274話 ラルフ 退路を断たれる!
退路を断たれたこと……何度かあります。まあ、悲観的に思っても仕方ないので、前だけ見てがんばるしかないですよね(遠い目)。
昼食を終え、宿のサロンで殿下と談笑していると、どこかに行っていた老執事が帰って来た。殿下に近寄り何事か耳打ちする。
聞き耳を立てたくなるが、当然控える。
殿下は、何度か小さく肯くと、いつもの硬質な表情に笑みの成分を乗せた。
「ラルフ。王宮よりの知らせだ」
ふむ。老執事は王宮へ行っていたのか。
「はっ!」
「だだ今より1時間後に、母上がそなた達にお会いになる。信任状を捧呈するがよかろう」
それはまた出来過ぎた話だな。
異国の客が、一国の元首に謁見するのは難事だ。
たとえ、客が俺のように外交官であったとしても、予め日時を申し入れて居なければ、早くとも翌日、通例なら数日待たされる。たまたま元首側の時間が空いていたとしても、すぐに謁見するとなれば権威が傷つくと考えるからだ。傍らに控えるアストラの顔が少し引き攣っている。
「ありがとうございます」
「うむ」
「殿下。至れり尽くせりのご厚情に感謝申し上げますが、そろそろ私に何をやらせたいのかお聞かせ願いたく」
「ふふふふ……あははっはは……爺!」
「はっ!」
「妾がラルフを好む所以がわかったであろう?」
「はぁ……」
分かってないぞ、きっと。
「ラルフは、我が国のカルヴァリオを知っておるか?」
ここに来るまでに、クラトスとプロモスのことは、大使の嗜みとして結構勉強した。
「はい。貴国の行事ですな。古の王、聖君レヴェック陛下の修行を準えたものとは聞いております」
王と言っても、古代の話だ。今で言えば伯爵程度の規模らしい。
それはともかく、その行事は実施年1回。時期は冬。出場者は毎年100名程度、死者も出るらしい。
知っているのは、その程度だ。行事としては謎が多い。そもそも内容については、他国へは非公開だ。
「流石じゃな、よく知っておる。そなたにはそれに出場して貰いたい」
「なんと」
「失礼致します」
数瞬前に目配せしてきたレティアが、割り込んできた。
「ただいまお話に出ておりますカルヴァリオにつきましては、出場者はプロモス国民の男性のみ、しかも、エルフのみが参加できると聞き及んでおります。ご覧の通り、我が国大使はそのいずれにも該当致しませんが」
うむ。俺が直接断れば角が立つ。それをよく弁えている。
「それは、ここ50年のことだ。昔はそのような制限は設けていなかった。母上の勅命により、特例として制限を外すことになった。ただし、ラルフが出場する場合は予選から出て貰わねばならぬが」
いやいや。既に思いっ切り退路を狭められているじゃないか。
「勅命。それはまた、なぜでしょう」
俺が乗って来たと見たか、殿下は微笑んだ。
「うむ。理由は2つある」
「はい」
「1つ目は、ミストリア上級魔術師の実力を、我が国の者共に知らしめるためじゃ」
「むう」
「貴国からの特別安全保障の申し入れに対し、交渉すらしてはならぬという者達が居ってなあ。エルフ純粋主義者と言う。その者達の持論は、エルフこそ至高。他種族など物の数ではないだ」
「私が、カルヴァリオにて優秀な結果を示せば、それが覆るのですか?」
「そういうことだ。その者達が言うには、さほどまで頼りになるというのであれば、近々我が国に来るというミストリアの上級魔術師をカルヴァリオに出場させ入賞させよとな。それを受けて、母上が承知したとメルヴリクト侯爵に申し渡した 」
「メルヴリクト侯爵 。たしか、エルフ純粋主義者の首班でしたな」
「ふふふ。そういうことだ」
ふむ。外交交渉するためには、出場するしかないのだな。まあ構わないが。
「1つ目の理由は理解致しました。もうひとつの理由とは? わざわざ殿下がお越しになったことと関係があるのでしょうか?」
「うむ。妾に縁談があってな」
「は?」
「何人か候補が居るのじゃ」
微妙に赤らんでいらっしゃる。
これは、自慢か? だとしても脈絡がわからないのだが。
