273話 ラルフ 疑われる……
稜堡式城郭と言うか星形要塞と言えば、函館の五稜郭ですね。小生も3年前に行きました。タワーでの上でやった手相占いの紙に印刷されてます。えっ? 佐久市にもあるの? 五稜郭。へえぇぇ。
クラトスからプロモスへ延びる街道を進み、国境を越えた最初の都市ラーラットに入った。伯爵領の領都で城はあるが、この町は城壁で囲まれていない。
ここで先行した事務官パレビーと合流した。
彼は、希少言語であるプロモス語を話せるだけではなく。なかなか交渉術も優秀だ。俺の意向で前倒しになった訪問について、プロモスの出先機関に掛け合って王都へ連絡させるとともに、半日で受け入れを準備させたのだ。しかも、入国審査を外聞が悪い城門前ではなく宿で、実施されたのも彼の手腕と言えるだろう。
今夜は、フラム亭という宿の大きい離れを1棟借り切って泊まりだ。
高級なだけあって代金は1泊20ミストと結構値が張るが、まあ仕方ない。
夕食まで時間があるので部屋で寛ぐ。
「ふぅ。プロモスの王都に着くのは、明後日になっちゃう?」
「ああ、この国では都市間転送は使わせて貰えないからな」
王都カゴメーヌの位置がプロモス国土の北東に寄ってくれているお陰で、それぐらいの日程に収まっていると言えるのだが。
「ああ、やっぱり転送は便利だよねえ。どれだけ離れていても一瞬だし。クラトスみたいに使わせてくれたら良いのに。なんで駄目なのかな。ここの上流階級はエルフだから、お高くとまっているとか?」
「ははっ。どっちかというと他国の者に使わせるクラトスの方が珍しい。ミストリアだって他国の者には使わせていない」
「そうだ。プロモスのお姫様にも使わせなかったのか。だから私、通事の人を王都を出て治療に行ったんだったわ。何が違うんだろう」
「そもそも、クラトスとプロモスでは、我が国の扱いが大きく異なっている。クラトスは我が国に大きく依存しているが、プロモスは国土を接していないし、貿易量もさほど多くはない」
「ああ、そういうことか。じゃあさ。旦那様達が行う外交交渉は望み薄ってこと?」
ほう、意外と論理的思考をする。
感性で喋っていることが多いと思っていたが。
「まあそうとばかりも言えないな。スードリの調査報告によると、プロモスとさらに西の国々の折り合いが余り良くないようだ」
「どうして?」
「どこも人間同士では平和でな。とても良いことであるが、軍需物資であるミスリルがだぶついている」
「この国の有力な輸出品が買い叩かれているって訳ね」
「良く考えたら……」
「なっ、何?」
「基礎学校に入ってから、アリーとまともに話したことなかったなと思ってさ」
「そうね」
何か言いたそうな顔だったが、素っ気ない態度で、その後は話に乗ってこなかった。
†
さて、今日も一日馬車の旅か。魔術の研究でもするか、いや、少しはアリーに罪滅ぼしでもするかと、アストラ達と朝食を食べながら考えて居ると、執事が食堂に走り込んできた。
「おっ、お食事中申し訳ありません」
「どうした?」
「まもなく。プロモス国王女殿下が、ここにいらっしゃいます」
「王女とはクローソ殿下か?」
「はい。ただいま先触れの使者が来られました」
「玄関に行くぞ」
「はっ」
玄関に着くのと、白馬が牽く馬車が滑り込んで来るのがほぼ一緒だった。
整列して待ち構えていると、馭者が降りてきて扉を開けた。
中から執事だろう老人が出て、そのあと殿下が降りて来られた。
【クローソ殿下、お久しゅう存じます】
プロモス語で話しかける。俺が足を引くと、皆が揃って跪礼した。
「うむ。ラルフも息災のようじゃな」
しかし、王女はラーツェン語だ。
「はっ!」
答えつつ、眼を剥いている老執事の表情が眼に入った。殿下は、それを上回る挙に出た。なんと白く艶やかな肌の手を、俺の前に差し出したのだ。
これは……俺に手を牽けということだろうか? 0.3秒程考えて、御手を下から支えた。
いやいや。執事殿、俺を刺すように睨むのは、別の選択肢を提示してからにして欲しいのだが。
応接室に入り、ソファに分かれて腰掛けた。
【クローソ殿下】
「ああ、ラーツェン語で良いぞ」
俺にとっては、プロモス語でもラーツェン語でも構わない。が、後者はエスパルダ語とも近く、アストラや外交官にも通じるから、そちらの方が良いだろう。
「はっ! クローソ殿下。勿体なくも斯様な場所にお運び戴き恐懼致しております。できますれば……」
