276話 カルヴァリオ(聖君試練)始まる
怒って当たり散らしてる人より、怒っているはずなのに平然としている人の方が恐いです。(特に女の人)
ラルフ ガンバレェェェ……
…………
……
…
「んんん……あぁぁ」
目が覚めた。フラム亭別館の客室だ。
「おはようございます。あなた」
「ああ、おはよう」
宿舎のベッドで上体を起こすと、アリーが彼女付きのメイドに着替えさせてもらっていた。いつもより良い服というか、1人では身に着けにくそうな服を着せて貰ってる。
ああ。昨日突然クローソ殿下がお越しになって、こんな服じゃあって焦っていたからなあ。
「もうちょっと待って、すぐ終わるから」
「ああ」
前に、身支度ぐらい自分でやると言ったら、お姉ちゃんには任せて、私には任せないんだと悲しい顔をしたので、余程急いでいるとき以外はやって貰うことにしている。
「ありがと。ああ、お湯を湧かしておいて、カップ2杯分ね」
あとで、お茶を淹れてくれるようだ。
クラトスに居るときに、アリーに淹れて貰ったお茶は、ローザのお茶に匹敵するほど美味かった。王都を出る前に、お姉ちゃんに何回も練習させられたと言っていたが、その成果が現れたらしい。
アリーがこっちにやって来た。今度は俺を着替えさせるのだ。
まずは、寝間着の上を脱がそうとしてる。前袷のボタンを外してくれた。
「はい、腕を上げて」
「ああ」
「そう言えば、さっき何か夢を見てた? 寝言を言っていたわよ」
夢?
「ああ……セレナが夢に出て来た。俺にがんばれって言ってたな」
何をがんばれと言いたかったのかと考え掛けて、夢に論理を求めてどうすると思い直す。
「ふふふ。このところ、お仕事がんばっているものね。はい、こっちに来て」
仕事? そうかな。
ベッドの端に身体を回す。
「はい。立って……あっ! 大きくなってる!」
「どこ、触ってるんだ」
メイドは部屋に居ない。
「どこって、私は寝間着の下を脱がせようとしてるだけよぅ……今夜もがんばらないと、うふふ……」
「うっさい」
「ふーん。セレナねぇ……修行に出たと言ってたけど、今どこにいるのかしら?」
「さあなあ」
着替えた後、淹れてくれたお茶はまあまあの部類だった。まだまだ波があるのだろう。
†
「したがいまして、今朝のカゴメーヌ新聞の記事に関しましては、エルフ主義者による情報操作の可能性が高いと考えます。以上です」
記事とは。
俺とクローソ殿下が恋仲であり、王女がごり押ししてエルフ以外不可侵のカルヴァリオに参加させようとしている。その成果によっては、王女と婚姻して、条約締結にかこつけプロモス国政に干渉しようと企んでいる。
まあ婚姻はともかく。俺の方は条約締結に向けての活動であることは間違っては居ない。
結論を言い終わったアストラが座った。ここは臨時に会議室となった宿舎の部屋だ。
大使団全員とアリーが、俺の横に座っている。
1時間程前……。
『全く失礼だわ。旦那様にも、王女様にも!』
件の新聞のエスパルダ語版を読んで、アリーは激怒した。彼女の他には俺と使用人しかいない食堂での話だ。
それを誰かがアストラに告げたのだろう、大使団が定時会議にアリーを呼んだ。
最初、俺は必要ないと言ったのだが。今後の外交場面で、奥様の手を借りる場面もありますのでとレティア審議官が主張して来たので許した。
食堂では怒っていたが、会議室に来たアリーは平静を粧っている。
このところ立場を弁えてきたこともあるが、昔から他人には余り喜怒哀楽を見せない性分だと言うことが大きいだろう。
「秘書官殿の推理、エルフ主義者によるものとの考えは、正しいと考えます」
大使団の副団長相当であるレティア審議官が同意した。
「あのう。エルフ主義者とは?」
「ああ、説明致します。エルフ主義者とは……」
プロモスの国土はエルフ族の物。
最近国内で幅を利かせてきた人族は排除すべき。
抵抗する者は──
最後の項目は、比較的穏健派から過激派まで千差万別だそうだ。要は人族の阻害であり、待遇低下から始まり、国外追放、皆殺しまで、いくつも段階があるらしい。
「そのエルフ主義者のほとんどが貴族のため、手出しができません。無論新聞社の方へは厳重に抗議致します」
うわぁ。表情には出てないが。説明を聞いていたアリーの怒りが燃え盛ってきている。
「だそうだ。アリシア」
「わかりました。わざわざ説明ありがとうございます。しかし……」
「はぁ」
「そのエルフ主義者というのは、随分おかしな者達ですね」
「と仰いますと?」
「貴族は貴族だけでは生きていけないのは自明。自分たちを支える国民の7割を虐げるなど、正気の沙汰とは思えませんが」
アリーは少し微笑んだ。
彼女を見る皆の目が少し変わった。
†
数日が過ぎ、大使館の公使派を通じて、プロモスの高官や共存派の大貴族と何人か会い協力を取り付けた。だが、条件が付いた。女王陛下の同意を得ることだ。陛下は現実主義者で人族迫害などは考えていない。
それは、謁見の時の印象と一致している。
俺は彼女の娘を救った者だが、それを割り引いても人族への忌避感はほとんどなかった。
だが同時に、陛下は、いくつかの大貴族が潜在的に支援しているエルフ主義者を無視はできないとも認識しているらしい。意見の分かれる大貴族2派の双方を押さえているのが陛下だそうだ。
確かに、安全保障特別条約の表向きの効能である超獣対応の協力だけを取れば、超獣発生が乏しいこの国にとっては必要を感じないだろう。しかし、裏の効能である我が国との貿易最恵国化についても、当然計算に入っているはずだ。条約締結するかどうかは別にして、現実主義ならば協議を進める魅力はある。しかし、そのためには反対派を押さえるだけの大義名分が必要だ。
