270話 手応え
人が育つ(仕事が回せるようになる、頼りになってくる)を見てるのは、良いものですよね。
通信魔術を終えると、無人の都市間転送所を出た街道に、突如人型のゴーレムが5体出現した。
そして車列の先頭に立つと、先日のユニコーンの時と同じく縦列の車列と合わせて鋒矢陣形を採って走り始めた。
その姿は、前回と比べ段違いに禍々しい。
我々の馬車の操縦は安定している。予め訓練しているからだ。
しかし、街道沿いにたまたま居合わせた者達はそうはいかない。1体が何十人分の重量を持つゴーレムが、5体も走り出したのだからたまらない。
凶悪な足音と地響きに身を固くし、黒い威容を見て、すわっ魔獣がやって来たと戦くのも無理はない。
驚いて路肩に飛び退き、車列が通り過ぎるのを呆然と見送る者が続出している。
それを申し訳なく思いながら車窓を見ている間も馬車は進み、数分でクラトス王都城壁が迫る。門がもう目と鼻の距離だ。
その時、城門から何騎も騎馬が飛び出し、こちらに向かって来た。
逆にこちらは、ガクッと減速が掛かり、やがてゴーレムも車列も止まった。
相手は馬から下りると、先頭車からルーモルトも降り、何事か談合を始めた。
やがて、両者は離れた。
『御館様。使者の口上をそのまま申し上げます。ミストリア王国大使団の皆様、ようこそお出で戴きました。御一行を城内にてお持て成ししたく存じますが、生憎他国の武力を王都へ招き入れたことはございません。つきましては、大変恐縮ながら、前衛を分離頂き、そちらは城外にてお待ち頂けませんか。とのことでした』
「うむ」
『ついては……』
おっ!
『……第3想定で対応したく存じますが、いかがでしょうか?』
ゴーレム達を、門前に整列させ駐機する選択のことだ。
「それでいい。任せる」
『了解!』
ふっ。
アリーは、顔を寄せてきた。
「なんだ?」
「嬉しそう」
そう言うアリーこそ、にこにこしている。
「気合い入っていたね、ルーモルト。提案してきたし!」
「ああ。俺達は軍隊ではない、皆が考えて働かないとな」
「それが嬉しいんだねえ」
勘が良いと思っていたが、俺をよく観察しているのだな。
思ったより細い手首を引っ張る。
「あっ、ちょっと……もう。あなたったら」
†
手続きはアストラ達の手で滞りなく済み、宿舎となる迎賓館に入った。
そこに泊まることは事前に決まっていたのだが、普通はそうはならない。大使は大使館内か、民間の宿に泊まる。
大使は元首の代理ではあるが、所詮代理は代理だからだ。
プロモスの外交団は迎賓館に宿泊したが、あの時は正使がクローソ殿下だったからだ。
逆に俺は迎賓館に入るような身分ではない。
庶民と比べれば子爵の階級は高いが、国単位で言えば大勢の中の一人なのだ。
宿泊先の通知が来た時のアストラとの会話を思い出す。
『迎賓館? どういうことだ?』
『ははは。クラトスの者にとって閣下は、危険極まりない人物なのです』
『んん?』
『言い換えれば、閣下は彼らにとって恐怖の対象なのです。敬して遠ざけたいところながら、避けがたい公務で王都に入られてしまったならば、せめて目の届くところに居て欲しいのでしょう』
『そういうものか』
甚だ不本意だが。
警戒されているのならば、逆手に取れなくもないか。
国境を跨ぐ旅程の後の日程であるので、公式の予定を今夜に入れることはできない。 よって信任状捧呈式は明日の午後となっている。
さて本でも読むかと思った矢先、廊下を人が急いで走る音がした。気になり意識するとアストラと分かる。この部屋に来るようだ。急用か?
「失礼致します。閣下。当地駐在の大使ウォーテル閣下が、いらっしゃいました。応接室にいらっしゃいます」
大使館の表敬訪問は明日の午前に行く予定と、到着報告と合わせて使者を送ったのだが。何かあるのか? 来られたなら是非もない、応接室に向かう。
部屋に入ると、ソファーに座っていた白い髭を蓄えた壮年の男が立ち上がった。
あれは?
