284話 ラルフ 迷宮を嗜む
鍾乳洞とか洞窟とか、行ったことあるのは観光地ばかりですが。それでも入って出て来ると、何かすっきりするんですよねえ、不思議。
ふむ。
辺りに漂う魔素が薄い。
魔術とは体内に取り込んだ魔素を励起した魔力を元手に、周囲の魔素を励起して現象を発現する術のことだ。よって、この環境では魔術規模も小さくなる。
楽でいい。
中級以下の魔術は、気を抜くとすぐ魔力を投入しすぎて大事になりやすいからな。最近は特に制御に気を使うことが増えた。
長く続く真っ直ぐな通路を歩く。
下ってるよな、これ。
通路全体が傾いているので分かり難いが、もう1層分以上は下っている。そしてさらに、勾配がきつくなった。
しかし、さっきから、聞こえている音はなんの音だ?
ザーーと間断が無い。
足下が湿ってきているところ見ると、水音か? そう思って聴くと何か流れ落ちる音のようにも聞こえてくる。
そのまま進んで居ると、魔灯による照明がまばらになっていき、床が岩盤になった。また坑道状態だ。さらに進むと緩やかに右に湾曲し始め、足元がべちゃべちゃと濡れ始め、やがて岩盤が鍾乳石に変わった。
なるほど迷宮と天然の鍾乳洞を無理矢理繋いだのか。通路の側面やら上面を眺めながら歩いて居ると足下の抵抗が増え、踝までが浸かる水面となった。
加えて洞内は重低音が常に反響し、それに合わせて空気も震え始めた。そのまま50ヤーデンも進むと、開けた場所に出た。
やはり滝だ。
一抱えほどある流れが、幾筋も滝壺に流れ落ちている。落差3ヤーデン程。いずれも岩の割れ目から迸っている。
地下水脈なのか。
滝壺から流れに沿って眼を転じれば、水辺は広がり果ての見えない水面が満々と水を湛える。地底湖だ。
地上にあれば景勝地となるだろうが、これを見せるために坑道を掘ったわけではないよな。その推理の証左が地底湖の深みから、巨大なモノが近付いて来た。
水棲魔獣──
水面が数リンチ盛り上がる。
むっ!
右脚を引くのと、飛び出した奔流が脇を掠めるのが同時だった。
避けた液が落ちた床と壁から白煙が上がる。強酸だ。
【閃光!】
蒼白き光線が魔獣の頭部へ直撃。だが、跳ね返され鍾乳洞の天井を灼いた。
反射?
閃光魔術は魔力集束が強く威力も凄まじいが、純粋な光属性ゆえ特定の反射率が高い表面を持つ物には無力となる。
水面が弾けるように持ち上がると、魔獣が姿を現した。
蛇の如く丸い頭に紅い眼、大きな顎門。両横に突き出す前足。
ヴァサーニュートだ。
蜥蜴なのかヤモリなのか知らんが、体高2ヤーデンも有る巨体だ。そいつが、四肢を使ってゆっくりとうねりながら水辺から這い出てきた。その様は何やら俺を見下しているようだ。
ヤツが吐く無数の酸の唾を避けながら観察する。
皮膚から滲み出てくるあの粘液が、体表面の乾燥を防ぐだけで無く、光属性の魔術を跳ね返すというわけだ。
攻めの魔術系統を変えるか? いや──
ヴァサーニュートは、上陸し終わるとバタバタと醜く走り出す。
【冥凍波!】
波動が霞むように巨体が包み込み瞬く間に白く霜が纏わり付いていく。だが構わず突進してくる。そう、冷却魔術で斃したら癪に障る、故に込めた魔力は極小。
【閃光!】
指の先から奔った針程の光線は、今度は反射することなくヴァサーニュートを貫通した。
高反射率で防がれたのならば、表面状態を変えれば良いのだ!
