280話 地獄耳
最近テレビで、モスキート音(高音)聞こえるかーとかやっていました。学生の頃は良く聞こえたんですがねえ。
【なんだ。あんた、そっちへ行くのか? さっき自分で行き止まりって言っただろう】
俺が歩いている先は小広間の奥。さっきエルフ貴族が戻ってきた通路の方向だ。
【ああ、一応確認しないとな】
【へえ。あいつらは嫌なやつらだが、馬鹿じゃねえと思うがな。俺は戻るぜ! じゃあな】
アールブは、来た通路を戻って行った。
確かにな。魔術師は馬鹿ではできん。
通路に入ると、10ヤーデンも進んだ段階で、床が敷石から粗い岩肌に変わった。もはや、通路と言うよりは坑道だ。
しかし、何とも違和感ある岩盤だ。
エルメーダの鉱山で入り慣れているので分るが、露呈した岩盤と言うのは、風化や酸化が進み多かれ少なかれ褐色に変色する。しかし、この岩肌には見られず、ごく最近掘られたような新鮮な色だ。
迷宮でそんなことがありえるのだろうか?
それはともかく坑道に変わってから照明も暗くなり、うねうねと曲がり出して、40ヤーデンも進むと突き当たりになった。
やや鈍った魔感応ではあるが、この先には通路などは隠された物はないと告げてくる。
だが正面の壁に何か書いてある。
【燈明】
擦れているが読めるようになった。
行き止まり、選手は戻れ……お粗末な警告文だな。そんなことは周囲を見ればわかる。
その下は、プロモス語だ。さらに、ご丁寧にいくつもの言語で同じ文言が書いてある。ラーツェン語。エスパルダ語と来て…………ん?
古代エルフ語も書かれているが、変だ。
「7層以降に進むときは……死を覚悟せよ」
なぜ古代エルフ語だけ文言が違う? そもそも誰宛なのか。現代では読める者は極々少ないはずだ。これが古びた岩肌に書かれていれば、違和感が少ない。
素直に考えれば、他の言語は囮で古代エルフ語だけに意味があるのだが。
分からないが、7層以上あるって事か。
興味深いが、ここに居ても仕方ない。戻るとしよう。
†
1時間後。
【氷礫!】
斧を持ったミノタウロスが右の小路が飛び出してきたが、無数の氷片が瞬殺した。
魔術探索の感度が下がり、通路の繋がりがそこそこ分かるが、魔獣は感知しづらい。
ここまで至近距離で感知できないのは、いつ振りだろう新鮮だ。最近は迷宮に入っても危機感を覚えることが少なかったからな。速度は普通だが、警戒しつつ進むのは久しぶりだ。一般の冒険者はこんな感じかも知れない。
後ろ──
ふぅーー。
魔術を発動しかけたが、寸前で止めた。
ハーフエルフのリウドルフだ。10ヤーデン程離れていたが、おっかなびっくりの足取りで近付いて来た。
【怖ぇな、あんた。魔圧の上昇速度が半端ねえ。ありゃあ無詠唱ってやつか?】
【まあな】
いまさら隠しても仕方ない。
【そうか。やっぱりな。あんた……じゃあ、呼びづれー。名前を教えてくれねーか?】
【ラルフだ】
歩き出して返事する。
【ラルフ? どっかで聞いたような……】
【人族ではありふれた名前だ。それよりどこまで付いてくる気だ】
【いいじゃねえか。さっき貴族達を見掛けたが、やつら3人で共闘してやがったぞ。反則じゃねえのか?】
【反則なら、首から提げている魔導具が判定するだろう】
【そりゃ、そうだが】
無言で歩いて居ると、十字路まで来た。
【順路は、多分右だ。そっちに行くと良い】
【そうかい? ラルフは?】
振り返って、反対を指差す。
【俺は左に行く】
リウドルフは、何度か瞬きした。ああ、何かバロックさんに似てるな。20歳ぐらいは若いだろうが。
【はぁあ? どういうことだ】
【左は、100ヤーデンも行かない内に、行き止まりだ】
返事を聞かず、左に進む。
付いて来た。
折角教えてやったのに。
また、通路が坑道になった。そのまま進むと、当然のように突き当たった。
【げっ! 本当に行き止まりじゃねえか】
予め言ってあったろう。
【燈明】