魔導器だ。テーブルの上で、ガラスの容器に入った魔石が鈍く光っている。盗聴防止か。
「初めてお目に掛かります、閣下。ラルフェウス・ラングレンと申します」
軽く会釈すると、先任の大使は俺の手を取った。
「当地駐在のウォーテルだ。ようこそ、ベラクラスへ。お役目ご苦労に存ずる」
「ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません」
同じ大使ではあるが、向こうの方が先任だ。
「ああ、いや。使者から訊いておる。しかし、なかなかやりますな」
「はぁ……」
「狙い通り、王都では貴公の話で持ちきりだ。最初は攻めてきたとかな、有りもしない誤った噂が駆け巡ったがな。はっははは!」
思ったより、快活で朗らかそうな人だ。
「ああ、クラトスの当局が何か言ってきましたか」
「ふふふ。速攻で外務省のやつらが抗議に来た」
「あぁ。ご迷惑を掛けております」
「迷惑なものか。貴公も陛下の戦略に則って、動かれているのだろう。遠慮することはない。我々は初めて会うが、同士だ」
向こうの事務官が寄ってきた。
「両閣下、立ち話も何ですので、是非お掛け下さい」
それから、ウォーテル大使とは次のような話題で議論をした。
既に安全保障特別条約には総論で同意していること。
しかし、のらりくらりと条件交渉を引き延ばしていること。
この国は日和見体質であり、外圧が有効なこと。
ゴーレムにかなり関心を示しており、条件の1つとして供与要求の可能性があること。
「貴公はまだ若いのだ。思い切って交渉されるが良い。何かあれば我らが後詰め致す」
俺が圧力を掛け、駐在大使が緩和する構図だ。交渉戦術に適っている、流石は老練の外交官だ。
「ありがとうございます」
「さて、明日話すことがなくなったが、まあ大使館など行くことは少ないだろうから、どのようなものか、見に来られると良い」
†
翌日午後、王宮に参内した。
外交には典礼というものがあるそうだ。
我が国一帯は、古の大国基準だ。
エスパルダの礼服、エスパルダ風料理にエスパルダ語が基本だ。
俺も大礼服と言われる衣装を纏う。大きなレースの付け襟が目立つやつだ。それに合わせ黒地の金の刺繍が入った膝上まであるベストを着て、その下は踝まであるズボンを穿いている。
さっき、アストラにズボンは膝丈にして、その下は長靴下を着るのが作法ですがと言われたが、どうしても好きに成れないと言って断った。
執事に案内されて控え室に入ったが、5分もしない内に大広間へ呼び出された。
全く無意味な行為だが、伝統というやつらしい。
差し渡し25ヤーデン程の空間で、内装には木材がふんだんに使われている。威厳はあるが、やや古びた感じがする。歴史がある国と主張しているのかも知れない。
歩を進めていくと、広間の奥に一段高いところがあって、その中央に玉座が見える。そこには既にクラトス王が座していた。
「ミストリア王国特命全権大使。ラルフェウス・ラングレン同国子爵御入来」
エスパルダ語だ。
左脇に立った侍従が、何事か王に耳打ちした。
すると王は立ち上がり数歩歩いて、段を降りた。これはこの瞬間においては国王と派遣国の王の代理たる俺が同格であることを示している。
ゆっくりと王の前に歩み出ると、軽く会釈した。逆に儀礼上丁寧にしてはならないのだ。
「ミストリア国王クラウデウス6世の信任状を、ハルデモス4世陛下へ捧呈致します」
エスパルダ語で申し上げた。そして、手にしてきた書状を国王に差し出した。
クラトス王は肯くと、受け取り10秒程掛けて読み、右に居たおそらく外務卿に渡した。
「朕、ハルモデス4世が、ラングレン卿をミストリア王国の特命全権大使として認める。遠き道程を経て我が国まで着到され、ご苦労に存ずる」
表情ひとつ変えず、決められた文言を読み上げるように、クラトス語で口にされた。余程腹立たしく思っているのだろう。
話し言葉については、クラトス語とエスパルダ語でほとんど同じなので通訳はない。
「ありがたき幸せ」
数歩退いて、今度は右脚を引いて深く礼をした。外交官と認められたあとは、儀礼上同格でなくなるので、この応対で間違っていないそうだ。
納得はしていないが、アストラに講義して貰い理解はした。
ともあれ、これでこの国でも外交交渉ができると言うわけだ。
数歩下がって踵を返すと、大広間を後にした。
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2020/04/01 誤字脱字訂正、加筆、嫌みな表現を訂正
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/03 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/18 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)