だが巨体は止まらない、轟きながら俺に向かって突っ込んでくる。
跳んで横に避けると、巨体はそのまま直進。背後の壁に衝突して地響きを上げた。
それでもじたばたと脚を漕いていたが、まもなく大きく痙攣して地べたに突っ伏した。
ふむ。
中枢は灼き切ったが、脊髄反射だけでここまで長く動きを維持するとは。
なかなか興味深い。
そんなことを思っていると、ようやくヴァサーニュートの巨体は光粒と弾けて消えた。
地底湖を振り返る。
ふむ、逃げたか。
水面下に近付いて来た魔獣の気配がもう何体かあったのが、いずれも地底湖の深みへと消えていった。哀れな先達の臨終を感じ取ったのだろう。
俺としても殲滅する必要はない。これは駆除に向けた出動ではないからな。
【加速】
強化した脚力で10ヤーデン程の水脈を飛び越え、向こう岸に渡る。
岩壁に書かれた文字が見えたからだ。
ここには、古代エルフ文字でしか書かれていなかった。
「耳を澄ませ、心を開け?」
耳を澄ませは分かるが、心を開けか……。
首飾り魔導具を見ると、5つめの小粒魔石達が光っていた。もう新たに光りそうな部分はない。
ここで寄り道できるところは終わりらしい。
再び水脈を飛越し、来た道を戻った。
†
1時間程後。
誰に会うこともなく下へ向かう階段を見付け、第6層へ下る。
明るいな。
天井の各所が輝き、眼下を照らしている。昼間の如くとまでは言えないが、迷宮の中にしては違和感がある。
それに第5層までとは、一線を画す造りだ。
これまで通路、坑道いずれにしても、狭く長い坑が続き、数少ない分岐で坑が分かれると言う造りだった。
しかし、第6層は異なる。
まずは広い。
そして砂丘のように砂で埋まっている。
ただ、砂地から天井にまで届く太さ3ヤーデンもある柱が、不規則かつ無数に生えており、視野のほとんどが遮られている。ところどころ隙間が空いてなくもないのだが、なにやら霞が掛かったように朦朧としており、ざっと50ヤーデン程しか見通しが利かない。
結果的に有機的な網目状になっていると思われる。
そんな、いい加減な認識しかできないのは、魔感応の感度が落ちているからだ。
現在降りている階段は、先が砂に埋まっていた。おそらくはもっと下まで続いているのだろう。
砂面まで降りきり、足を降ろすと少し埋まる。が、歩けない程ではない。一歩踏み出すと反動で微粒子が舞い上がった。
これか……霞の正体は微粒子らしい。それが空気中に漂っており、光が乱反射して居るのだ。
厄介だな。
どうやら光だけでなく魔束もある僅かに散乱させるようだ。魔感応の感度が落ちたのもこいつの所為か。
とはいえ、進まなくてはならない。
他の選手の足跡が続いているしな。ざっと見て4人分くらいだ。後半戦が始まったときは、俺の他に6人居たわけだから、あと2人はまだ上に居るのか。あるいは脱落したのか?
とりあえず足跡がない方向に進むことにした。
最初は足を取られそうになったこともあったが、慣れたので今は小走りだ。柱を避けるのも軽快だ。
少し調子に乗りかけたときに、野太い悲鳴が聞こえた。
この声は!
が、柱に反響しまくって方角がわからない。
ちぃ。
【光翼鵬!】
飛行魔術を行使。適当に飛び回る。
天井に遮られ高度も上がらず、柱を縦横に避けつつでは思うように速度が上げられん。
それでも、20秒も飛び続けると、ようやく気配を感知した。
大きな柱を回り込んで、砂地に降りて走る。
居た! やつだ。
【リウドルフ!】
むっ、背中と胸から下が変色している。
石化?
【ラ、ルフ!】
首を捩ってこちらを向く。
【今、治癒魔術を!】
まだ間に合う。
だが術式を念じた刹那。
彼の足下に赤白い紋章が浮かび、瞬く間に身体が淡い光に包まれると掻き消えた。迷宮外に転送されたのだろう。
はあ……リウドルフは脱落か。
死んでは居ないだろうが、仇を取ってやろう。
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訂正履歴
2020/05/27 誤字訂正
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