また壁に書いてあった。行き止まり、選手は戻れだ。やはりいくつもの言語で書いてある。最後は古代エルフ語だ。
【ちっ! 何が行き止まりだ。どうせ書くならもっと手前に書けよ!】
【リウドルフは、一番下のを読めるか?】
【行き止まり、選手は戻れじゃねえのか?】
【読めるのか?】
にやっと笑った。
【古代エルフ語なんざ読める訳ねえ。読めたら、この歳まで野良の魔術師をやってねえよ。上にそれだけご丁寧に書いてあれば、誰でもわかる】
まあ、そう思うよな。
それにしても、似てるな……。
【誰にだ?】
【はっ?】
【似てると言ったろう】
どうやら、無意識に口にしていたようだ。だとしても相当微かな音量だったはずだが。
【ああ、故郷の知り合いによく似てる】
【へえ……】
【それにしても良く聞こえたな】
【ふふん。俺の二つ名は地獄耳だからな】
ほう。
【さて無駄足らしいから、おいらは行くぜ!】
リウドルフは、足早に立ち去っていった。
やはり、この国の魔術師でも読めないのか。
何が書かれているか分からなくても、行き止まりの壁を複数見れば、古代エルフ語だけ別の文章が書かれている事は分かると思うが。
……そんな奇特なことを考えるのは、俺だけか。
十字路に戻り、正解だと思う方向ではない方向に曲がってみた。魔獣は出なかったが、いくつかの罠を回避しつつ進むと、行き止まりではなく十字路のすぐ近くに出た。
流石に戻る意味はないので、先に進む。
100ヤーデンも歩くと、前方から羽ばたき音──
常闇鳶だ。村で見た物よりは、随分小振りだが。
しかし、1羽や2羽ではない、通路を羽色で塗りつぶす程の密度で、こちらへ向かって来る
【風槍】【風槍】【風槍】【風槍】…………
高圧噴流で面を制圧するように発動。
次々に撃ち落とすこと30秒。
「ふう。やはり魔結晶を落とさないか」
100羽以上殺戮したのに、通路には痕跡一つ残っていない。
この迷宮の魔獣は普通じゃない。
†
おぉぉおおおお……。
ラルフの魔術連撃に、部屋に詰めている大人達が響めいた。
先程エゼルヴァルドが、ケルベロスを斃したときよりも反応が大きい。
【中将。今のは、そんなに凄いのですか?】
【はっ!】
陛下の問いに反応したのは、またもガイヌス中将。
【詠唱なしに、あそこまでの戦果を上げるのはなかなかの驚異かと】
うむ。なぜだかラルフが褒められると少し誇らしいな。
【そうでしょうか?】
【誰か!】
母上が質す。
【失礼致しました。陛下、陸軍第2師団魔術科大隊のヘルテイト少将にございます】
魔法科大隊か。
【少将、続けよ】
【はっ。総監閣下が仰ったことは一面から正しいと思いますが,あのミストリア人の戦い方は効率が悪すぎると考えます】
【効率。どういう意味か?】
【はい。魔術師が持って居る魔力とは有限であり、あのように魔術を多用すれば,無駄が大きく、消耗することは必定。彼の者は上級魔術師と聞いておりますが、このような迷宮での戦い方を心得て居らぬのではないかと】
【中将、どうか?】
【はっ。小官は戦果から意見を申し上げました。少将の見方ももっともかと存じます】
ふむ。中将は引いたわね。
まあ,このようなことで争っても益はないと考えているのかも知れないけれど。
【クローソ。あなたはどう見ますか。あの若者のことをよく知っているのでしょう?】
おっと。
訊いてからこちらを見たわ。我が母ながら食えない性格をしていらっしゃる。
【私は魔術のことは、良く存じません。ただ、ラルフェウス卿は上級魔術師と成る前、冒険者をしていたと聞いております】
【冒険者?】
【冒険者は、迷宮を探索する事もまた生業。何かしらの考えがあるのやも知れません】
母上はにっこり笑っていた。
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訂正履歴
2020/05/13 誤字、細々訂正
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




