289話 王宮での戦い
戦いは戦場だけに非ず。常在戦場すね。
「伝言と仰いますと?」
クローソ王女に訊き返す。
「ああ、つい先程のことだが、宮廷の一部にラルフを名誉子爵に推す話があってな」
嫌そうに顔を顰めた。
「ほぅ……」
現役の大使へ爵位を。俺の場合は、この国では既に名誉男爵なので陞爵だ。
それはともかく。接受国、今回で言えば、プロモスから大使に爵位を贈ることは異例だ。
例外として長年務めた大使の退任時に慰労するとかならばあるらしいが。それ以外は、大使を取り込もうとしていると疑われても致し方ない。
「誰から出た話だと思うか? ラルフ」
「エルフ主義者の方々ですか」
「そういうことだ」
殿下が美しい口角を上げる。
あってはならない事態だが、逆に正式に陞爵を告げられてしまえば、非常に断りにくい。接受国の爵位など不要だと、面子を潰すことになるからな。
「つまり、俺を陞爵させる代わりに、安全保障特別条約の検討を反故にしようと言うことですか?」
殿下は肯いた。
それ以外にないよな。
†
【それでは、今年のカルヴァリオにて37年ぶりに試練克服された、ラルフェウス・ラングレン子爵様とご令室。ご入場!】
別の広間にぎっしりと並んだ人垣の間を、アリーの手を牽いて進む。
目指すは、女王陛下が座した玉座の前だ。
万雷の拍手に包まれて、アリーの頬は紅潮している。
先日の彼女との結婚披露宴の時を思い出す。
ゆっくりと歩いて、玉座の前に辿り着くと、ようやく拍手が止んだ。
アリーの手を離し、1歩前に出ると跪く。
【それでは……】
宴の始まりを宣しようとした司会役に手を翳す。
【お待ち戴きたい!】
俺の声に、広間が一瞬ざわついた。来賓達も俺の無作法に眉を潜ませたが、怯む気はない。
恭しく立ち上がると、女王陛下に対する。
【ラルフェウス卿に発言を差し許す】
陛下は何か感付いたのか、口角を上げた。
【ありがとうございます。申し上げます。私は、エルフ族のみが出席を許される、カルヴァリオに出場させて戴きました。大変名誉なことと存じ、改めて女王陛下ならびにご臨席の皆々様に心より御礼申し上げます】
陛下が肯いた。
半身になって背後にも略礼する。
【ところで、以前にもプロモス王国とのご縁があり、私は名誉男爵位を受けておりました。が、重ねてこの度の栄に浴し続けることは、熟考の上、身に余るものと判断致しました。つきましては、爵位を返上致したく存じます】
広間が静まりかえる。
【爵位を返上とな。ふぅむ、ラルフェウス卿は殊勝であるな。いかがか、宰相?】
彼が、宰相キルデリク宮廷伯か。
エルフとして典型的な細面で目が大きいが、眼窩が深い。結構な年齢のようだ。
目を閉じて息を吐くと刮目した。
【はっ。ラルフェウス卿の慎み深さに感服致しました。とはいえ我が国としても了承するわけに参りません】
【うむ。そうであるか。ラルフェウス卿は引き続き名誉男爵のままとする。良いな?】
【はっ、承りました】
女王陛下。
口元は厳格だが、目の奥が笑って居る。そして、顔を右へ向けられる。
釣られて俺もそちらへ向くと、何人かの列席閣僚が顔を顰めていた。
†
宰相の発声で乾杯が行われた。
【それでは、聖君試練の本戦出場者の皆様と、王室の方々としばしご歓談戴きます。ラングレン子爵様より、どうぞ】
玉座の前に進み出ると、後ろにエゼルヴァルド達が並んだ。
余り時間は無いようだな。
玉座の前に出て、アリーと共に跪礼した。
むっ。音響結界──
あれか。玉座の横に魔導具がある。声が漏れないようして戴いているようだ。
【改めまして、ご尊顔を拝し恐悦に存じ上げます。こちらは妻のアリーです】
【お目に掛かることができ光栄に存じます】
