277話 ラルフ 凶悪になる
出すぎた杭は打たれないと言う名言(松下幸之助)が有るそうです。成ってみたいですねえ……。
「やっぱり!」
皆が、旦那様を攻撃しようとしている。
開始の笛と同時に、旦那様の周りにいた出場者が、腕や杖を一斉に向けたのだ。
「何で?」
なぜだか、旦那様は身動き1つしなかった。このままでは、集中攻撃を受けてしまう!
そして、数秒後には現実となった。
轟音が上がり、炎や何かの塊が輪の中心に殺到した。
1発1発は、大したことない攻撃魔術でも、何十も束ねられては……。
しかも間断なく、まるで仇でも討つように一気呵成だ。
旦那様の周りは熱か蒸気か、半球状に白く煙っていて姿がみえなくなった。
「あぁぁ……」
力なく声が吐息に変わりながら、私は腰を下ろした。
「班長!」
「気をしっかり持って下さい」
「はっ? 何が?」
「えっ?」
10秒も、煙っていただろうか。誰とはなく旦那様に集中していた攻撃が途切れた。
遠雷のような谺が消えると、水を打ったように静かになった。
攻撃をしていた魔術師達が、肩で息をしている。
風が吹いて、旦那様が姿が……見えた!
やっぱりだ。
笛が吹かれる前と、何も変わっていない。
あれしきの攻撃では、旦那様に傷一つ付けることは叶わない。
まるで、何事もなかったよう……いや、有った!
まずい──
「ふっふふ、あはっははは……」
静けさを破ったのは、笑い声。無論その主は旦那様だ。
【ふっ、ふざけるな!!!】
言葉は分からないが怒号が何度も飛び、再び攻撃が始まった。
†
やっぱり、俺に攻撃を集中してきたか。
この規則では、強いやつ、目立つやつを先に倒した方が都合が良いからな。
遅い。
3秒以上経って、やっと火球が飛んできた。
威力はそれなりだが。それも俺の1ヤーデン程手前で霧散した。反射的に光壁を張っていた。この程度、直撃してもどうということはない。
しかし、来た来た!
目の前が真っ白になる程、魔術が殺到してきた。
爆発音がひっきりなしに起こる。
10秒も経ったろうか。
光が収まった。
周り一面敵だらけ──
腹の底から笑えてきた。
呵々と声が出た。
それが疳に障ったようだ、再び魔力の奔流が轟轟と飛来する。
が、先程よりも短い秒数で、消え失せた。
攻撃に参加した20人余りは、どいつもこいつも肩で息をしている。
つまらん。
さもしい戦術を採る輩は、実力も比例するらしい。
さて、潮時か。
俺が攻撃しなかったのには理由がある。けして余裕が有り余っていたからではない。
【気尖!!】
俺の放った衝撃波は、凄まじい破裂音を残し、全く敵のいない真上に向かって飛んで行った。
ふむ。やっぱり強過ぎるか。直撃なら殺しかねん。
最近は下級魔法ですら、この調子だ。精々魔力を絞らないとな。
3発ほど空に撃って調整、これなら──
【|気尖!!】【|気尖!!】【|気尖!!】………………
腕を水平に突き出し、身体を捻りながら十連射すると、轟音は一繋がりに聞こえた。
圧力波は、俺を中心にして爆発したように放射状に伸び、吸い込まれるように敵に命中していく。
ある者は跳ね飛ばされるように円陣外に消え、またある者は後ろに居た者も巻き込んで転がっていった。
遅れて砂煙が濛々と湧き立つ。
1秒にも満たぬ時の狭間で13人もの選手が倒れ伏した。
感知魔術に拠れば死人は居ない。まあ、あれだけ魔力を絞ったからな。それにしても他愛ない。
ビィービィーと耳障りな音がしているので見下ろすと、首から提げた魔導具が明滅していた。
ちぃ。もう俺の出番終わったようだ。
†
「うわぁぁ……凶悪」
隣にいたゼノビアが嘆息した。
思わず彼女を睨みつける。
「あ、あぁぁ、失礼しました。かなり手加減されて、あの結果ですから、やっぱり御館様には超獣に立ち向かって戴かないと」
ゼノビアがあたふたと言い訳した。でも旦那様が手加減しているのはわかったようだ。
空に向けて撃ったのが、審判へ示威行為か、どうかわからないけど、流石に全力じゃないとわかるわよね。
などと考えている内に、審判から予選勝ち抜け宣告されたようで、旦那様はとぼとぼと歩いて円陣の外へ出た。あちゃあ不満そうな顔してる。出迎えないと。
†
「予選通過、おめでとう。あなた」
「「「おめでとうございます」」」
競技場の外に出ると、アリー達が出迎えてくれた。
「ああ、ありがとう」
答えた時、なぜかアリーが不審そう目付きをした。
「まだ予選は続いているが、皆は見なくて良いのか?」
「いやぁ、もう。御館様の魔術の後では……ああ、アクランに任せました」
彼か。
「そんなことより……」
アリーが俺の腕を取る。
「午後の本戦に備えて、どこかでお昼を食べましょうよ」
「そうしよう、皆も一緒に来い」
「「「はい!」」」
返事が良いのには訳がある。
宿の食事は余り皆の口には合わないようだ。宿の食事はエルフ向け高級料理なのだろう、野菜ばかりだからだ。味も上品で良いとは思うが、俺も含め皆若いからな。
カゴメーヌにはエルフ以外の人間は結構居るのだから、肉料理を出す店もあるだろう。
†
昼過ぎ。
円形闘技場に指定された時刻に戻ると、素っ気ないというか、装飾が乏しい石壁の部屋に通された。そこには他の8人の男達が居た。俺が入って行くと一斉に視線が寄ってきた。睨み返すと、いずこかへ逸らされて行った。数対の視線を残して。
【では、空いている席にお掛け下さい。ああ、皆様。しばらくお待ち下さい。予選を通過された方が揃いましたので、実行委員長を呼んで参ります】
俺を案内した係官が会釈して出ていった。
【けっ! 揃ったって言ったって、9人しか居ねーじゃねえか。俺達が汗まみれで戦っている間に、予選を免除された、お貴族様はきっと優雅に茶でも飲んでいるだろうよ】
右端に座って居る男が毒づいた。魔術師にしては野卑で恰幅が良い。
しかし、その発言には誰も乗らず、部屋は静かになった。
ふむ。
牽制し合っているのか、話し声はおろか咳きひとつ無い。知り合い一人もいないので、俺も黙り込む。
5分程待っていると
予選の審判陣を引き連れて、白い髭を蓄えたエルフが入って来た。
【カルヴァリオ実行委員長ミドガンです。予選を勝ち抜かれた皆様おめでとうございます。怪我人は出ましたが、今年は死者を出すことなく予選を終えることができました。ご協力に感謝します。では、本戦のあらましについて説明致します】
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訂正履歴
2020/04/25 誤字脱字




