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26話 実は僕の試験だった

皆さん、雪は大丈夫だったでしょうか。


慣れないこと、まして初めてのことはなかなか難しいですね。

 春──

 というにはまだ早い。冬至から、まだ2ヶ月しか経ってはいない、11月末だ。

 だけど、日差しも有って暖かい。


 今日は日曜だ。お父さんに頼み込んでいた森! シュテルン村から北にあるセルジオの森に来てる。

 前にも森に入ったことがあるけど、極々浅いところまでだった。だけど今日は、里山との境界から数ダーデン(数km)も奥。正真正銘の森だ!


 長いこと待ったけど。今日になった理由が分かる。

 スワレス伯爵領は温暖だ。標高もそれほど高くない。だから、もう雪は無い。落葉樹の葉は落ちていて、陽光が地面に届いている。それに、草も枯れていて歩きやすい。ちゃんと気を配ってくれたのだ。後ろに付いてくれてる、お父さんには感謝しないと。


 ああ、来てるのは、お父さんと僕だけじゃない。

 ローザ姉、アリー、セレナ。それにバロックさんと手配してくれた近隣の猟師のおじさん2人も一緒だ。猟師さんが先行し、その後を子供達、殿(しんがり)をお父さんとバロックさんだ。


 僕の左には、セレナが尻尾を振りながら歩いてる。

 青白い毛並みはとても手触りが良いので、時々撫でてやると、嬉しそうにこちらを見る。ご機嫌なようだ。

 それにしてもあっと言う間に大きくなった。体高はもう僕の腹まである。顔だって、大分長くなってきた。やっぱり毎日身体強化魔術を掛けてるのが効いているのかも知れない。


 右は右で、ご機嫌なアリーがずっと手を繋いでる。


「えへへ……何? ラルちゃん」

「手放してくれない?」

「やだ!」

 瞬時にふくれっ面になって却下された。


 でも手を繋いでいると、魔獣が出ても反応遅れるし。やめて欲しい。

 それを見た猟師のおじさんは、お父さんに小声でこんなこと言ってたなあ。


『本当に、こんな女子供を連れて森に入るんですかい?』


 完全にお荷物扱いだったけど、今は。少なくともローザ姉の見方は変わってる。


「いやあ。こんなかわいい嬢ちゃんが、おっそろしく強ぇなんてなあ。5年もしたらウチの息子の嫁に来てもらいてぇもんだ」

「はっは。ああ、無理無理。こんな器量よし、メジアの息子じゃ釣り合いってもんが取れねえ」

「ちげーねえ」


 それもこれも、出て来る獣を片っ端からローザ姉が狩りまくってるからだ。

 当の本人は、やや厳しい表情で左右に眼を配りながら、おじさん達の話など聞こえないという風情で歩いてる。


 出掛けるとき言ってたものなあ。

『致し方ありません。お側に居りますが、本日に限りメイド封印です』


 メイドねえ……。冬至のお祭りの時に、将来はメイドに成りますって言ってたけど。本当に気に入ったんだなあ。

 それにしても、あんな言葉遣いを、どこで憶えるんだろう。


 ローザ姉は、僕の方を振り返ると、いつものようにニコッと笑った。うーん、でも右手に持ってる、おじさん達から借りた短槍が凶悪で違和感ありすぎだ。


 そういうメジアさん達は背に担いだ弓も使うけど、主な狩猟方法は罠だそうだ。獣の大半が夜行性だからだろう。

 それにしても、獣はともかく。全然魔獣は出てこないなあ。

 訊いてみよう。

「メジアさん、メジアさん。この辺は、どんな魔獣が出るんですか?」


「ああ、魔獣ですかい。一角ウサギ(アルミラージ)とか、大牙(コルヌ・)山猫(リンクス)とかが多いすかね。あんまり大きいのは居ませんが、時々黒猪(カバーン)とかも出てきますが」

「でも坊ちゃん、心配ありませんよ。これだけたくさんの人出ですから、警戒して出てこないですぜ」

 こっちは、レグルさんだ。


 なるほど、僕が心配しているのは、全く逆のことだが、魔獣が見つからない理由はそういうことか。


「そういやぁ。北東へ行けば、大きな魔獣も居るとか言ってなかったか?」

 後ろから声が掛かる。

「ええ、元締め(バロック)の旦那。そりゃあ、ここらから2ダーデンぐらいの話ですが。おいら達もそこまで奥へは行きませんぜ。鬱蒼として、昼間でも暗いですからね。得体が知れませんや」


 じゃあ、次来るときは、そっちに行くことにしよう。


 むっ!

「お任せ下さい!」

 同時に気が付いたのだろう、ローザ姉が駆け出す。しかし、僕のすぐ横に居たはずのセレナが疾駆し、ローザ姉を追い抜く。枯れた下草の叢へ突っ込むと数秒で出てきた。自分と同じような大きさの大牙(コルヌ・)山猫(リンクス)を引っ張って。


「やりますね、この仔」

 ローザ姉が、嘆息した。


 僕の前まで運んでくる、セレナは山猫を離した。

 瀕死なのだろう。身動きしない。


「よし!」

 齧り付いた直後、光の粒が弾けた。音も無く再び集まって、結晶化した。


「へえぇ、驚いた。魔獣があんなに賢いとは」

「たしかに。でも、それは坊ちゃんの躾が良いんでしょうよ。それにしても結構デカい魔結晶に……」


 敵意!

 ん? 上?


 木漏れ日が刹那途切れた。

 無音の急降下──


 網膜に昏き斜線が牽かれる。

 あの魔結晶が狙いか!