「その内の1人が子爵なのだが。他の候補を出し抜こうと思ったのだろう。今年のカルヴァリオに出場することになった。必ず入賞するので、その暁には妾を降嫁してくれと宣言しおった。入賞となれば男の中の男と呼ばれるからな」
ふーむ。
「お恐れながら、その方がお気に召さないのですか?」
殿下の表情で大体分かるが一応訊いてみる。
「大使殿! 姫の個人的な事に……」
おっと、老執事に叱られた。
「爺は黙っておれ」
「なれど」
「個人的なことに巻き込もうとして居るのは、妾の方だ」
「はっ、はぁ」
老執事がしゅんとなった。
「その候補は、妾が幼い頃からの顔馴染みじゃ。取り立てて好かぬと言うわけではないのじゃが。親がな……」
「親ですか?」
「ああ、その子爵は名をエゼルヴァルド・メルヴリクトという」
「なんと」
「さて。妾は帰るが、あまり時間も無い、王宮へ向かうために準備をされよ」
クローソ殿下は、俺の返事を待つことなく、席を立つと宿を後にされた。
その後、急遽会議が始まった。
†
「ミストリア国王クラウデウス6世の信任状を、エレニュクス・プレイアス・ラメーシア・デ・プロモス女王陛下へ捧呈致します」
この上なく既視感を感じながら、典礼に則りエスパルダ語で申し上げる。同じような文言を3日前に言ったばかりだ。場所も同じく王宮の謁見の間だ。ただここはまた異国の木造にしては大きな空間だが。
恭しく会釈すると、手にしてきた書状を国王に差し出した。
一歩二歩前に出た陛下は、俺の顔をゆっくりと見つめた後、ようやく書状を受け取ってくれた。
陛下は、エルフの特有の硬い美しさを持つ佳人で、娘のクローソ殿下と瓜二つだ。エルフは不老不死と言われた誤った俗説も、信じたくなる程の若さで十分殿下と姉妹に見える。
その女王陛下は、気があるのかどうか分からぬ風情で書状を眺めた後、傍らの侍従に渡した。
【妾は、この者をミストリア王国の特命全権大使として認証する。ご苦労です】
「……」
その言葉が理解できるので、危うく返事をしそうになった。
「英邁にして麗しき女王陛下は、汝ラルフェウス卿をミストリア王国の特命全権大使として認めると仰いました。ご苦労とのことです」
侍従がエスパルダ語に訳してくれた。
「ありがたき幸せ」
エスパルダ語で応じ、数歩退いて深く礼をした。
さて退出と思った時。
【ラルフェウス卿は、我が国の言葉を解するそうな】
女王陛下ご自身だ。
これは? 直答して良いのかと侍従を見たら肯いた。
【はい。プロモス語を話すことができます】
【では、母として娘の命を救ってくれたことに、感謝を申し上げる】
おい。いいのか? その通りだが、俺はミストリアの大使だ。拙くないか?
【お役に立てたのでしたら、光栄に存じます。しかし、毒を盛ったのも我が国の者。国民に成り代わりお詫び申し上げます】
【ははは。娘の言う通り面白い男のようですね。クローソから、話は聞きましたか?】
【カルヴァリオのことであれば、伺いました】
【では、訊きましょう。命の保証はできかねるが、汝出場するか? 否や? 汝が入賞と成れば、貴国より申し越しの件、我が国内で議論できるようになる】
議論か。少し弱いが仕方ない。
先程、王女が王宮に戻られた後、大使団は出場の可否について協議した。
アストラはご随意のままにと俺に判断を委ねたが、審議官のレティアは反対した。
カルヴァリオでは出場者に死者も出る場合がある。大使がそれに出場するのは、相応しくないという意見だ。
もっともだ。俺も出たいわけではない。しかし、条約の件を持ち出されては、そうとばかりも言っては居られない。
俺に何かあったときのために、レティアが居るのだとやや卑怯な論法を使って説き伏せた。
【承りました。謹んで出場させて戴きます】
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訂正履歴
2020/04/15 誤字訂正
2020/05/23 名前訂正 アルーブ→エゼルヴァルド
(訂正すべきところ見落としてました。申し訳ありません)
2021/09/11 誤字訂正
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