早速切り替えた。
「ラルフ。持って回って言葉を飾るのは止めよ。水臭いではないか」
「はぁ」
応えて、目の端で執事を捉えると真っ赤になっていた。
「爺も歳なのだから勘気を収めよ!」
爺? ラーツェン語を解するこの老人は、殿下とは特別な間柄のようだ
「で、でっ、殿下が王都を離れるなど奇行をお慎み戴けますれば、すぐさま平静に戻ります」
「あの。殿下にお目に掛かり大変光栄ではありますが、ご訪問のご主旨を伺えますでしょうか?」
「つれないのう。愛しい殿方に逢いに来てはならぬのかや?」
やめてくれ。
アストラをはじめ、こちらの随行が驚いているだろう。それにそちらの執事も余りのことで、声を失っているぞ。
「ご冗談を」
「うふふふ。相変わらず硬いな、ラルフは。余りふざけすぎると、後であの美しい奥方に睨まれようでな、この辺りにしておくとしよう」
爺と呼ばれた執事の顔色が蒼くなったり紅くなったりするのは面白いが、笑うこともできん。
「ところで、その奥方の姿が見えぬようだが?」
「はい。身籠もりましたので、スパイラスに置いてきました」
「そうか、それはめでたいのう。ラルフの子爵陞爵と大使就任の祝いを兼ねて王都にて宴を催すとしよう」
「お言葉、嬉しく存じますが。我らのカゴメーヌ到着は早くとも明後日となります」
「おおう。忘れて居った、そのような造作を掛けぬよう、妾と一緒に転送を使うとよい」
なんと、そのために来て下さったのか。
「殿下!」
「なんじゃ、爺。命の恩人を持て成さねば、エルフは情の薄い者と誹られようぞ」
「ごもっともながら、女王陛下はなんと仰られますか……」
そう。プロモスの現在の元首は、エレニュクス・プレイアス・ラメーシア・デ・プロモス女王陛下だ。
「ははは。心配致すな。母はそなたの数十倍も度量が広くていらっしゃる」
うぅむ。そうだと良いのだが。
†
「うわっ、綺麗。これって水堀ってやつよねえ」
「ああ、よく知っていたな」
「ふふん」
馬車の車窓からみえる、運河のように伸びた水辺は透き通る程美しい。
クローソ殿下の便宜により、お目に掛かってから1時間後には、王都カゴメーヌ
に転送されてきた。移動時間の大幅な短縮になったが、そこはかとなく嫌な予感が漂ってくる。
「あっ、堀が曲がってるよ。あそこ尖ってるね」
さっきまで城壁が綺麗だ綺麗だと喜んでいたが。無邪気で良いなあ。
「上から見ると水堀は六芒星の形になってる。ああ、尖りが6個ある星形だ」
アリーの顔がわからないと訴えたので、慌てて補足すると、ようやく肯いた。
「へえぇ……ミストリアじゃ見たことないけど」
「ああ、そうだな。西の国では稜堡式城郭と言ってそれなりに数はあるようだ。1度空の上から見てみるか?」
「ああぁ、見てみたい」
「そうだな。抜け出せる機会があると良いが」
立派な門をくぐり抜けて、王都へ入城した。
「綺麗な町並みだねえ」
石造りの建物が多い。規格化されてはいるようだが、画一ではない。色も高さも何かしら法則性があり、見ていると統一感がある。
街路も真っ直ぐではなく、緩やかに湾曲しているが、往来に支障がある訳ではない。有機的な設計と言えるだろう。
何度か路を曲がり、先導してくれた王女殿下の敷地内に入って馬車が止まった。玄関にどう見ても歩哨が立っているし。
しかし、我々も一時停止をすることなく敷地に馬車を乗り入れた。
メルロー亭別館と看板に書いてある。
間違いなく我々が泊まることになっている宿舎で合っているが、本館のはずだ。それに予約は2日後だ。
いいのか? そう思いながら玄関に降り立つ。先行した事務官パレビーがこちらに向かってきた。
会釈して、さらに近付く。
「閣下。宿泊の予約変更ができました。プロモス王宮のお口添えのお陰です」
やはりな。
「分かった。殿下には礼を言っておく」
「はっ」
後ろで、アストラが首を振っている。
「なんだ?」
「いえ。失礼ながら、王女殿下とは本当に何もないのでしょうな……」
「さてな。ふふっ、降りてこられたぞ」
白亜の客車から、クローソ殿下がゆっくりとお出ましになった。
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訂正履歴
2020/04/12 誤字脱字、こまごま訂正、馬車が止まった位置を明示追加
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




