上げる」
みんな嬉しそうだが、明らかに疲れている者も多い。ここ数日は俺などとは比べようもなく忙しかっただろうからな。
「この短期間で覚え書きの条項をまとめ上げた外交手腕は並々ならぬものと感服している。ああ、不眠不休に近い者達の顔がいくつも見えるが、もう少しの辛抱だ! 乾杯のあとは壁際に椅子も用意されているようなので、そこで遠慮なく休んでくれ。そして元気な者達は、喜びを分かち合ってくれ。では皆、杯を……乾杯!」
「「「「乾杯!!!」」」」
グラスを高く掲げてから一気に呷った。
段を降りて、レティアやアストラ達を労う。俺ががんばったのは1日だけで、あとは彼ら実務者の努力の精華だ。
レティアは、保守的ではあるが物事の本質を外さず、言うことに重みがある。
レーゲンスは、無口だが仕事が早い。特に書類作成の確実性が高い。引き抜きたい人物だ。
アストラは、貴族の有職故実……要するに礼儀や習慣に詳しいということで迎えたが、信念があり弁が立つので交渉にも強いことを知ることができたのは、今回の派遣の大きな収穫だろう。
パレビー……彼は言うまでもない。スードリの人選を褒めたいところだ。
彼らと談笑していると、アリーが袖を引いた。
「私、少し外します」
「ああ」
アリーは、執事の一人を連れて椅子に座っている者達のところに行くと、慈愛の籠もった魔術光を注いだ。
そう言うことか。
「ありがたいことです」
レーゲンスだ。
アリーを見ている。
「ん?」
「今もやって戴いておりますが、小職も時折お世話になりました」
「そうなのか」
アリーは、疲れた者達に回復魔術を施している。
「ええ。執事から、奥様は王都でその名も高い頭巾巫女だったと聞きました」
「左様、我ら大使団だけでなく、同席している大使館員達も何人か回復させて戴きました。感謝しております」
ほう。そこまで広くやっているとは知らなかった。
「いやいや。良いご挨拶でした」
公使が寄ってきた。
「そうか?」
「何より演説が短いのが良いですね」
書記官がしみじみ肯く。
「ユーリン、それは私への嫌みか?」
「公使殿の挨拶も短くて良いですよ。ジョスラント閣下の2割位ですから。ははは」
「ああ、そう言えば。表彰式の日以来、その大使閣下をお見かけしないが。どうされているのか?」
大体知っているが、一応訊いてみる。
「ああぁ。休暇を取っていらっしゃいます。クローソ殿下にやり込められた後ずっとです。こちらとしては、このところ妨害が入らなくて助かりました。このままご退任の日までそうして戴くと良いのですが」
「ユーリン、口が過ぎるぞ」
「はっ!」
全く畏れ入っていない。
「ところで書記官は、王宮控え室に殿下がご来訪されたとき、それを告げなかったな。あれはわざとか?」
「はははは。バレましたか。ジョスラント閣下は、あれでまんまと馬脚を現しましたからね。いい気味です。ですが、そう仰る閣下も数秒前には、感知されていましたよね」
「さて、どうなのかな」
「ユーリン。外交官として閣下を見習いたまえ。才気ばかりでは出世できぬぞ」
「はっ。心します」
†
翌日、暇請いをするため再び王宮に参内、女王陛下に拝謁した。
【そうか。帰られるか】
跪礼から、立ち上がる。
【はっ! 名残惜しいですが。我が国の王にも報告せねばなりません】
もちろん本国には既に外交行李で知らせてあるが。
【うむ、そうであるな。では、再来月に貴国へ送る団長は、またクローソに致そう】
【はあ。お会いできるようであれば、歓待致します】
【おや、会えぬこともあるのですか?】
【本業……超獣対策特別職の任務にて、王都を離れている可能性もございます】
【ふむ。できる男には仕事が集まるというが、致し方ない。では、余り引き留めぬようせねば。クラウデウス陛下にもよしなに】
【はっ! 失礼致します】
†
翌日。
王都カゴメーヌを発つ日となった。
朝も早いのに、宿舎までクローソ殿下がお越しになっていた。
「殿下。この度は何から何まで、お世話になりました。改めて御礼申し上げます」
俺とその随行は、帰路だけでなく、今後もプロモスの転送場を使用できることになった。使用許可を陛下から戴いたのだ。
これで、プロモス内の移動を2日ばかり短縮できる。
「何。こちらこそ、ラルフには礼を言わねばならぬ」
「はあ」
「エゼルヴァルドのことじゃ。存じているようにやつも入賞したが、ラルフが試練を克服したゆえ。見劣りすると申し、妾への求婚は撤回しおった」
「ああ。その件は、エゼルヴァルド卿自身から聞きました」
「ふーむ。そうか。ただ、これは又聞きではあるが、また来年出場するとも申しておるらしい。懲りぬやつだ」
「はっ、はあ」
まずい。
「じゃが、一難去ってまた一難じゃ」
「と申しますと?」
余り猶予のなさそうな言い回しだ。
円らな目を閉じ殿下は腕を組む。
「うむ。ここだけの話だが」
「はあ……」
「すぐ上の姉上の婚約が決まった」
この前お目に掛かったのは、第1王女様。あの方とクローソー殿下の間の第2王女か。
「姫様!」
今日も付いて来た、年配の執事が声を荒らげる。
「爺、うるさいぞ。いずれ知れることだ」
「はぁ……」
また真っ赤になっている。
「おめでとうございます。ご婚約というと、ネフティス王国とですな」
「ふふふ」
答えてはくれなかったが、スードリの情報に拠れば間違いないだろう。
東にある我が国との誼を強化するだけでなく、西方の諸国とも関係を切らさないよう機嫌を取っておくか。小国らしい戦略だ。
「ついては、妾にもいよいよ縁組み攻勢が回ってくると言うことだ。頭が痛いのう。なあ、爺」
「はっ、はぁ……」
やりとりは微笑ましいが、結構大きな話だ。
「したがって、我が夫に立候補するなら、今じゃぞ」
まじまじと見ないで戴けますかね、殿下。
いやいや、アリー眼を剥くんじゃない。冗談に決まっているだろう。
「そうですあ。ならばミストリアに立ち戻りまして、我が王に急ぐよう上奏致します
「誰がクラウデウス陛下の妾など」
「王子も何人かいらっしゃいますが」
「むぅ。まあいい、その話は、またに致そう。再来月には、またスパイラスに伺うしの」
「はっ!」
「うむ。しばしの別れだ。ローザ殿にもよしなに」
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訂正履歴
2020/06/20 誤字訂正(ID:1374571さん ありがとうございます)
2020/06/27 モルタ王女は第1王女の誤りで、婚約した第2王女との取り違えを訂正
公使の名前変更
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます),追記