さっき覚えたばかりの言葉を、アリーはなかなか流暢に言った。
【おお、聞いて居た通り、美男美女であるな。我が国にもラングレン卿の浮名は流れてきておるわ。そうでなければ、クローソを嫁がせるところじゃ】
【ご冗談を】
【母上!】
【うふふふ。まあそう怒るでない。ああ、左はモルタ、クローソの姉じゃ】
略礼する。
向こうも会釈してきた。
陛下とよく似た面差しだ。流石に若くは見えるが。薄ら微笑んでいるいらっしゃる。多分自身とは関係ない話で退屈だろうが、流石は王族だ。
このモルタ王女が長子で、クローソ殿下との間にもう1人娘が居らしゃるはずだ。
【それにしても、見事であった。試練の魔術もそうだが、先程の詐術もな。見ていましたか、クローソ。さっきの大臣共の顔を】
やはり不機嫌そうだった者達が、エルフ主義者だったようだ。
【はい。陞爵させられようとする者が、先手を取って爵位返上を願い出るとは、畏れ入りました。ただ妾には、詐術というよりラルフと母上の寸劇に見えましたが】
【殿下の仰る通り。うまく行ったのも、陛下のご助力の賜にございます】
【まあ、そうでしたの。妾もまんまと騙されました】
【そうなのですよ、姉上】
仲よさそうな姉妹だな。
【これこれ。朕を共犯者にするでない】
【ところで、先程陛下は魔術を見事とお褒め戴きました。が、陛下の御前でご披露した記憶はございませんが。ただ……】
【ただ?】
【はい。迷宮の中で時折、誰かに監視されて居る気がしておりました】
【ふふふ……他言無用じゃ】
【はっ!】
クローソ殿下が少し引き攣っているところをみると、彼女も観ていたようだな。
【他言無用と言えば……】
【はぁ】
【サクメイ殿は何か仰ったか?】
その話か。
【はい。捧呈致しました白百合の飾りを、陛下にお渡しするようにとだけ】
いや。
ミストリアの神獣が2体一緒に居りましたなどと、申し上げるわけにも行かない。
【そうか】
陛下は肯かれた。
【名残は尽きませんが、後ろが支えて居りますようなので、誠にありがとうございました】
再び跪礼して、玉座の前から下がった。
代わりにバーレイグ達とすれ違う。俺とアリーを睨みながら音響結界に入っていった。
「感じ悪い」
「まったくだ」
アリーと頷き合うと玉座から離れ、テーブルに陣取る。
「ねえ、あなた。女王様は、結構笑っていらっしゃったけど、どんな話しだったの?」
「ああ、通訳していなかったな。俺が詐欺師と言う話題だ」
「詐欺師?!」
アリーは自分の口を押さえた。一瞬視線がこちらに集まるが、すぐに散った。
「大丈夫だ、ミストリアの言葉は通じない。まあ俺が詐欺師なら、女王陛下も役者だったって、殿下が仰って笑っていたんだ」
「ふーん。よくは分からないけど。あなたの狙い通りになったみたいね」
肯くとアリーは柔らかく微笑んだ。
こういうところは、流石姉妹だ。ローザとよく似ている。
グラスを傾けワインを飲む。なかなか口当たりが良いと思っていると、出席者が何人かが連れ立って、こちらの方へやって来た。
外交官らしく対応しないとな。
アリーと共に様々な来賓達と挨拶を交わし、美辞麗句を言ってくる貴族達には謙遜しつつ対応する。爵位を得た頃はぎこちない受け答えだったが、俺もここ数ヶ月で慣れたものだ。
相手も上流階級だけあってラーツェン語で話せたので、アリーも受け答えができて良かった。
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訂正履歴
2020/06/13 誤字訂正
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