要するに俺はその名分を得るために、カルヴァリオで合格しなければならない。
その前に、今から始まる予選を突破することが必須だ。
俺は150人程の出場選手に囲まれ円形闘技場にいる。闘技場は直径150ヤーデン強の土が敷いてある場所だ。ここは周りの大地面より8ヤーデンは高く、屋根のない建物の上ということになる。
それだけではない。
外側にそそり立つ観客席がある。百年前は奴隷と魔獣を戦わせ、王都の住民が観覧していたと聞いたが、今日は千以上もの人々が詰めかけており、大きい声援が途切れることなく続いている。
我が騎士団が占めている一角を見付けたので、手を振る。
闘技場の入り口まで一緒に来た者達だ。
視線を下げると、観客席のすぐ手前5ヤーデン程の地面に、ぐるっと白線が引かれている。あれを円陣と呼ぶそうだ。
予選開始後、円陣の外に身体の一部が接触するだけで、失格になる。したがって選手はこの円陣内で戦う必要があると言うのをさっき聞いた。
エルフ民族衣装の男達が10人歩いてきた。
黒地に細かな銀白柄、高い襟が目立つ上着に、細身のパンタロンに膝まである長靴を履いている。
審判員だ。肩から斜に掛けた帯にプロモス文字で、そう書いてある。
【予選の主審を務めます、フェンラスと申します。予選出席選手の皆さん。ただいまよりカルヴァリオ予選を始めます。先程、実物で説明すると申した件を、説明致します。ただいまから配布致します魔導具を首に掛けて下さい】
魔石が予め光っている。
【敗退条件を満たした場合は、今光っている魔石が消灯します。選手はその段階で敗退となります】
敗退条件は以下の通り。
失神する
足の裏以外の部位が地面に10秒以上接触し続ける。
円陣外にどこかが接触する
禁止条項を犯す。
【また、敗退条件に追い込んだ選手は、魔導具が相互に反応して、他の選手を何人斃したかを数えます。そして10人以上を斃しますと、この魔石は明滅して音が出ます。その時点で勝ち上がりになります】
審判員からペンダント型の魔導具を受け取り、首に掛けた。
なかなか面白いな、複製したい。
【行き渡りましたでしょうか? 予選免除者3人を除いた9人が選抜できるまで戦闘戴きます】
【おい! なんだ免除者とは!】
当然の野次が上がった。
【御異議がある方は、退場戴いて結構です。もちろん、その場合は失格となりますが】
なかなか強硬な態度だ。
【御異議ないようなので、先に通告した規則通り戦闘戴きます】
規則とは、禁止条項だ。
円陣の外に出ること以外にもいくつかの事項がある。
10秒間以上地面もしくは他選手と接触しないこと。
刃の付いた武器と重量1400パルダ(1kg強)以上の武器使用。
攻撃用魔導具使用。
上級および指定中級魔術使用、
出場者の死亡、障害の残る攻撃。
審判、観客席への被害原因となる行為。
全て禁止だ。審判員が認めた段階で失格になる。
簡単な説明書を読んだとき、いつものように頭が冷たくなって、浮かんだ言葉がバトルロイヤルだ。何語なのか分からない言葉だ。
意味もさっぱり分からん。
バトル:戦い。ロイヤル:王室の。そう言う意味が浮かぶ。
王家の戦いか、御前仕合という気もするが、俺の脳裏に浮かぶのは試合形式だ。なぜこの多人数で戦い、生き残る試合形式がバトルロイヤルと呼ばれるのか不思議に思った。
しかし、この形式は……
†
「この試合のやり方では、圧倒的に旦那様が不利だわ……」
「いやいや、アリシア班長。御館様が、超獣でもない人間に負けるわけないじゃ無いですか。見て下さい、凄く余裕がありそうですよ」
横に座ったゼノビアが、私の言葉に反論してきた。確かに1人だけ、いつも戦闘時に着ている白いローブで目立っているのに、暇そうにしてる。
「負けるとは言ってないわ」
ゼノビアが何回か瞬きした。
「そっ、そうですよねえ。じゃあ、なんで御館様が不利なんですか?」
「えーと、周りのみんなが、本当に敵だからですか?」
若い男の声。鋭いわね。
今聞いてきたゼノビアの向こうに座る新人魔術師、何と言う名前だったかしら。
「えーと……」
「ああ、新入りのアクランです。よろしくお願い致します」
アクランがニコッと笑って会釈すると、直後に噎せた。なぜか、こっち側の脇腹を押さえている。
「あら。大丈夫?」
「だっ」
「大丈夫です」
なんで、ゼノビアが答えるのか知らないけれど。大丈夫ならいいわ。
「始まるようね」
審判員が笛を吹きながら、円陣の中に散っていった。
†
いよいよ始まるようだ。審判員が離れて持ち場につく。
ほう。
選手の目の色が一斉に変わった。どこを攻めるか、誰を警戒すべきか、探るように四方に視線を走らせている。
「では試合開始します!」
ビーーーーーー。
笛の音が終わる前に、異変が起こった。
俺の周りにいた10人程が、まるで示し合わせたようにこちらに向いたのだ。
そして、一斉に腕を突き出した。
お読み頂き感謝致します。
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訂正履歴
2020/04/22 細かく加筆修正
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/06/10 誤字訂正(雨季道家さん ありがとうございます)