風槍(ランツェ)】【風槍】【風槍】【風槍】…………


 ダダダ……と破裂音が連なる。

 高圧噴流を乱れ撃って、弾幕を形成。


 しかし、敵も()る者!

 瞬く間に翼を投網の如く全展開──デカい!

 降下を遅延させて修羅の空域を回避。


常闇(ソンブル)(ミラン)だぁぁああ!」


 バザバザっと俄に羽ばき、黒く広がって体勢を立て直す。木立を抜けんとするが。

 やっと離してくれた右腕を向ける。


衝撃(エンペルス)


 手の前が煙ると(しろ)き箭となって迸り、狙い違わず撃ち抜いた。


 大鳶は、(くろ)き羽毛を散らし、ギィーーと断末魔と共に生涯一の輝きを弾けさせた。再び虚空から粒塊が生まれる。

 ガッっと音を発てて、魔結晶が樹の幹に跳ね返った。命ずる前にそちらにセレナが駆けて行く。


「スゲーー、あの白い靄のような、槍のような……あれは魔術なんですかい?」

「ああ、確かに。驚いた。でも魔術ってヤツは放つまで時間が掛かるって聞いたが。」


 猟師のおじさん達の囃し声を流しつつ、大牙(コルヌ・)山猫(リンクス)だった魔結晶を拾い上げる。

 あの大鳶は、これを狙っていたのか?

 あの本に、魔獣は魔結晶を喰うと書いてあったからな。あんまりセレナは欲しがらないけどな。


「あの大鳶、2ヤーデンはあったな」

「いいや、3ヤーデンはあったぜ。それにしても元締めの旦那が言ってた、神童ってのは、本当に本当だったんだな」


 それは聞き捨てならないな。

 バロックさんを振り返る。


「ンッフ【ラルフ】!」

 大鳶の方の魔結晶を、セレナが咥えてきて、僕に渡してくれた。

 うーん。良い子、良い子。頭を撫でてやってると、その腕をアリーに掴まれた。

「ラルちゃん、怪我してない?」

「いや、してないよ」


 そもそも、接触もしてないって。

 魔結晶を持って、お父さんに見せに行く。今回僕が初めて獲ったからね。


「おお、ラルフ。よくやった。お父さんには黒い何かが落ちてきたとしか見えなかったぞ」

「おおぅ。旦那は見えたんでやすね。アッシは大鳶がバタバタし始めて。やっと見えたんでやすが」

 そう。お父さんは、財務方の役人だけど。武術の心得はあるみたいだ。乗馬も上手いしね。


「お父さん、魔結晶だよ。見て!」

 2つとも渡す。


「でかいなあ。結構ずしっとくる」

「確かに。この大きさなら、一財産でやすぜ。旦那」

 両掌を横からバロックさんが、首を伸ばして覗き込んでる。


「そうなのか?」

「ええ。坊ちゃんが斃した大鳶(ヤツ)は、猟師や、冒険者から毛嫌いされてやすからね。報酬が上乗せされるんでやす」

「ほぅー」


「バロックさん。この魔結晶はどこで売れるの?」

「ああ、坊ちゃん。領都にしかありやせんが……冒険者か猟師ギルド、商人ギルドにも売れやすね。それに道具屋でも商ってやすよ」

「ふーん。ありがとう」


 なるほど。

 村には、日用品や食料品しか売ってる店はない。必需品は、行商人が定期的に来て露店や市が立って買ったりするのだけど。

 そもそも、お金という物も持ったことがほとんどないし、使ったこともないや。田舎も住みやすくて良いけど。興味持った方が良いな。


「ラルフ。鞄に入れて、しっかり落とさぬように持っておけよ」

「はい」

 魔結晶を渡してくれた。


「それにしやしても、坊ちゃんの魔術には驚きやした」

「元締め。あまり、ラルフをおだてないでやってくれよ」

「いやいや。そんなこと、アッシが一番不得意なことでやすよ。ご存じでしょう」

「そうかなぁ」

「ひでぇや。旦那。あははは……」


「バロックさん!」

「なんでやしょう。坊ちゃん」

「あちこちで、僕のこと、神童神童って言わないでね」


「えっ」

「言ってるでしょう!」

 バロックさんは、笑ってるお父さんを見て、僕に向き直った。


「それは無理ってもんでさぁ。まずは、今日のことをバネッサとプリシラに事細かに報告しねえと」


 やぶ蛇だった。


 それから1時間程、森歩きと時々狩りをして、館に戻った。


「ラルフ。こっちに来なさい」

 居間のソファに座ってるお父さんに呼ばれた。

 横にお母さんも居る。


「今日、一緒に森へ行ってわかった。ラルフなら、大丈夫だ」

「えっ?」

「森へ、狩りに行っても、心配ない」

「大鳶を斃したから?」


「それも有るが……アリーやセレナのこともちゃんと、気を配っていたしな」

「本当?」

「ああ」

 お母さんも肯いてくれた。


「まあ最初は、ローザも一緒に行ってくれれば、お母さんは安心ですけど」

「お母さん!」


 そうか。

 今日のは、僕の試験でも有ったんだね。


「気を付けるのよ」

「うん!」

皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


補足

ミストリアの暦は春分が元日なので、冬至は9月下旬です。


訂正履歴

2019/01/17 誤字,人名:メジヤ→メジア(ID:774144さん,ありがとうございます)

2019/09/07 誤字訂正(ID:512799 様ありがとうございます。)

2019/10/11 誤字訂正(ID:774144 様ありがとうございます。)

2021/05/07 誤字訂正(ID:737891さんありがとうございます)

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